冒涜の霊廟グギ①交戦開始

 移動はあの鼻血の一件以外は順調に進んだ。魔物との接敵はしたが常識の範囲内に過ぎなかったし、統率者のいない魔族の集団を見つけるなんてこともなかった。あまりにも順調に進み過ぎて予定よりも早い三日で目的地の手前に到着し、丸一日を休息と戦いにおいての作戦会議の時間に費やすことが出来たし、場所を移動してかつてリオの集落があった場所を見下ろすことが出来る丘の上に移動することも出来た。


「……多分あそこが、集落があった場所だ」

「ふむ。それで...あそこに居座っているのが?」

「……集落を滅ぼした魔物で標的」

「ふぅむ...想定以上だな」

「予定変更しますかぁ?」

「しない、今日この場で殺す」


 その結果、標的の姿を見つけられた。というより見えていたものが標的だったということに気付くことが出来たと言った方が良いな。


 山と見間違うのも無理はない、丘の上に立ってようやくその全貌を見ることが出来るだけの黄土色の巨体が集落があった場所だというところに存在している。

 周辺の全てを禿げさせて、青白い霊体を漂わせ、膨れ上がった大きな腹を抱えている前足、感情を読み取ることが出来ない薄く開いた黒い瞳、地面に落ちる度に煙を上げながら蒸発して霧を構築する体液、雷鳴と地震が入り混じったかのような鳴き声。

 沼地に住まう死者を操るカエル、デッドイーター。その災害指定として認定された今回の標的が堂々とした様子でその場に佇んでいる。


 だが、しかし、想定外だ。


「作戦変更だ...ファナ」

「なんだ?」

「吐き出させるから、そっちを任せる」

「分かった」


 この巨体は想定の範囲内だし体液が蒸発しているのも言ってしまえば誤差の範囲。周辺一帯の草木も含めて喰らい尽くしているのも異常ではあるけど、それはそれで巨体を考えると理解は出来るし納得も出来る程度。レイスを率いているのも大元がデッドイーターであるということを考えれば大した問題ではない。


 想定外なのは膨れ上がった腹の中身。


 アンデッドではあるが普通の生物でもある、そんな違和感塗れの気配が膨れ上がった腹の中から無数に感じられる。千二千では済まない規模の生物、最高位魔族を鼻で笑えるだけの力を持っている怪物を相手にしながら処理するには多すぎる相手。引き摺り出した後で敵対してくれるなら万々歳だが、そう上手くはいかないというかまず間違いなくデッドイーターよりも先に此方を狙って来るだろう。


 だからこそ作戦を変更する。

 元々は引き倒して逃げられないように四肢を分断してから殺す想定で、そのためにファナたちには気を引いてもらうつもりだったんだが...悠長なことはしていられないし出来そうにもないから腹の中身と本体で別れて叩く。


「ステラとリオはファナに付いて吐き出させた中身の処理。ルルは距離を取りつつ複数箇所で火を焚いて松明を作れ。フォンはルルの護衛をしながら作られた松明をファナ達に届けるか或いは出て来た中身に火を点けろ」

「「「「了解」」」」

「俺は正面に陣取り続ける、深追いはするな負傷した場合は退け」

「剣はどうする?」

「まだいい。そっちの処理が終わった後に余裕があれば渡せ」

「分かった、死ぬなよ」

「まだ死ぬ気はねぇよ。そっちも死ぬなよ」


 手早く指示を済ませて、振り返らずに飛び込んでいく。

 それから、いつの間にか開いて目の焦点を俺に合わせているカエルの顔の側面に全力の蹴りを叩き込む。ぶよりとした感触、骨ではない何かが砕ける音、巨体に見合わない軽さ等々を叩きこんだ足から感じながらその巨体を横に転がす。


「戦闘開始だ」


 着地と同時に足の離れた腹に蹴りを捻じ込みながらそう呟く。



 ********



 開戦の合図となったフェルノによる二度の蹴りによる打撃。山の如く巨体を持つグギだったが臨戦状態でなかったが故に放たれた衝撃を抑えることが出来ず、体を流れていく衝撃に乗って横倒しになる。そのまま腹に叩き込まれた二度目の一撃によって口から血と肉と骨が混ざり合った不愉快な塊を流れる川の様に吐き出していく。


「「「逞帙>縲∬協縺励>縲∝勧縺代※」」」


 そして吐き出された塊は蠢き、結合と分離を繰り返して十一体の狼のような獣の形へと変形して言葉ではなく鳴き声でもない音を奏でながら走り出す。その姿はぐちゃぐちゃな粘土細工のようで至る所に様々な部位の骨や肉が付いて、口を開き走り首が動くたびにその体からは骨と肉が飛び散っている。

 それらが向かう先にいるのはグギに対して攻撃を畳み掛けようとしているフェルノ。二度目の一撃で体液の影響か滑って距離が離れたグギへ接近しようとしているところに向かって十一体全てが一心不乱に走っていく。


「悪いが、通してやれん」


 そこに割って入ったのは二本の鉄剣を抜いて構えたファナ。右手の一撃で先頭を走る二体を、左手でその後ろにいた三体を切り裂きながら躍り出る。そのまま足で切り裂いた残骸を踏み潰しながら止まることなく走る三体を切り伏せ、その脇を最後尾にて走っていた残りの三体が通り抜けて...


