出発と標的
「準備は出来たか」
「出来たぞ」
「向かう方向の共有はしたか」
「共有しました」
「気力と体力を蓄えたか」
「ん、十二分」
「武具の確認は済ませたか」
「あぁ、済ませた」
「持ち忘れが無いか確認したか」
「確認しましたわ~」
「良し。じゃあ外に出てそのまま壁を上がって移動を始めろ、俺は戸締りをして騎士に報告をしてすぐに合流する。さぁ、行け」
討伐依頼を受け取ってから二日後の朝。昨晩騎士団長を伝って国王から要求を受諾する、素材は好きに使ってくれて構わない金に関しては騎士団長を通じて報告してくれということ回答を聞いたので、日が昇って人が活動し始めるぐらいの時間に揃って動き始めることにした。騎士たちにも夕方以降から動き出したら迷惑だろうし、なにより夜になると夜行性の魔物が活発に動いて襲い掛かって来るのが面倒なので朝から動いてという形にしたわけだ。
ちなみに、さっきの確認行動はいつものルーティーンだ。街から街へと移動する前に忘れ物はないか、何か落としていないか、確認は済んだかといったことを最初は一人でそれからファナと二人でやって来たからその名残だ。もうやらなくても良いと思ったんだが、ファナがこれをしないと長距離移動する気にはなれないと言うしファナ以外の面々もやってもいいといかやりたいと言ったのでやった。
「では、行って来る」
「はっ! 御武運を!!」
「あぁ。お前たちも頑張ってくれ」
「「「はっ!!!」」」
ということでファナたちを先に目的地の方角へと進ませて、俺は家の戸締りと壁の上の櫓の中の騎士たちに挨拶をしてから後を追いかけていく。なおこうして壁の上から出入りするのは受け入れられた、というか勇者時代では王城に用があった時には門を通ることなく壁を越えて直接王城に向かっていたので今更感があったらしい。
何でも人間で壁の上を通り過ぎて出入りしていくのは俺たちぐらいしかいないということ、普通は急ぎであっても壁は越えないしなんなら壁の上から飛び降りて無傷なんていうのは一握りの超人ばっかだからするような人間は憶えられているらしい。
あと、何故かは知らないけれど騎士たちから俺への好感度が非常に高い。戦場を共にした程度な気もするんだが、何でも憧れとか目標とか、心の中での師匠とかそんな感じの立ち位置にいるというのを騎士団長から聞いた。実際偶然近くを通った騎士と握手をしてみると、もう二度と手を洗わない、みたいなことを言っていたので事実なのは確かな気もするんだが...どうしてなんだろうな?
まぁ、それは置いといて、追いかけようと思う。壁の上から軽く見た限りでは見つからないような場所まで進んでいるみたいだが、まぁ目的地は分かっているしそのための進路も決めてあるのでそこを走れば無事に追いつけるだろうから走る。
ちなみに目的地、というか標的である災害指定のいる獣人の集落があった場所は王城から直線距離で大体七百キロ、普通に歩いての移動なら十日前後程度掛かる割と近くにある。俺たちの移動速度であれば余裕を持ちながら移動したとしても大体五日弱で辿り着ける場所にある。
********
「ん、そういえば。私あいつに関して何も知らない」
「……あれ、伝えてなかったか?」
「ん、聞いてない」
「言ったと思っていた、すまんな」
「問題ない、今教えて」
「あぁ」
ということで、無事に合流しての一幕。
道を記憶しているフォンと帰り道の記憶のためにステラが先頭、その後ろにルルとルルが疲労した時に助けに入るためにファナが歩き、そこから少しだけ離れた後方にリオ歩いていたところに合流して軽く歩いた時。リオがそう言ったので、俺もあまり交戦経験がある訳ではないし標的に関しても報告でしか知らないが答えていく。
「今回の標的、魔物の種類としてはデッドイーター。広義的に見ればアンデッドの一種類、中でもリッチとかネクロシスとかと同じ種類のアンデッドだ。当の本体は別に死体から甦ったという訳じゃあないけどな」
「…そうなの?」
「あぁ。あれ自体は普通に生きている、アンデッドに含まれているのはあれが死体を自在に操ることが出来るという能力を持っているからだ」
「……厄介だけど、アンデッドはいなかったけど?」
「……そうなのか?」
「ん。集落を襲って来たのはそれ以外はよく見る魔物ばっかりだった、それが来た時も魔族は見たけどアンデッドは見なかった」
「ふぅむ...妙だな? あれは基本的に喰らった生物の食べ残しをアンデッドにして使役しながら生活している筈だ。スケルトンなりレイスなりは見なかったのか?」
「ん、逃げるギリギリまでだけど見なかった」
「ふぅむ...」
………観測した奴らが見間違えたのか、それとも姿が似通った別の種類だったのか、或いは何らかの特別な能力を手に入れて進化したのか...少なくとも聞けて良かった、通常のデッドイーターの巨大化のつもりで動いていた。アンデッドを使役していない、或いは使役しようとしていないのであれば個体としての力が異常ということになる。使役していてもアンデッドに見えないのであるというのならば、霊体系のアンデッドかシェイプシフター系のアンデッドということになる。
霊体だったらどうとでもなるというか殴れば消えるが、シェイプシフターの場合だと集団で戦うということを考えると面倒だな。よく見れば本物か偽物かなんていうのは即座に判断出来るが、それがあまり出来ない戦闘中では思考を切り替えて一度認識し直す時間が必要になって来るからな。最悪は仲間割れというか仲間殺しを誘発させられる羽目になってしまうだろう。
