冒涜の霊廟グギ②覚醒

「……無事か?」

「あぁ……何が起きた?」

「中身の詰まった腹をこじ開けやがった」


 自らの腹をこじ開けることによって引き起こされた濁流。一瞬で地面を赤と黒と茶色が混ざり合った液体と固形物で埋め尽くされた光景を眺めながら、ギリギリで気付き濁流から逃げ切ったフェルノたちは安否等の確認をして態勢を整え直していた。

 対して腹をこじ開けて血肉と酸で構成された濁流を引き起こしたグギはというと、体を起き上がらせながらこじ開けたことによって広がった腹部を引き千切って地面に落としながら肉体の修復をしている。中身が流れ出した腹部はというと小さくはなっているが、それでもあともう一度同じようなことが出来そうな程度には膨れている。


「……あれ以上動く気はないみたいだな」

「そうみたいだが……どの道、本体は叩くしかない。剣を貸してくれ」

「使うのか?」

「使わなければ話にならん。どういう原理なのかは知らんが、打撃が内側にまで伝わりきらないようになっているからな」

「そうか、じゃあ持っていけ」

「あぁ」


 地獄のあり様と言い切れる程の惨状になっている光景を見ながらフェルノとファナは言葉を交わし、体に付着していた血肉を払い落として炎の中に投げ込んでいく。他の面々はというと血肉と酸の混じり合った激臭によって人間よりも嗅覚の鋭い獣人三人は鼻を抑えてえずき、ステラは沈黙と共に広がる惨状を眺めて思考を巡らせている。


 その様子を認識しつつも放置して、ファナから予備の鉄剣を一本受け取りながら再び交戦に赴こうとしたフェルノは血肉の異形たちの変化を見て、ファナに指示を出す。


「……時間を掛ければ面倒なことになる、片端から焼き尽くすか消し飛ばせ」

「最初からか?」

「あぁ、見れば分かる」

「………なるほど、確かにそのようだな」


 フェルノの指示に納得したファナが見たのは血肉の姿の変質。先程まではごくごく普通の生物の姿そのままに変形していた血肉たちであったが、今変形している血肉たちはごちゃごちゃの芸術作品の様に生物らしい姿ではない状態に変形している。

 肩や足先、首から枝分かれしたもう一つの首など不可解な場所に付いた口らしき部位からは先程と同じような声ではない音を叫んでいる。また広がった血肉の中でも変形に取り残された血肉がスライムのように自立して動いて、異形たちに接触してそのまま融合や結合して体の一部として変化していっている。


 その総数にして五百。

 切り裂いて潰したとしても動き出して融合と結合を繰り返して大きくそして強くなるというのを想定すれば、一匹ずつを確実に処理していく方が様々な面から考えた上で遥かに有意義で良い結果に繋がると考えられる。

 故にファナへと下された指示は片端からの尽滅。無理難題のような内容を当然出来るだろうという信頼から来る声色と共に顔も目も向けることなく下される。


「じゃあ、俺はあっちを叩いてくる」

「あぁ、こっちは任せてくれ」


 そうして話をそこそこに終わらせて、フェルノは鉄剣を持って丘の上から姿を消して瞬きを挟んだ次の瞬間には肉体の修復をしているグギの顔面に接敵して、その側頭部に蹴りを叩き込んで再び巨体を横倒しの状態へと逆戻りさせていた。


「さて、私も私の仕事をしないとな」


 二本の内片割れを片付けて、燃えている焚火の隣に刺さっている松明を一つ手に取り炎を引火させながら動き出す。その一歩目で他の面々に追加の指示が出ていないのに気付いて、飄々と日常の会話をするように言葉を投げかけていく。


「動けるようになったら処理を手伝え。なんなら適当に炎をばら撒くだけでも全然良いぞ、あれらと戦えないということだったら」


 そう言ってファナはその場から消え去り、肉体の変形を繰り返し続けている異形たちの真ん中に剣を振り下ろしながら着地する。弾けて飛んだ残骸に片手の松明で火を点けながらファナの存在を認識して襲い掛かって来る異形たちを潰していく。



 ********



 接近、蹴り、斬撃。それを二度繰り返した直後、ファナから受け取った鉄剣が振った瞬間の力に耐え切れずに刃の部分が甲高い砕ける音共に消え去っていく。


「……砕けるのが早いな、おい」


 思わず悪態が口から出る。岩塊並に硬い生物をかなりの力で叩いたとしても十年は使い続けられる、なんていう謳い文句を鍛冶師から聞かされたわりにたった二回で砕けた剣の持ち手を投げ捨てながら斬り落とした前足を横合いに蹴り飛ばす。

