移動の一幕①

 ・魔物との接敵その一


「……向かって来てるな、プレアリーウルフの群れだ」

「む? 進路はどうだ?」

「こっちを発見して直進中だな、移動したとしても追いかけて来るぞ」

「ふむ」


 目的地に向けて移動中、王城からかなり離れたので討伐されることなく群れを成した魔物の群れが此方を発見して向かって来る気配を感じ取った。距離的にはまだかなり余裕があるんだが、無視して移動を続けたのだとしても追いかけ続けて来るだろうからさっさと対処してしまった方が楽ではある。


「私が行こうか?」

「いや、俺が行く。狼の肉が欲しい奴はいるか?」


 ……誰も声を上げないな。ならいいだろう。


「いないみたいだな? じゃあ殺してくる」

「あぁ分かった。止まっておこうか?」

「いや、しばらく直進だろう? ならすぐに追いつけるから進んでくれ」

「了解した。じゃあ進んでいるぞ」

「あぁ、頼む」


 軽く言葉を交わして、そのまま列を離れて気配を感じ取った方向に向けて走る。そこまで離れているわけでもないしそこまで強い魔物というわけでもないので軽い運動の気分くらいの感覚で走り、走っている二十数匹の狼を発見して足を止める。

 狼たちも俺を視界に捉えられたようで吠え声を上げながら走る速度を上げていくのを眺めながら右の拳を握り締め、最後尾の狼が射程の範囲内に入ったところで左足を深く大きく踏み込みながら拳を振り上げて振り抜く。


 その瞬間、狼の群れは風下の煙のように消し飛ぶ。


 これといった素材が欲しいわけでもなく依頼を受けていたわけでもないので、一片の残骸一つ残さずに消し飛ばす。

 一応消し飛ばす前に様子が変だったりしないか、何かに操られているような感じはしないかというのは見たが、特にそういった様子は見えなかったので単純に俺たちが移動した場所が縄張りに引っ掛かっていたんだろうと思われる。

 あとおそらく群れの規模的に見ても狩りの機会だくらいに思ったんだろう。二十数匹の群れなら一匹二匹の獲物では腹を満たし切れないから見つけた狩りの対象になる獲物は襲うという方針があったんじゃないかと思われる。


 まぁ、ウルフ種の中でも知能の低いプレアリーだったのであり得る。賢い狼だとそもそもこんな日の出ている時間に集団で動き出すなんてことはしないし、同じ方向から襲い掛かるなんてことはしないので妥当な考えだろう。


「取り敢えず、戻るか」


 生き残りがいないかとか、周辺に被害が出ていないかとかを確認して想定以上に時間が掛かったのでさっさと合流しに戻るとする。



 ・魔物との接敵その二


「……リーダー。真っ直ぐ先にクマと大牛が交戦してるがどうする? 迂回して接敵を避けるか?」

「種類はなん...いやいい。ステラ、処理できるか?」

「んー、出来ますよぉ」

「じゃあクマの方を任せる。リオ」

「なに?」

「大牛を落とせ、出来る限り傷が少ない状態で」

「ん、了解」


 狼の処理をしてから二時間弱。直進で向かうに当たって差し掛かる森林が薄く見えてきたところで先頭を走るフォンからそんな報告があるので、ステラとリオの二人に対処するように頼む。言えばステラとリオの二人は武器に手を当てながら移動する速度を速めて列から離脱、草原の中心で激しく争っている真っ黒いクマと四本角の大牛に向かって走り寄っていく。どっちも見たことはあるが名前は知らない、ただ肉は美味いし骨は使い勝手のいい硬さだったというのは憶えている。


 そう思いながら移動していると、ステラが接触と同時にクマの両腕を切り落として首筋に剣を三回突き刺して離れていくのが見える。そこに遅れてリオが大牛の足の関節にナイフを投げて抉り込ませてからロデオをするかのように背中に飛び乗る。


