冒涜の霊廟③暴力

「グゴォァッッ!!」


 声と共に振り下ろされる前足。受け止められる程度の勢いに破壊力しかないが、カウンターしても大したダメージにならないのが分かりきっているから躱す。

 地面を大きく揺らすがその程度、前足の表面を全力で踏みつけてそのまま蹴り飛ばそうとして舌が飛んで来る気配を感じ取ったので踏みつけた勢いを活かして飛び退る。


「あぁ、クソ自由が利くのかよ」


 着地した瞬間に此方へと折れ曲がりながら向かって伸びて来る舌が見えて悪態を吐く。受け止める理由はないので巨体の側面に向かって走ることで避ける。


 十数メートル程度、巨体の斜め後ろ付近に移動したところで舌が伸びてくるのが止まって戻っていったので距離の限界かそれとも別の理由か。どちらにしても巨体の斜め後ろに移動すれば伸びて来ないというのが分かったから、ここからは極力この立ち位置を維持するように戦うとしよう。


 何処までも追いかけて来るんだったら自分の舌で首を絞めるなんてことも出来そうだった気がするんだが……もしかしたらそのくらいの頭は回るのかもしれんな。少なくとも普通だったら脱ぎ捨てる筈の皮を保持して、それとの間に血肉と酸を溜め込むなんてことをしてくるぐらいの思考力はあるんだからあり得ない話じゃない。


「……やっぱり通じねぇな」


 それはそれとして、後ろ足からケツにかけてを殴る蹴るというのをしているがどうにもダメージが入っている感覚がしない。なんというか柔らかいサンドバッグ、殴っても爽快感どころか微妙な気持ちを感じる交換時のサンドバッグを殴っている感覚だ。


「というか、さっきは何で千切れた?」


 こうして微妙な感覚で攻撃を続けていると、どうにも先程の踏みつけで千切れたのが疑問になってくる。

 それまでの蹴りとさっきの踏みつけ、それから今こうしてしている殴る蹴るとの違いは何だ? 部位かと思って後ろ足の先端に蹴りを踏みつけのように地面と挟む形で叩き込んだが、感じ取った感覚は変わらかったし特に千切れたりしなかった。


 というかだ。


「鬱陶しいなテメェらぁ!!!」


 飛び上がろうと後ろ足が伸びる兆候が見えたのでケツに上から踵落としを叩き込みながら空からすり寄って来るレイスたちを消し飛ばす。

 数は多いし、生者にすり寄って来る生態であるというのを理解している。体を掴まれるしすり寄ってくる度に冷気が伝わるから、無視したままいられるわけじゃないのも分かっている。それはそれとしても数が多い、数十匹単位で纏めて消し飛ばしているっていうのに処理する数より増える数の方が多い。

 それに、このレイスはどうにも薄気味が悪い。アンデッドのくせしてまるでまだ生きているみたいに振舞うし、痛みに呻いているかのような悲痛な表情を浮かべているから見ていて気持ちがいいものじゃない。それはアンデッド全般に言えることだが。


 取り敢えず、見える範囲のレイスを全部消し飛ばしてしまおう。色々と考えながら戦わないといけないから雑念の要素になりそうなのは先に消しておく。どうせすぐに増員が来て処理することになるんだろうが。


「ちっ、面倒だ………あ? ガッッッ!?」

「グゲァァッ!!」




「だぁっ!! クソッッ!! 油断した!」


 レイスの処理に意識を割き過ぎて後ろ足が振り上げられているのに気付けなかった。咄嗟に踏ん張って防御姿勢を取って辛うじて数百メートル程度に抑えられたが、デッドイーターというかカエルが回し蹴りをしてくるなんて知らねぇぞ。

 幸い足やら腕やらの骨は折れずに済んだが、胸から腹にかけて痛みがあるのを考えるとその辺りの骨が持っていかれたんだろう。掻っ捌いて直接ポーションをぶちまけて治療するなんてことが出来る余裕なんてないから、二本ほど栓の付いている部分を握り砕いて中身を飲み干して応急処置をしておく。


「ふぅーはぁー、ふぅーはぁー」


「……そうだ冷静になれ。攻撃は通じない、周囲に攻撃に使えそうな物はない、一対多の状況で増援に支援は望めない……そうだ、いつも通りだ」


 頭を冷やして思考をリセットする。

 敵は殺す、そのために必要となることを考えていく。ファナが対処を終わらせて合流するなんていうプランは捨てる、先に俺が奴を殺す。死体を地面の上に広げて、その頭と心臓を潰して踏みにじる。

 そうだ、それだけでいい。そのために必要なことを考えろ。何で物理は通じない? 何で斬撃は通じた? 何で踏みつけで千切れた? 単純じゃねぇか、殺す事を念頭において考えれば簡単に分かることじゃねぇか。