「ん、無理」

「通しませんよぉ」


 ファナの後ろから走って来たリオとステラの二人によってバラバラに切り裂かれて地面の上に物言わぬ残骸として広がる。そのまま三人は切り裂いた残骸を踏み潰しながら、顔を上げて前を向いて手に持った武器を構えなおす。


「「「「雖後?∝ォ後?∝ォ後?√>繧?>繧?≠縺ゅ≠縺ゑシ?シ」」」」


 三人が対処している間にフェルノは三度に渡ってグギへと打撃を叩き込み、グギの体内から塊が流れ出し、ぐちゃぐちゃの粘土で形成されたかのような異形へと変形した存在が走り出していた。それらが向かう先は構えている三人、ではなくグギへと攻撃を仕掛けているフェルノを狙って変形した異形たちは走る。

 その姿は先程の狼のようなのもいれば鳥のような姿をしている物、蛇のような姿をしているもの、虫のような姿しているもの猿のような姿をしているもの……多種多様な人間以外の獣の姿へと変形している。


「各個撃破だ、一匹も通すなよ。あと出来るなら残骸は潰して埋めろ、再構築までの時間を稼げ」


 そうして走る集団の中へと最初に突っ込んで行ったのはファナ。

 ステラとリオの二人に指示を出しながら鉄剣を構えて、技術も何もない身体能力と力だけで鉄剣を振って走り続ける異形たちを残骸へと変えていく。一振りで三体以上の異形を動かない残骸として地面の上に転がし、次の敵へと向かうその一歩で転がした残骸を踏み潰して原型の一つも残さない。

 撒き散る返り血でその赤い髪をより赤く染め上げながら、瀟洒で苛烈で豪胆、そんな言葉が相応しい程の立ち回りで異形たちをバラバラにしていく。


「……凄い」

「そうですねぇ...混ざれませんね。討ち漏らしを処理しましょうか」

「……うん」


 その姿を後ろから追いかけていたリオは見惚れているように立ち止まり、ステラは混じれば邪魔になるというのを理解する。そのまま可能性としてあり得るファナの討ち漏らしを対処する立ち回りに思考を切り換え、立ち止まったリオに声を掛けて血と斬撃の中を駆けるファナの後方に位置を取る。


 二人だけの勇者パーティー、二人だけの魔王軍殲滅者。

 史上最強を謳われるフェルノ・デザイアの隣に立って戦い続けられるだけの女傑。

 それがファナ・ファリティア。

 最強が存分に暴れるための戦場を作り上げるもう一人の英雄である。





「……妙だな」


 場所を変わって体を起こそうとするグギの足を適度に蹴り飛ばして倒れている状態を維持し続けているフェルノ。何度も蹴りを叩き込み腹の中身を吐き出させて、丸々と膨れ上がっていた大きな腹部を半分程度に縮めた彼は体に付着した体液を振り落としながら小さく呟く。

 彼が妙に感じているのは腹の中身について。吐き出された方に関してはファナがいれば何とかなるという判断に伴い気にしていないが、未だに残っている腹の中身に関して言いようのない奇妙さと不気味さを感じている。


 動き過ぎているのだ。

 蹴りを叩き込む度に砕ける感触があり、巨体は体液に伴い滑っていく。そしてその度に中身が詰まっている腹の表面がスライムに取り込まれた生物の様に動く、アンデッドにしては異常過ぎる行動で通常の生物としては考え難い力で動いている。

 巨大な生物の腹の中に取り込まれて暴れた生物を見た経験がある、それ故に彼は蹴りを叩き込む度に動くその動きは生物が外に出ようと暴れているものと異なるのだと言い切れる。もっと別の何かが起きているのだと。


「何にしても吐き出させないことには始まらんか」


 違和感はある、不気味さもある、だがそれでも攻撃を積み重ねることを選んだ。一対一に追い込まなければ討伐の本筋が始まらない、それ故に中で何が起きているにしろ中身を全て吐き出させる事を優先する。


「……ちっ、早いな」


 そうして十何回目かになる攻撃を叩き込もうとしたところで、これまでよりも短い間隔で足を動かして起き上がろうとするのを視界に捉えて悪態を吐く。骨を折ることが出来れば話は早いのだが、奇妙な感覚と共に打撃と衝撃が全て伝わりきらないが故に骨を折るにまでは至っていない。そのため何度も地面に付こうとしている足を先回りと共に逆方向に弾くことでグギの動きを阻害し続けている。


 そして再度阻害に向かおうとして、彼の体が抑え込まれる。

 見れば飛んでいた青白い霊体、アンデッドの一種であるレイスが重なり合いながら彼の体を掴んで抑え込んだり引っ張ったりしていた。

 当然だがその程度で抑えきれるわけがなく、体を振り回してレイスを引き剥がしそのまま蹴りによる風圧で寄って来ていたレイスたちを吹き飛ばす。


「あ?」


 出遅れたが十分間に合う、そのように判断した彼が動き出そうとしていたグギへと向き直り接近しようとして...地面ではなく膨れ上がった腹部に手を掛けているのを見て停止する。閉ざされた扉をこじ開けるように、亀裂の入った地面を切り開くように、膨れ上がった腹部に手をかけ丸い指をめり込ませている異常な姿。


 瞬間


 何をしようとしたかを悟り反転、雑魚処理をし続けているファナとその後方で抜け出した雑魚の処理をしているステラとリオの方へと全力で移動。地面を抉り吹き飛ばしながら一秒以下の時間でファナと合流、周囲の異形を全て消し飛ばしながらファナが反応するよりも早く持ち上げて脇に担いで即座にリオとステラの方へと移動。そのまま二人を担ぎ上げて離れた位置、開戦するまで立っていた場所で今現在ルルとフォンが火を起こして松明を作り上げている場所まで移動する。


 その直後


 グギが自らの腹をこじ開けて、そこから血肉と酸の濁流が発生する。

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