この小説は主人公の藍花という女子高生が、美少年の姿を神様を助けたことをきっかけに始まります。しかしこの小説、冒頭からほとんど何もわからないまま、とんでもないことに巻き込まれます。といいますのも、美少年姿の神様(弓丸)が、関わらないほうがいいなどと言って、必要最低限のことしか説明してくれないからなんですね。
しかしそれが減点になるかといえばそんなことはなく、むしろミステリアスな展開にしてくれていて、構造的にはプラスになっているのです。その謎がじょじょに明らかになっていく楽しみというのがこの小説の醍醐味になっているわけですね。
もちろん、弓丸が藍花に事情を説明しないのにも、ちゃんと優しい理由というのがあります。しかも、その理由というのが、この小説のテーマにも通じているのです。
ストーリーの中で、弓丸は他人を助けるために自らを傷つけるような行いをするのです。それを見た藍花は心を痛めるわけです。ところが、藍花も弓丸を救うために自分を傷つけようとするんですね。そういった展開を通して、藍花の口を通して、「他人を助けるために自分を傷つけることは、自分だけじゃなくて他人の心も傷つける。それは果たしていいことなのか」っていうテーマを提示してくるわけです。
そのテーマを通じて、藍花の葛藤だったり、キャラクターとして魅力があふれ出てきていて、そこに大きな吸引力を感じる小説だったと思います。
『神に触れしは鎖の少女』を読み進めるうちに、まるで神話の中に引き込まれていく感覚に囚われました。歩道橋から飛び降りようとする藍果に、子どもの姿をした神・弓丸が現れ、まるで舞台劇のような急展開が続く。弓丸の背負う悲しい運命と、その異常な神としての葛藤が、まるで現代の学校の教室に迷い込んだ神話の使者のようだ。化け物や妖怪が次々と現れ、まるでおとぎ話のダークサイド。しかし、藍果が自分の力を信じて戦う姿には、思わず心が揺さぶられる。
神話の中の“人間らしさ”が、現実と非現実が交錯する中で、物語は奇妙な現実感を持ちながらも、確かな未来へと繋がっていく予感がしました。