冒涜の霊廟④力の模倣

 時間を戻してフェルノがグギによって蹴り飛ばされた頃。

 グギの体内から吐き出された血肉が変形して誕生した異形たち、それの対処を任されたファナはその時点で九割以上の処理を終わらせていた。

 無論一人でというわけではない。思考を纏め終わったステラが魔法によって剣に炎を宿しながら援護して、刺激臭に慣れたリオとフォンが松明と油を両手に片端から炎上させていったのでこの速度で対応出来ていた。


 これまでとは違う複数人での戦闘に伴う余裕。それによってファナは離れた場所で戦っているフェルノの様子を把握することが出来ていて、フェルノがグギの後ろ足による回し蹴り飛ばされていく姿を視界に捉えられていた。


「ッ!! しゃがめ!!!」


 それを見てファナは死んでないという確信を持ちながらも無事なのかという不安感を感じて声を掛けてその場を離れようとした。その直後にフェルノを蹴り飛ばしたグギが腹の中から巨大な塊を喉まで移動させ、それを燃え上がっている残骸を目印とした地点に吐き出そうとしているのを視界に捉えて吠える。

 その声を聞いて即座に行動に移せないような奴はいないと信じてそれが事実であったが故に、ファナは片手の松明を投げ捨てて納刀していたもう一本の鉄剣を引き抜きながら反撃の構えを取る。


 ドゥパッ


 遠く離れたファナたちのいる場所まで聞こえてきたその音共に吐き出されたのは血と肉と草木と土が混ざり合った塊。消化され切ることなくグギの胃の中で溜め込まれていた文字通り未だに死に切れていない者たちが丸められた塊。

 可能であるならば憐みを持って受け止めてやるべき物であるのだが、落下地点にある全ての命を一撃で粉砕する程の大きさとなったそれは受け止められる物ではない。故にファナは自身の最も得意とする防御ではなく、フェルノの動きを模倣して身に付け磨き上げた破壊の一撃をその塊に叩き込んで粉砕しようとしている。

 ………その丸め固められている塊の中にある命が未だに生きているというのをファナは察していないし、そもそも察せるはずがないだろうといツッコミは置いといて。



「現象模倣」


 剣を二本構える、標的を定める、一歩踏み込む、詠唱を行う。


 天賦の差により防御と頑強さに優れたファナはフェルノと同等の攻撃力を身に付けられない。しかし防御だけでは守りたいものを守り切れない時が来るのをファナはとある一件で叩きつけられた。


 刀身が罅割れる、ファナの目が標的を捉える、音が飲み込まれる。


 それ故にファナはフェルノの全力の一撃を模倣しようと鍛え上げ、魔王軍幹部との戦闘を積み重ねたフェルノが考案した模倣の手段を磨き上げた。武器を消費し、魔法と同じく詠唱を行い、彼女の肉体そのものを消費するという三つの過程を一切の補助なしで行うことによってようやく再現できる一撃。


 無音の振り上げ、緩やかに風が凪ぐ、衝撃が発生する。


 フェルノの行う破壊という現象、それを模倣するが故に発生の起点となる武器は消費される。普通ならば引き起こせない現象を引き起こすために、奇跡の具現である魔法と同じように詠唱が必要となる。天賦の差異として辿り着けない領域の事象であるが故に、彼女の肉体を消費しなければ振るうことが出来ない。


 だが、成し遂げた瞬間に標的は破壊される。



 ファナの持つ二本の鉄剣が砕け散って地面の上に転がっていく、それと同時に空から迫って来ていた塊が罅割れ砕けて地面の上にボトボトと落下していく。

 それを眺めながら砕けた鉄剣を投げ捨てて、ポーションを取り出して栓の部分を握り砕いて中身を流し込み飲み込んでいく。


「……すげぇ」

「来るぞ、構えろ」


 ファナの後ろでその光景を眺めていたフォンがそう呟くが、ファナは残骸となった鉄剣を投げ捨てながら最後の一本を取り出して抜きながら言葉を告げる。変形するまでの時間が経過したのかと驚きながらファナの後ろの三人は立ち上がり、そして砕けた残骸たちの変形した姿を見て息を飲んで絶句した


「「「「谿コ縺帙∞縺?ぉ繧ァ??シ?シ檪??茨ス難シ」」」」


 鋭い爪が伸びているように見える腕に脚、獣の尻尾や耳のような形をしている部位を持つ、二つの腕に二つの足に一つの頭部の人型。

 皮膚が存在しない上に土や草木が入り混じり、骨や血肉が出鱈目に混ざり合っているところから異形であるとはっきり言い切れる。事実ファナは既に処理すべき敵だと認識しているし、絶句していたステラも武器を構えなおして敵だと認識している。

 だがリオとフォンの二人にとって異形たちの認識が異なり、絶句した状態から立ち直れず何故どうしてという疑問が頭の中を埋め尽くしていた。


「隱?j繝イ遉コ縺幢シ?シ?ス奇ス茨シ」

「……父さん?」

「……ぞく、ちょう?」


 二人の目には迫りくる異形の姿が半年前に失われた仲間、友人、家族たちとぴったりと重なって見えていた。どう見ようが似ても似つかない異形であるのに、認識の上では誇り高く戦士として戦い散っていた戦士たちのように見えていた。


