移動の一幕②

 ・一悶着


「あんまり個人の生き方とかを説教するつもりは無いんですけど、流石に結婚どころか付き合ってすらいない男女は水浴びも着替えも一緒にしないなんていうのは常識であっても良いと思うんですよねぇ...何してるんですかぁ?」

「いや、その、すまん」

「ん、童貞にはキツイ光景だったみたい」

「お嬢!?」

「なに? 下着姿見ただけで鼻血を噴き出した童貞?」


 一夜明けた朝のこと。ルルが用意してくれた朝食を食べ終わり、色々と片付けて装備を整えてから出発しようとなった瞬間。俺との二人旅の時のノリで平然と隠すことなく着替え始めて、汗を流し始めたファナの下着姿を視界に入れてしまったフォンが悲鳴を上げて倒れた。それに驚いて振り返ったステラとリオとルルの三人によってファナの体を隠すようにタオルが放り投げられて、ついでにフォンが俺の方へと転がされてファナから距離を取らされた。ちなみにフォンの鼻血は収まったというか、復帰した本人が鼻血を出し切って無理矢理止めた形である。

 それで、流石に嫁入り前の女が異性に下着姿を見せるのはどうなんだということで絶賛ステラが服を着させられたファナに対して説教中ということである。その横にルルも立っているがいつもと変わらない笑顔のままなので逆に怖い。


「ん、ちなみに前からこれ?」

「前からこれだな。まぁ一々男女別れて着替えて水浴びをしている時間なんて野営の最中に取れなかったからな。同時にやってさっさと終わらせてっていうのが色々と考えた上での結論だった」

「壮絶。なんとも思わないの?」

「女の下着姿如きで動揺してたらサキュバスの相手なんて出来ん」

「おー、流石。ということは童貞じゃないの?」

「いや、童貞だ。そんなことを考える暇もない戦いに身を投じていたからな」

「ん、うちの童貞とは違う。後生大事に抱えてないでさっさと捨てて女体への耐性を付ければいいのに」

「お嬢!?」

「ん、黙って片付ける」

「……可哀そうに、あの馬鹿が悪いのに」

「でも、止める間もなく水筒を投げ渡したフェルノも同罪じゃない?」

「そうなるのか? 川まで行かなかったあっちだけの責任じゃないか?」

「………押し付けようとしてない?」

「してる」


 そんな光景を眺めながら俺はリオと二人で魔法袋の中に収納されていた何時作ったのか忘れたジャーキーを齧りながら、鼻血から復帰したフォンと共に野営の片付けをしている。とはいっても簡易テントの片付けと焚火の始末は終わっているので、残骸が残っていないのかとか落とした物がないかとかの確認程度だが。ちなみにフォンの方は鼻血を出して倒れた時に身に付けようとしていた暗器を落としてばら撒いたので、それらを集めて一つずつ確認しながら身に付けている最中である。


「フェルノ様~?」

「ん? どうしたって近いな?」

「あちらへどうぞ~」

「……何故?」

「聞こえましたから~」

「………俺はあいつの保護者じゃないぞ?」

「連帯責任です~」

「……はぁ、分かった」

「ん、逃げ切れなかったね」

「お嬢様もですよ~?」

「……何故に?」

「笑っていましたから~」

「………ん」



 ・移動中の雑談その一


「ん、そういえばアンデッド用の装備は準備してあるの?」

「アンデッド用の装備? なんだそれは」


 無事に片付けと説教が終わり、今日の移動が始まる。昨日と並び順は変わって先頭はフォン一人でその後ろに俺とリオ、最後尾にファナを挟む形でステラとルルといった順番で並んでいる。二人ずつで別れた方が良いと思って俺が先頭に行こうと思ったんだが、フォンから頭を回転させ続けないと思い出して鼻血が出るということらしいので送り出して昨日と同じくリオと二人並んで歩いている。

 ちなみに最後尾の三人だが、説教の続きというか俺との二人旅のような切羽詰まった状況での旅じゃないんだから安売りはするなとか、サキュバスじゃないんだから馬鹿みたいなことはするなとか、汗を流すにしても最低限のインナーは身に付けるようにしろとかそういう話をしていたりする。聞いていい話ではないような気がするので聞かないようにしているから詳細は何も分からないんだが。