「……作戦に関しては現地に着いてからだが、アンデッドを使役していてその種類によっては俺一人で戦った方が良いかもしれんな」
「…そんなに厄介?」
「シェイプシフターというアンデッドを使役していた場合だ。通常種ならばそんな心配をしなくていいんだが災害指定にまで成長しているというのを考えると、あらゆるアンデッドを使役している可能性が考慮に値するな」
「なるほど...アンデッドを表に出していない可能性はある?」
「ある。腹に溜め込んで吐き出すなんていうのをする個体を何度か殺したことがあるし、殺した直後に膨れ上がった腹からアンデッドが這い出してきたなんてこともあった」
「ふーん...戦った経験あるの?」
「あるぞ。数回程度だがな、群れを成していたのを焼き尽くしたこともあるし血祭りにあげて地の底に叩き込んだ記憶もある」
「はへー」
まぁ楽な相手ではなかったな。中には子供ばかりを喰らってそのアンデッドを見せびらかすようにしているような奴もいれば、恋人とか夫婦とかの片割れだけをアンデッドにしてもう一方の首とかを抱えさせていたりなんていうのもいた。大抵そういうのを見つけたらファナが突っ込んで叩き潰していたから生態とか戦闘手段とかを見て憶えるなんてことは出来なかったけどな。する気も起きなかったんだが。
………まぁ、態々話すことじゃないな。
「ん、そういえば名前はあるの?」
「標的のか?」
「そう。なんか災害指定とか、そんな感じで異常に強くなった生物は名前とかが浮かび上がってくるものだって聞いたことあるから」
「あぁ、確かにそう、だな?」
「ん、じゃあ何て名前なの?」
「『冒涜の霊廟、グギ』だったはずだ。所在と一緒に纏められた紙にはそう書いてあったはず...あぁそうだ、ここに」
「ん、ホントだ...よし憶えた」
「憶える必要はないぞ?」
「どうして?」
「どうせすぐに殺す事になるだけの敵だ。行動や戦い方などは知っておいても憶えるための労力が無駄、それをするくらいだったら楽しかったことや面白かったことの記憶でも思い返している方が遥かに有意義だぞ」
「……なるほど?」
「あぁ。実際俺は言われれば思い出せる程度にしか憶えていないし、木っ端の奴らに関してはそんな奴もいたな程度でそれ以上は憶えていないしな」
「ん、じゃあ憶えないでいっか」
「そうした方が楽に生きれるぞ」
何を殺した、何度殺したなんていうのを憶えてそいつらの命を背負うなんていうのは歴史に名を遺す聖人くらいでいいんだ。それだけ他の生命に対して慈悲深いというか自分以外の全部を尊べるぐらいの奴じゃないと憶えてられんし、憶え続けたところでその内どこかで潰れて崩れる羽目になるからな。
……少なくとも俺には無理だな、何処までいっても俺は俺の思うがために戦っているだけだからそこまで高尚な人間にはなれん。まぁなれたら今でも勇者のまま魔王軍幹部を相手に戦う道を進め続けていただろうからな。
「ん、それにしても物騒な名前」
「そうなのか?」
「ん。冒涜とか霊廟とかは置いといてグギっていうのは物騒な名前。お母さんから聞いた物語っていうか御伽噺?みたいなのに出て来る怪物の名前で、武器を使わなかった時代の獣人たちを絶滅寸前まで追い込んだっていう怪物」
「………ほう」
「それで死ぬ寸前にある獣人が落ちていた剣を手に立ち向かって、そしてその手に勝利の栄光と獣人の未来を掴み取ったっていう終わり方をしてた。だから今の時代の獣人は武器を使うし防具を使うんだってお母さんは言ってた」
「……なるほど。ちなみにその話はどうやって伝わって来たんだ?」
「お母さんが代々教えられてきたんだって。もう忘れられて長いから憶えているのはお母さんぐらいだって言ってた」
「…そうか」
……偶然だとは思えないな。そもそも何故世界を滅ぼすような存在に名前を付けている余裕があるし異名のようなものを付けている余裕がある? それに何故その事実に対して疑問を持つことなく受け入れていた? 一部の人間が呼び名として用意したにしてはそれがそれ固有の名前であるというのを平然と受け入れられる?
…………分からん、分からんが何かしらの影響を受けているのだろう。仕掛けているのは天使ではなく神の方だと考えて...痛っ。あぁ、ダメだ深く考えようとすると頭が痛くなってくる。少なくとも何かの影響を受けてそれが当然であるという認識にあって、その事実について深く考えようとすると頭が痛くなると...
取り敢えず、全部終わらせてからだな考えるのは。
無駄なことを考えてその結果失敗して死に掛けたなんて笑い話にもならん、だったら全部終わらせたその後に考えることにしよう。気になるし気に入らないが、推定神の仕業であるこれを払いのけられるだけの力なんてないからな。
「ふむ...その御伽噺だったか。それは憶えているのか?」
「ん、憶えてる。寝る時に何度もお願いして読んで貰ったから」
「そうか...参考になるかもしれん。教えてくれるか?」
「良いよ」
「じゃあ、頼むぞ」
「ん。確か始まりは...」
※※※※※※※※
それを理解しようとすることは、動き干渉する案件である。
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