 ********


 ヒュッ

「「痛ッ」」


 恐怖、怒り、悲しみ、憎悪、歓喜、感動……多種多様な感情が入り乱れて身動きが取れていなかったフォンとリオの二人をその様子に気付いたファナが軽く力を入れて二人の額を小突く。小突かれた二人は絶句し呆然としていたこともあり耐え切れずに仰け反り、地面の上に尻もちをつくことになった。


「目は覚めたか?」

「……ん、ごめん。助かった」

「……すまん、手間を掛けさせた」

「ならいい」


 謝罪の言葉を受け取りながらファナは迫りくる獣人型の異形たちへと向き直って剣を横に構えながら言葉を放つ。未だに視覚からの情報と認識の違いの中にいて目を覚まし切れていない二人の仲間へと。


「あれは敵だ、どんな姿に見えようがどんな経緯を持って生み出されようが、あれは生者に仇なす敵だ。思うことがあるのならば殺してやれ、物語のように美しく何もかもが幸福なハッピーエンドなんてものは訪れないし存在しないのだからな」


 そこで区切り異形たちの方へと歩いていく。歩いて、歩いて、最前線を走り抜けてきた異形がファナの目の前に辿り着きその爪で攻撃しようとした瞬間、ファナの振り上げた剣が異形を両断して地面の上に転がす。


「憐れみを持って殺せ。悲しみを持って殺せ。怒りを持って殺せ。憎しみを持って殺せ。愛しさを持って殺せ。敵として目の前に現れたのならば敵として殺してやる事こそが一番の救いになる。さぁ! 立ちあがれ!! そして、殺せ!!!」


 襲い掛かって来る異形たちの全てを切り伏せながらファナは言葉を紡ぐ。

 それは彼女が胸に刻み付けている教訓の言葉。

 かつて正義は何処までもどうなったとしても正義であり貫き続ければ幸せに辿り着けると信じていた夢を見ていた少女に対して叩きつけられた言葉現実


 そうしてファナが放ったその言葉への返答は、脇をすり抜けてファナに襲い掛かる異形が切り捨てられその残骸の燃焼という行動で返された。



「……流石とでも言いましょうかぁ?」

「ただの受け売りだし、それに昔の私の方が遥かに酷かったしな。少なくとも二人が止まった理由は昔の私に比べればマシだ」

「……聞いてみたいですねぇ」

「昔の話か? 素面で話す気にはなれないから酒の席でな」


 無事に元通りの認識を取り戻してリオが切り裂きフォンが燃やすという動きをして異形たちを処理していく二人。その裏で討ち漏らしと、燃え残った残骸の処理をしているファナとステラは少し気を抜いた様子で言葉を交わす。


 昔の今よりも遥かに愚かで恥じる姿を思い出して複雑な顔をするファナ、そんな姿を見ながらそんなに酷かったのかと思うステラ。異形をバラバラに切り裂いていくリオにその補佐をするように油と火を撒いて残骸を灰にしていくフォン。


 追加が飛んで来ることもなく、目を覚ましてからはリオとフォンの動きも良くなり順調の一言で纏められるほどに手際よく異形の処理を進めて行く面々。

 そこでファナが今回の標的であり現在処理している異形たちの主であるグギが見当たらないことに気付く。


「……そういえば、あのカエルは何処に行った?」

「あっちに行ってませんでした……あれ?」

「何処にも……いや、上にいた。しかも落ちて来てないか?」

「……そう、みたいですねぇ」

「……」

「……」

「リオ! フォン! 一旦下がれ!!」

「「? 了解」」


 そうして周囲を見回し、不意に予感がして上空を見たファナの目が捉えたのは霧と雲の向こう側で仰向けの状態で足を藻掻いているグギの影。その影の大きさが段々と大きくなってきていることから落ちてきていると判断し、処理するために前へと移動して落下地点に近くなっていたリオとフォンの二人をファナは大声で呼び戻す。


 その数秒後、上空から背中側がボコボコに凹まされたグギが雲と霧を突き抜けて出現する。どうして仰向けの状態でそれも自由落下しているかのような状態で落ちてきているのかという疑問がファナ達の脳裏に過ぎる。

 取り敢えず来るであろう衝撃に耐えるために構えを取ろうとしたところで、ファナ達とグギの間に一人の影が割って入るように出現する。それを見た瞬間にファナは構えを取るのを止めて、呆れたように苦笑いしながら呟く。


「お前もやっている事の馬鹿さは私と変わらんぞ」


 割って入った影は聞こえる距離ではない筈なのに返事の言葉を吐く。


「今回ばかりは、甘んじて受け入れよう」


 そうして返事を返した影、グギを蹴り上げていて加減をミスって大きく打ち上げてしまったフェルノは落ちるグギへと蹴りを放つ。


「……すごい」

「……流石に想像以上、ですねぇ」

「……とんでもねぇ人の仲間になったな」


 美しいハイキックから生じた衝撃は山の如き巨体のグギが落下した瞬間に周囲へと広がる衝撃とぶつかり合い相殺する。そんな何事でもない当たり前のように対処したフェルノの姿にファナを除く三人は驚愕に染め上げられた。

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チートと聖剣を剥奪された元勇者はそれでもバグみたいな強さでした 黒淵カカ @lll969jack

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