「銀製の武器とか、聖水とか、祝福の掛けられた十字架とか。アンデッドを相手にするならそういうのが必要だって聞いたけど?」

「……あぁ、そういえば聞いたことがあるな。俺は用意していないが必要なのか?」

「なかったら殺せないんじゃないの? そうやって聞いたけど」

「死んでるのを殺すっていうのもおかしな話だが……アンデッドを潰してから再度動き始めるまでには結構な時間が必要になる。それはリッチとかネクロマンサーとかでも変わらないし、彼奴らの使役術でもそこは変わらないんだ」

「そうなの?」

「あぁ、これに関しては実際に確認した。それでそうなる前に潰したアンデッド共の死体に火を点ければ後は灰になって動き出す事はなくなる」

「つまり?」

「潰して燃やせ。もしくは松明で殴れ」

「ん、分かりやすい」


 まぁ、多分その話は死者を弔うためにするんだろうけどな。アンデッドと呼んでいても要するに人間とか動物とかの無念の死体だからな、そいつらが安らかに眠れるようにっていう想いを込めて弔うために使うんだろう。それが紆余曲折あってそれらを使わないとアンデッドを殺すための装備みたいな認識になったんだろう。

 まぁどうせ焼けば全部解決するから良いんだけどな。密閉空間とかに集まったアンデッドとかだと偶に爆発するから良し見つけた燃やせで解決しないというか、仲間入りする羽目になるみたいなこともあるにはあるんだけどな。


「…標的がアンデッドを使役してたらどうする?」

「変わらん、潰しておけ」

「もう一回動き出すまでにケリを付けられる?」

「付けなきゃ死ぬな。それだけ長時間戦闘した場合先に体力が尽きるのは俺たちの方だからな……というか一度の戦闘で殺し切るというかさっさと殺さなきゃならん」

「どうして?」

「逃げられる可能性があるからだ。標的の方がどうだかは知らんがデッドイーターは基本的に生存することに貪欲だからな、自分が死ぬってなったら即座に逃亡するような生物がデッドイーターっていう魔物だ」

「……なるほど、厄介だね」

「あぁ、厄介極まる」



 ・移動中の雑談その二


「……強くなるにはどうすればいい?」

「どう、とは?」

「私はフェルノに比べれば弱いから。フェルノくらい強くなるにはどんな鍛え方をして、戦い方をすればいい?」

「んーー、俺くらいか……」


 うぅむ...説明が難しいな。極端な意見を言うのであれば三年以上死に掛けるだけの負傷を負いながらポーションだけで治療して戦いに身を投じれば気が付いた時には強くなっているぞということなんだが...多分その前にリオが死ぬな。

 そうなってくると地道に鍛える...とはいってもそれは常日頃からやっていることだから今更言ったところでだしな。だとすれば…………経験か。


「経験を積むしかないな」

「経験? これでも戦闘の経験は多いけど?」

「普通のだろう? 普通じゃない戦闘、生と死を反復横跳びしているみたいな苛烈で苦しくて勝ち目の薄い戦闘の経験だ」

「……なるほど」

「まぁ、今回以降はそういうのを増やしていくつもりだ。お前よりも強くて普通に殺意を向けて戦って来るような友人はいるからな」

「……意外」

「友人がいることか? それともそれを頼めることがか?」

「両方?」

「……これでも割と社交的な部類だぞ俺は?」


 確かに一般の友人というか普通の人間の友人っていうのは故郷ぐらいにしかいないが、友人って呼べるし呼んで来ている相手ぐらいは多いからな? 放浪していたり、街を守護していたり、傭兵をやっていたりとかですぐに呼び出すなんてことは出来たりしないけども。


「ちなみに、どんなのがいるの?」

「色々だがお前の強くなりたいという要望を叶えるなら...常時自分で書き続けている経典を片手にメイスを振り回す狂信者とか、魔法で無限の斧を生成して投げてくる山賊とか、一般人のように空気に溶け込んで無音で暗殺する令嬢とかだな」

「………濃い」

「俺も思い返していてそう思うが、実力は確かだからな」


 少なくとも上位の魔族を平然と殺せるし場合によっては最高位魔族を悠々と相手に出来るくらいの実力はあるからな。全員が全員という訳でもないし、どんな状況で条件でもというわけじゃあないが。


「……期待しておく」

「そうするといい。会って戦うとなれば俺も近くにいるから本当に死ぬまではいかさせないからな」

「ん」


 というよりも、まともに話して鍛える相手をしてくれそうなのが山賊とあと陸地なのに船に乗って海賊してる馬鹿の二人くらいなんだよな、リオの相手になりそうな戦闘能力を持っているラインまでで考えると。もう少し強くなれば騎士団長に声を掛けて戦ってもらうなんてことは出来そうなんだが、今はまだ実力に差があり過ぎて本気を引き出せないだろうしな。



