エピローグ 愛で呪わば穴二つ

街の外れにある森には、恐ろしい魔女が棲んでいる。

そんな噂はもう、過去のものとなった。


レイラさんー森の魔女がいなくなってから、数年の時が経った。

わたしはといえば、叔父さんと叔母さんのもとで、平穏な毎日を過ごしている。

起きて、学校に行って、友達と遊んで、それから帰ってきて、寝る。そんな特筆することもないくらいに平凡な日々を、送っている。


「トワー!おはよ!」

「おはよう」


登校中、出会った友人に挨拶を返す。いつも通りの光景だ。わたしは友人と雑談をしながら、学校へ向かう。


「そういえばさ、昔、街の外れの森に魔女がいる、みたいな噂があったじゃん?」

「ああ、うん。そうだね」

「その魔女にさ、トワが昔捕まってたって、ほんと?」

ずっと気になってたんだよね、と、友人は笑いながら言った。

わたしは思わず、言葉に詰まった。

なんせ、あの曰くつきの森からの生還者だということで、あの森から帰還してからしばらくの間、わたしは、一躍有名人、みたいな扱いを受けることになったのだ。なので、時たま、こんな質問を受けることがある。だが、この友人とはそこそこ付き合いも長いし、まさか今更、こんな質問をされるとは思わなかったので、驚いてしまった。

でも、隠すようなことでもないので、わたしは素直に「本当だよ」と返事をした。

友人は、へえ、と気の抜けたような返事をして、それから、言葉を続けた。


「じゃあさ、やっぱり魔女って、怖かったの?」

わたしは一瞬、今度は本当に少しだけ躊躇って、それから、友人の言葉を肯定した。


「……うん。噂どおりの、怖い魔女だったよ」



こんなのは、もちろん嘘だ。レイラさんが噂通りの怖い魔女なはずがないのだから。

だけど、なんとなく、嫌だったのだ。

優しくて、どこか繊細で、それでもずっと一人で健気に生きてきた、あの人の本当の姿を、誰にも知られたくなかったのだ。

わたし以外の、誰にも。

これはきっと、独占欲、というものなのだろう。だってわたしは、今も変わらず、あの森で出会った美しい魔女を、愛している。

それはきっと、これからもずっとだ。

わたしが死ぬまで、ずっと、永遠に。

わたしがあなたを、愛してあげる。


だから、これでいいのだ。

いつか、もしかしたら、魔女という存在の研究なんかが始まって、あの人が本当は怖くない、ただの人だったという事実が、明るみに出てしまうかもしれない。

だけど、そんな日が来るまでは。

優しいあの人の本当の姿を知るのは、わたしだけでいい。


ーレイラさん。わたしはあなたを、ずっとずっと愛していますよ。


まるで呪いみたいなこの感情を、わたしはきっと、墓場まで持っていくのだ。



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愛で呪わば穴二つ 一澄けい @moca-snowrose

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