「グゲゲッ」

「はっ、随分とスマートになったじゃねぇか。何処かでダイエットでもして来たのかよ、余裕があるじゃねぇかよおい」

「グゲァァッッッ!!!!」

「悪いがカエルの言葉は知らねぇし知る気もねぇんだ」


 だからここで死んでくれ。


 その一言を吐き捨てようとした瞬間に前足が伸びてくるので、躱さずに拳を握り締めて伸びてきた前足に叩きつける。数センチ後ろに押されるが気にせず叩きつけた拳と反対の手の指を伸びた前足の側面に突き刺して掴む。

 そのまま引き引き寄せようとして口を開くのが見えたので、叩きつけた方の腕もそのまま手を手刀の形に変えて突き刺して途中で掴んで前足の先を引き千切る。噴き出す大量の出血に開き始めた口が歪むのを視界に捉えて、嗤う。


「ははっ!! ようやくダメージが入ったなぁ!!!」


 そのまま引き千切ったものを投げ捨てて、再生が始まるよりも先に千切れたことで目に見える形で出て来た前足の骨を引っ掴んでそのまま引き抜く。ごりゅっという気持ちのいい音共に先端が砕けて鋭利な形になった骨が手に入る。


 物理が通用しないのは、おそらく衝撃を体全体に流せるんだろう。体液か皮膚か筋肉かは知らないが、受けた衝撃を浅く広く通じさせることで疑似的に無力化をしているといった感じだろう。似たようなことが出来る奴を知っている。

 逆に剣の一撃、踏みつけの一撃、そして今の突き刺しと引き千切りが通じた理由は攻撃に広範囲の衝撃が存在していないからだ。冷静になれば簡単に分かる単純なことだったな、どうにも全員で相手をしようという考えが頭の中にあり過ぎた。


 いや、もしかしたら新しい仲間に格好の良い姿を見せようと浮かれていたのかもしれん。協力で戦闘をしてお前たちのリーダーはこんなに頼りになるんだぞと見せつけようとしていたのかもしれん。可能性はある、話の通じる仲間だし大いにある。

 あとで反省として土に埋まった方が良いかもしれん。


「グゲェァァッッッ!!!!!」

「おいおい、そんなに喜ぶなよ。足を千切って骨を引き抜いただけじゃねぇかよ」


 吠えるカエルの下顎に向けて引き抜いた骨を振り回して跳びながら叩きつける。やはりそうだ、面の衝撃は砕ける感覚と共に流されていくのを意識すれば感じ取れる。

 ……まぁ、どうでも良いか。無効化をしているわけでも吸収しているわけでもないのがはっきりと分かったんだからな、ならもうこいつは脅威じゃない。


 叩きつけた衝撃に耐え切れず砕け散っていく骨を見ながら、手に残った骨の残骸をおまけ感覚で近くにあったカエルの肩?らしき部位に突き刺してそこを軸にして上に打ち上げたカエルの頭に上る。

 そうすればカエルは目を開き口を開いて舌を伸ばしそうとしてくるので、それよりも速く拳を握り締めて頭を全力で地面に向かって殴り飛ばす。

 舌を噛むくらいしてくれたら良かったんだが、そんなことにはならなかったので落下の勢いを活かして起き上がろうとしているところに蹴りを叩き込む。


「おいおい、だらしねぇなぁ?」

「グゲェァッッ!!!」

「うるせぇ!!!」


 顔の前で血を吐きながら吠えるので蹴り飛ばす。

 単純に殺すだけならばこの瞬間に脳のあるだろう場所に差し込んで、こじ開けてしまえばそれで終わりになるんだろうが……それでは面白みがないし、虚仮にされた分の仕返しとか鬱憤晴らしとかしたいので、耐性のある打撃で殺す。

 衝撃を完全に無効化しているわけじゃないのは分かったし、今ので打撃を叩き込む範囲を調整すれば十二分にダメージになるのを理解したので殺せる。


 まぁ、取り敢えず


「玉遊びしようぜ、お前ボールな?」


 起こそうとしている上半分をしたから掬い上げるようにして蹴り上げ、そのまま地面に付いている残りの部分を順番に上へと蹴り上げていく。重いのは重い、正直頭を過ぎったから始めたけど止めたくなるくらいには重い。

 でもそれはそれとして、山のような巨体で衝撃に対して耐性を持っているのに何もできずに人間一人の力で上空に蹴り上げられていると考えると溜飲が下がる。魔王軍幹部のように言葉が話せればもっと気分よくなったのかもしれないな。話せるということはそれだけ賢いということになるから、その場合もっと特性を活かした面倒な戦い方をしてきたかもしれないというのは考えないことにして。


 取り敢えず、蹴り上げながら向こうに運ぶとしよう。この状況でやる事ではないし、考えることではないんだが、程良い負荷の筋トレぐらいに感じ始めて来たからな。

 それに向こうの状況を確認出来ていなかったから蹴り上げつつ、向こうの状況を観察することにしよう。ファナがいるから大丈夫だとは思うけどな。

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