「おー、鮮やか」

「丁寧だな、私たちとは違って」

「あぁ、まぁこの時点で半分体が残っていたら上等ぐらいだしな」

「……それはリーダーとファナ嬢が力を籠め過ぎなんじゃ?」

「食料目的で狩ることの方が少ないからな...それより、誰か解体は出来るか?」

「私が~出来ますよ~?」

「任せて良いか?」

「お任せください~」

「………ちなみに、前はどうしてたんで?」

「適当に皮を剥いで肉を切り裂いて食える分だけ取ったら焼き払うか潰して地面に埋めてた」

「うむ。食料欲しさに狩ることなど無かったからな、殺した時に肉が残っていたからそのまま取って焼いて食うなんてことくらいしかしていなかったな」

「……蛮族じゃねぇか?」

「「まぁ、否定はしない」」


 丁寧に処理していくステラとリオを眺めながら、感心しているとフォンから質問が飛んでくるので答えつつ振り返っていく。結果として蛮族という評価が帰ってくるが、正直なところ魔王軍を討伐したと街の中に報告に行っている時以外は勇者でも聖騎士でもない生き様だったことは残念ながら否定できない。

 まぁ料理できる奴がいなかったし、身に付けているだけの余裕が無かったというのもある。身に付けるつもりが無かったんじゃないかとか、雇えばよかったんじゃないかとかいうのはなしだ。戦闘にしか思考力を割いていない時代の話だからな。


「終わりましたよ? どうかしましたか?」

「ん、終わった。ルル、よろしく」

「お任せください~。クマの方も解体しますか~?」

「クマはいい、大牛だけ頼む」

「分かりました~」


 そうして雑談をしているとステラとリオが戻って来て、その代わりにルルが解体に向かうのでファナが食料用の魔法袋を投げ渡しながら送り出す。その間に返り血を浴びたステラとリオに洗い流す用の水の入った水筒を渡しながら、倒し方が丁寧だと話していただけだと言葉を返しておく。


「あ、そうだ。リーダー」

「どうした?」

「今日は何処まで移動する? 一応当初の予定よりかは早く移動出来てるけど」

「ふむ...森の中の移動はどれくらいかかる?」

「あーー……半日は欲しい。直進するだけではあるけど、草原よりも沢山の魔物が生息してるから接敵することが多くなるし」

「森の中に川とか水辺はあるか?」

「ちょっと待ってくれ...進路からは少し逸れるけど、小さい川があったはずだ」

「どのくらい必要だ?」

「今の移動のペースだとそんなに時間は掛からないな。多分夕方になったぐらいの時間には到着出来ると思う」

「なら、そこまでだな」

「了解。ステラ嬢、ちょっと来てくれ」

「どうしました?」



 ・野営の番


「じゃあ最初は俺とフォン、次はステラとファナ、最後はリオとルルの順番だな。魔物の気配を感じても問題なく処理できるようならば個人で処理、無理そうな規模であれば寝ている奴を起こして全員で対応だ。違和感がある出現だったら俺を起こせ、暗闇での探索には慣れているから俺が対応する」


 各々が返事をして、二番目三番目を務める女性陣が簡易テントの中に入っていくのを見送りながらフォンと二人で焚火を前にして座る。

 なおこの野営の準備をしたのは殆どがステラとルルの二人、リオとフォンの二人がそこに協力して俺とファナは周辺の安全確保と川の近辺になにかしらの異常が起きていないのかという調査をしていた。ちなみに調査をしてた理由は単純、二人揃って簡易テントを張った経験がない役立たずだったので火起こしだけして後は仕事をしているように見せるために動いていただけである。


 ちなみに動いて正解だった。川の上流から食い散らかされた残骸が流れて来ていて、上流に向かったところ結構な規模のゴブリンの巣があったので叩き潰してきた。幸いにも生きた人間は捕まっていなかったのでこれから討伐に向かうというのにお荷物が増えるという事態にはならなかった。まぁ死体はあったから燃やしてきたんだが。


 あと、野営の食事の準備とかは大半がルルそこにステラが協力するという形で残る四人は全員役立たずだったりする。まぁリオとフォンは役職柄そういうことをしてこなかったらしいから仕方ない...俺とファナ? 焼いて食うの一択しか出来ない蛮族がまともな料理を出来ると思うなよ。まぁ冗談は置いといて、真面目に俺とファナの二人は味の違いとかは理解できるが根本的に料理に向いていないんだよな。大雑多というか二人して雑で適当にするから七割くらいの確率で失敗する。

