閑話:標的はただ一人
傷付き飢えてその上で生存欲求と殺意によってその身を焦がし続ける魔物たち、それらを一堂に集めて互いに互いを喰らい合うことを強制する儀式。ただの魔物を強引に作り変えていくようなその最悪の儀式は、悪意を持って呪術を使う人間たちですら行わない程に悍ましく穢れて潰えるべき悪夢の儀式である。
その儀式を今の時代に行い続けているのは一匹の魔族。多くの同胞に命を奪い去られて、奥底から湧き上がる憎悪に心を焦がし、狂気で研ぎ澄まされ磨き上げられた忠誠心と復讐心によって動いているデュラハン。十三の魔王軍幹部の四匹の生き残りの内の一匹であり現存する魔王軍幹部の中で最も強い魔王軍幹部。
それだけの存在が、自らが軍を率いたところで最大にして最悪の敵であるたった一人の人間を殺せないという不可解な現実を理解しているが故に儀式を行う。自らの憎悪と復讐心を注ぎ込み、魔族を含む数多の命の犠牲を積み上げながら単独で最強と成れる魔物を完成させようと儀式を繰り返し続ける。
その失敗作が現在アルストヴァル王国を筆頭に世界中で被害を出している強大で強力な災害指定と呼称されている魔物たちである。魔王軍幹部に匹敵するだけの力を持っていながらも魔王軍幹部を越えた力を持つことが出来なかった失敗作、魔王軍のかつて二大最強として名を轟かせていた黄金のフロニスと時のクライムを殺した最悪を絶対に殺すことが出来ないが故に切り捨てられた存在。
他の三匹が各々が思う手段で人間の全滅を成し遂げようとしている中で、デュラハンだけが自身の兵を無駄に消費しながらも儀式を続けている理由は儀式によって一匹だけ完成体と言っても問題はないだけの存在が作り上げられたからである。かつての最強の一角である黄金のフロニスを遥かに超えた実力を有する完成体、それが早期に完成したが故にデュラハンはもう一匹の最強である時のクライムを越えた実力を有する完成体を作り上げるために儀式を繰り変えす。
フロニスとクライムの魂は回収された。
魔王より生贄となる魔族を授かった。
妨害を退けるための手段は既にある。
故にデュラハンは儀式を繰り返す。クライムの魂を注ぎ込む器であり、生前のクライムを越えた実力を持つ完成体を作り出すために繰り返す。魂を焼き焦がし続ける憎悪と復讐心に自分自身の命という新たな薪をくべて燃え上がらせながら、たった一人の人間を数々の魔王軍幹部を殺して魔族を殺して魔王の首に届き得る実力を有する最悪の存在を殺すために儀式を繰り返す。
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作り上げられたそれらには明確な目的が存在する。生きるというあらゆる生物が持つ共通にして最大の欲望であるそれを踏み倒した上で成し遂げようとしている目的が。何かによって積み上げられた殺意、積み上げられた憎悪、積み上げられた憤怒、積み上げられた復讐心、尋常ではない数のそれら全てを取り込みそれらによって心と魂を焼き焦がし黒より黒く闇より暗い炎を燃え上がらせながら...植え付けられた目的であるそれを成し遂げようとしている。
名前は不明、何処にいるのかも不明、それが何者であるのかも不明。
分かっているのはその標的が右手が光り輝いている人間であるということ、理外の怪物のような存在感を放ち続けている異常な存在であるということ。そして取り込んだ殺意に憎悪に憤怒に復讐心の全てが向かう先がその人間の死であることを。
故に放逐されたそれらは動いた。
生きるという欲望を踏み倒させるその標的を殺し、自らの生存欲求を正しき形で取り戻すという欲望を果たすために動き在り方が定められた。
カエルは自らを強くするために全てを喰らう。生存するためには不要である食事という行いを繰り返し、喰らった生命を消化せずに取り込み続ける。
オウシは自らを昇華するためにそれを妬む。底無き欲望の中より湧き上がる自らよりも上であるという事実を認めず、全てを滅ぼすために天災を喰らう。
トカゲは自らが最強なのだとするために驕る。既に飛ぶことも出来ずに敗北したという現実を認識せず、目に付いた弱者を壊し潰し捕食し続ける。
ムシは自らが唯一無二であるとするために狂わせる。目に付いた全てを異常へと作り変えながら悪戯をするように、神を偽り贄を屠る。
オオザルは自らを大きくするために貪る。誇りも名誉も全て捨て去り無様で醜い姿に成り果てようとも、標的を殺すその瞬間のために飲み込み続ける。
オオヘビは自らに適応するために怠ける。惰眠に耽り奥底より湧き上がる取り込んだ全てに魂を焼かれても眠り、手に入れた肉の器を溶かしていく。
植え付けられた目的を、標的を殺すという生きるということ以上の欲望を果たすためにそれらは燃え上がる炎に薪をくべ続ける。
だが放逐された六匹とは異なり、完成体として隔離されている唯一であるドラゴンは同じような生まれでありながらも無垢であった。
殺意も憎悪も憤怒も復讐心も何もかもを取り込み、その上でより多くより濃いそれらを注ぎ込まれていながら、標的である人間を認識しながら、自身の生まれた意義を理解しながらもドラゴンは何かを成そうとはせずに無垢であり続ける。
片割れが作り上げられるその日を待ちながら、片割れが産声を上げるその日を待ちながら、自身の目をこじ開けて命令を下したあの声が再び聞こえるその日を待ちながらドラゴンは無垢であり続ける。決して何かに囚われることなく、浮かぶ円環を噛み砕き体内に取り込みながら、ただただ眠ることなくその日を待ち続ける。
魂を焦がす熱も、脳裏で響き続ける感情も、ドラゴンが作り上げられて目をこじ開けられたあの瞬間に聞かされた声に比べれば塵に同じであった。
生存欲求を捨てて、湧き上がる欲望を捨てて、ドラゴンは無垢であり続けて命じられた次の命令が来るその瞬間まで口腔に運ばれる円環を喰らう。
六つの共鳴、その標的はただ一人。
ただ一人の人間を殺すためだけに生きている。
ドラゴンに与えられた命令。
全てを塗り潰しながら叩きつけられた命令、それは一個体にはあまりにも重く苦しく故にドラゴンは生命体であることを止めた。鳴り響く六つの共鳴を受け止める器となりながら、轟き叫ぶ標的への殺意を受け止めながら、ドラゴンは命令に従ってただ一人のための敵となるために生命体であることを止めて無垢なる一となっている。
その時は間もなく訪れる。
片割れが誕生し一対の敵となるその日が。
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