 ・接敵その三


「フェルノ様~?」

「ルル? 何かあったか?」

「はい~、トレントの上位個体を見つけたということなので~、ステラ様とファナ様のお二人が離れました~」

「そうか。それなら、止まった方が良いな?」

「はい~」

「分かった。フォン! 止まれ!!」

「了……進行方向にワスプの巣が見えたので先に潰してくる」

「分かった、無理そうなら叫べ」

「了解」


 ルルからの報告を受けて、流石に森の中で合流するとなったら流石に厳しいだろうということで一時移動を停止することに。先頭を歩いていたフォンにもそれを伝えて止まる直前に、魔物の巣を見つけて先に潰してくると言ったので見送る。


 なお後ろを歩いていた二人が見つけたトレントというのは木に擬態する魔物、ではなく木に寄生して変化する魔物である。普通の生物で言うと冬虫夏草が近しいかもしれないな、あんな感じで木に寄生して養分とついでに本体を取り込みながら成長と拡大を繰り返すというのがトレントという魔物だな。炎が手元にあれば簡単に対処出来るからかなり研究が進んでいる魔物でもあるな。

 ワスプというのは蜂の魔物なんだが特徴としては巣が完成するまでは女王と呼ばれるメス個体一匹だけで、巣が完成した後にその個体が王と呼ばれるオス個体を産み落としてそれから軍隊を生み出すという生態をしている魔物だ。強い部類には入るんだがその強さの起点だから軍隊だからそうならないように調整し続ければ、実質的な家畜みたいな扱いに出来るからこっちも結構研究が進んでいるな。あと普通に美味い。


 どっちも成長しなければという前提だが。成長したら面倒極まるというか、トレントに関しては本体を叩き潰したり燃やしたりするまでに時間が掛かるし、ワスプに関しては数万数十万の軍隊を潰した上で女王と王を殺さないといけないからな。管理されているわけではないのなら見つけ次第即座に殺しに行くのが推奨されている。


「終わったぞ、まだ女王一匹だったが必要だったか?」

「いや別に要らんが、死体はどうした?」

「踏み砕いてバラバラにして地面に埋めてきたぞ」

「ならいい、使える状態で残しておくと寄生型の母体にされるからな」

「昔そうなったのを見た。結局山一つを焼き払う羽目になっていたな」


「こっちも終わったぞ。ステラが後始末をしているから出発まではもう少し時間がいるが、討伐自体は無事に終了したぞ」

「ヒュッ」

「そうか、よくやった。リオ、フォンを離れた場所に運んでくれ」

「ん、行くぞ童貞」

「??」

「気にするな、それより規模はどうだった?」

「そこそこだな。選り好みをしていなければもう少し大きくなっていただろうが、本体自体そこまでの大きさではなかったからな。おそらく発見が遅れたとしても大した被害に繋がることはなかったと考えて良いだろう」

「運が良いな。数は?」

「2だ」


 ファナを見て忘れようとしていた記憶を目覚めさせて息を飲んだフォンを遠くに運びつつ、討伐したトレントの規模を聞きながらステラの戻りを待つ。

 本体の大きさというのは木に寄生している核のことで、大きさによって成長の速度だったり取り込む範囲だったりが違ってくる。数というのは寄生している核が取り込んだ別個体の数、要するに何匹食った個体だったという話だな。

 これが十を越えてくるとかなりの規模になるし五十を超えた場合は災害指定と呼ばれるだけの脅威になる。


 ちなみに後処理というのは核を叩き潰すことである。新しいトレントが生まれた時に綺麗な核を見つけて取り込まれた場合に規模が急速に拡大することになるから、そうならないように使わない核は叩き潰して始末するようにしている。逆に寄生されていた木材の方はそのままにすれば森の再生に繋がるので放っておいた方が良い。

 硬くて加工しやすいからいい木材ではあるんだがな。


「遅れました、申し訳ありません」

「大丈夫だ問題ない。それに処理し忘れがないようにしないといけないからな」


 そんなこんなでステラが戻って来たので労いつつ、先程までの移動の並び順になりながら木に手をついて心を落ち着かせているフォンの背中を叩いて移動を再開する。今日中に森を抜けて目的地が地平線の先に見えるくらいのところには到着したい。

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