 多分此奴ら戦場に放り込み続けた方がマシだし世界のためになるよ。


「……そういや、リーダーはどうして武器使わないんです?」

「武器か? まぁ基本的に使わんな」

「何でです? 金が足りないってわけでもないでしょ?」

「耐えられん」

「え?」

「俺の力に武器がまず耐えられんのだ、耐久性に重きを置いた鉄剣だったとしても十回も全力で振れば砕け散る。加減をすれば長持ちするだろうが、これまで相手にしてきた奴らは力を加減しても殺せるような奴らじゃなかったからな」

「えぇ...じゃあ武器が必要な時はどうするんです?」

「さっき回収したみたいに殺した奴らの骨とか、そこら辺の木片とか石とかを使う」


 まぁ、多分もっと丁寧に扱えば長持ちさせられるんだろうが...何で武器を使う側の人間が全力で使うための武器に配慮しなければならないんだって話になる。別に地面に叩きつけたりとかみたいに雑に扱っているわけじゃなくて、ただ全力の力を込めて振っているだけなのに砕けるんだからな。

 おそらくドワーフとかの鍛冶が得意な種族に頼めば俺の力に合った武器が手に入るのかもしれんが...そこまでして特別武器が必要だっていう訳じゃないからな。それに武器が無い方が不意打ちみたいな形で攻撃を叩き込めるから、それを咄嗟の作戦に組み込めるっていう利点がある。必要になったらファナから借りればいいしな。


「なる、ほど?」

「あんまり分からんか。まぁ、近いうちに見ることになる」

「まぁ、それはそうだな」

「あぁ。そっちは結構大きいのを使うんだな?」

「まぁな。俺はお嬢と違ってガチガチの暗殺がメインってわけじゃないからな」

「なるほどな...ちなみに今の状態でこの前の魔族を殺せるか?」

「……無理だ」

「実力的にか? それとも戦い方的にか?」

「どっちもだ。俺のスタンスは強襲して意識の逸れたところに暗器を合わせるって感じだからな、魔族共に関しては死ぬまで止まらないから正面からの戦闘を余儀なくされる。それで生憎そっちは専門外で不得手だからこの戦い方に流れたんだしな」

「なるほどな...実力の方はどうなんだ?」

「俺は意識を逸らせるドラゴン相手に相打ち一歩手前で勝てる程度だからな。意識も逸らせないドラゴン以上の力を持っている奴には最善の結果で相打ち、最悪は殆どダメージを与えられずに終わるだろうな」

「なるほど……格上との戦闘経験はどうなんだ?」

「あんまりない。というか生きてきて格上と対面して殺し合うなんてなったら基本はその時が死ぬときだからな、訓練以外で対面する事なんてねぇんだ」

「ふむ……取り敢えず次の戦いでは前線は出れそうにないな」

「ま、そうだな。露払いと雑魚処理くらいしか出来ねぇな」


 実力が足りていないのは実感していたが...もっと多種多様な戦闘経験が積めるようにした方が良いか? 取り敢えずルル以外の全員は何度か死線を潜り抜けて乗り越えてもらった方が良いな。ステラは分からんが、リオとフォンの二人はまともに戦っても勝てない格上との戦闘経験がまず少ないだろうしな。

 ……連続して災害指定の討伐を回ろうと思ったが、先にリオとフォンの実力を上げる所から始めた方が良いかもしれんな。俺が最高位以上の魔族に狙われているというのを考える関係上、少なくとも一人で奴らを余力を残した状態で殺せるように鍛えておいた方が安心出来るというか頼りに出来るしな。


「取り敢えず、今回の討伐が終わればすることが決まったな」

「ん? 何をするんだリーダー?」

「お前たちを鍛え上げる。少なくともお前たちが目撃した魔族を殺せるようになるくらいまでは鍛え上げるつもりだ」

「……それは上を見過ぎじゃないか?」

「見過ぎじゃないな。むしろそれでも今後の戦いを考えると不安だ」

「……そうなるのか?」

「あぁ。それに満足に敵討ちも出来ないまま終わっていくのを見ているのもあまり気分がいい物ではないだろ? お前の友人だの雇い主だのが死ぬ原因になった魔族共を自分の手で殺してやりたいと思うだろ?」

「それは...そうだ、な。あぁ見ているだけで納得できる気はしないな」

「なら、強くならんとな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る