 起き上がりと二度目の濁流、それを妨害するために両方の前足を斬り落とそうと考えて動いたんだが、片方の前足を斬り落とした段階で剣が砕け散ったので頓挫した。

 なので仕方なく殴る蹴るをしているがどうにも通じているという気がしない、内側の何かしたが砕けているというのは感じられているんだがな。


「……はぁ、こういうタイプか」


 それに、既に斬り落とした前足は再生を始めている。このままいけば数分もしない内に完全な状態で再生するだろうぐらいの勢いと速度で再生していく。

 この手の再生をするタイプは面倒極まる。再生が追い付かない速度で壊すか、再生が間に合う前に殺し切ってしまう、もしくは再生に掛かるエネルギーを全部吐き出せてしまうかのどれかでしか殺し切れない。今回のこいつに関しては再生より速く殺すのは不可能。その前に殺すというのも皮膚を貫けないし、心臓を先に叩き潰そうにも外からの攻撃では揺らすことすら出来ない。

 一応、幾つかの皮膚は毟り取れるのを確認したがその結果起きるのは濁流だ。脱皮の直前と形容した方が良いか? 本来ならば脱ぎ捨てる筈の皮をそのまま被って、皮と皮の間に大量に溜め込まれているという感じだな。


「……増えてきたな。どれだけ喰ったんだか」


 それにレイスの数も増えてきた。最初に見た時の十数匹程度ではなく、さっと見回しても数百匹の多種多様な姿をしたレイスたち。概ね人型ではあるが頭部が虫だったり鳥だったり蛇だったりするし、腕や手が虫の触覚や鳥の羽の形をしており無理矢理その形にしているというのが考えなくとも理解出来る。


 当然不愉快なので消し飛ばす。


 昔は魔法を使わない限り攻撃が通らないと思っていたんだが、レイスの中には核になる魂が存在していてそれは物理でも攻撃が通じるのでそこを殴る。詳細な場所は知らないし調べようという気にならないし、なにより全身を飲み込むように攻撃を叩き込めば消し飛ぶのでそういう事を調べようとは思えない。


「……? 千切れたな、何が違った?」


 レイスを消し飛ばしながら巨体を踏みつけたり、蹴り飛ばしたりというのをしていると抑えつけるために踏みつけた瞬間に前足の指が千切れて飛ぶ。ここまで叩き込んで手ごたえの無かった攻撃と今の踏みつけの違いに悩みつつ、起き上がろうとしている前足を蹴り飛ばしていく。


 ………そういえば、体液のぬめりを感じなくなってきたな? まだ体液はしっかりと流れているみたいなんだが、絶妙に一撃の急所を逸らされるような気がしていた体のぬめりというのは感じられなくなってきた。

 とはいえ所詮は指の一本が千切れた程度のこと。もう既に完全に再生し切っているぐらいの損傷でしかないし、斬り落とした前足の一本に関しても八割近くの再生が完了している。頭の片隅において考えつつ、妨害に専念するとしよう。


 剣を使えば斬れるというのが分かったんだ。ファナが此方に合流さえ出来れば剣を受け取って半分に叩き切って、再生するよりも早く心臓と頭を落として潰してしまえば討伐完了だと言い切れるだろう。

 殺した直後にアンデッド化するなんてことさえ起きなければという話だがな。



「グゴ」


 取り敢えず行動の妨害だけは続けよう、そう思って行動しようとした瞬間に鳴き声が聞こえて足が止まる。これまで聞こえていた言葉を持たない生物の放つ鳴き声ではなく、明確に意思と言葉が介在する異常な言葉が叩きつけるように聞こえる。


 倒している顔の方に目を向ける。頭が動いて目が俺をはっきりと捉えている。


 背筋を駆け巡った悪寒に訴えかけてくる本能の警鐘に従って後ろに飛び退る。その瞬間に叩きつけて地面を抉っていく赤が濃いピンク色の物体、何だこれはというのを観察するよりも早く一瞬にして視界の中から消え去っていく。


「グゴァァ」


 響く咆哮、顔を上げればいつの間にか体を起こしている巨体のカエル。咀嚼しているかのように動いている口の隙間からは先程のピンク色が見えるので、先程の悪寒の正体は目の前のカエルの捕食行動だったということが分かる。

 先程までの薄目とは違うはっきりと開いた瞳、感情などは感じられないし視覚的な情報では何処を見ているのか分からないが……その焦点が俺に合っているというのと明確な敵意と殺意が俺に向かってきているというのは理解出来る。


 目を覚ましやがった。


「ゴガアァァッッッッ!!!!!」


 前足を振り下ろす事による叩き潰し、それを交わしながら俺も思考をはっきりさせて無駄な考えを排斥する。


 目の前の敵を殺す。

 ここからが本番だ。

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