第3話 覚醒

「隠してなんかいませんよ。ここまで荒らした貴方たちだって、気づいているんじゃないですか?」


「調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 ルートヴィッヒさんの態度が気に障ったのか、背の高い男が吠えながら腰にさしている剣を抜いた。


 小さく悲鳴を上げるレオ君。彼をかばう私と、いつの間にか長い杖を持って構えているルートヴィッヒさん。


 緊迫した空気が私たちを包む中、


「やっぱりこうなるか。ちと下がってな」


 と、少し楽しそうな声でゼインさんが私たちの前に出た。


 背の高い男がゼインさんに躍りかかった瞬間、彼が手にしている剣で男の剣を弾き飛ばした。


「な、に!?」


 男は、驚いた表情でゼインさんを見る。


「遅えよ」


 そうつぶやくと、ゼインさんは一気に剣を振り下ろした。


 その瞬間、私はレオ君に見せないように彼を抱きしめる。もちろん、視線はゼインさんと対峙する男に向けたままだ。男の悲鳴に惨状を想像する。けれど、想像していたこととは違い、男はほぼ無傷のまま倒れていた。


「え? どうして?」


 私は思わず、うわずった声でつぶやいていた。斬り捨てたとばかり思っていたからだ。


「剣の風圧で倒しただけだ。もしかしたら、気絶してるかもな」


 私のつぶやきに答えるように、ゼインさんがそう言った。言葉の端々から、もう一人の男を挑発しているようにも聞こえた。


「野郎……!」


 青髪の男は低くうなると、何かを床に投げつけた。それは、ゼインさんの足もとに落ちて弾ける。瞬間、真っ白い煙が立ち上り、瞬く間に周囲を包んでしまった。


「くそっ! 煙幕か!」


 ゼインさんが舌打ちをする。


 目の前が真っ白で何も見えない。ゼインさんとルートヴィッヒさんの気配はあるけれど、見えないことが不安で二人の安否が気になってしまう。レオ君は、さっきから私の腕の中で震えている。


 大丈夫だとレオ君に声をかけようとした時だった。何かが私にぶつかった。その勢いに負けてよろけると、腕の中にいたレオ君の感触が突然消えてしまった。


「うわあっ!?」


「レオ君!?」


 レオ君の悲鳴と私の声が重なる。それに気づいたらしいゼインさんとルートヴィッヒさんの慌てる声が聞こえた。二人が無事だったのはよかったけれど、レオ君の手を放してしまった。


「レオ君が――!」


 状況を説明しようと声を上げたところで、視界を染めていた真っ白い煙が次第に薄れていく。すると、それまで礼拝堂の奥にいた青髪の男が、私たちの背後――出入口付近にいた。それも、レオ君にナイフを突きつけている。


「てめえ!」


「レオ君!」


 ゼインさんと私が、ほぼ同時に声を上げる。


「お姉ちゃん!」


 助けてとレオ君が言おうとした矢先、


「黙ってろ!」


 と、男がレオ君を怒鳴りつけた。


「管理人さんよう、このガキを助けてほしかったら、ドラゴンの秘宝を渡しな」


 下品な笑みを浮かべながら、男はルートヴィッヒさんに迫る。


 私たちは、男をにらみつけながら歯噛みするしかない。下手に動くと、レオ君の身に危険が及ぶ、そう直感した。


「おい、聞いてんのか!? ドラゴンの秘宝を出せって言ってんだよ!」


 無言を貫くルートヴィッヒさんにイライラしたのか、男は声を荒げる。


「先ほども言いましたが、そのような代物はここにはないんですよ。すみませんが、諦めてその子を離してはもらえませんか?」


 口調こそ丁寧だけれど、ルートヴィッヒさんの態度はかたくなだった。


「そうかよ。じゃあ、しかたねえ。このガキには、ここで死んでもらうぜ!」


 言い放つと、男は手にしているナイフに力を込める。レオ君の首もとに突きつけられている刃がギラリと光った。


「やめろ!」


 ゼインさんが叫んだと同時に、私は心臓をぎゅっと掴まれたような感覚に陥った。


「――っ!?」


 胸が苦しくて息ができない。このままだとレオ君が殺されてしまう。それは嫌だと強く思った直後、心臓を掴まれていた感覚が消えた。


『目覚めよ。我が騎士よ』


 突然、荘厳な声が頭の中に響く。


 その声に驚いたのも束の間、全身がカアッと熱くなる。風邪をひいて高熱を出したような感覚だった。にもかかわわらず、いつもより体が軽くて。私は、腰に装備していた剣を抜くと、真正面から男に向かって駆け出していた。


「ティアさん!?」


「おい、待て!」


 ルートヴィッヒさんとゼインさんの慌てた声が聞こえる。でも、聞き入れている場合じゃない。


「く、来るな! こいつがどうなってもいいのか!?」


 どうやら、私の行動は男の想定外だったらしい。慌てふためいて、レオ君を盾にしようとしている。


 そんなことで怯んでなんかいられない。私は、男の左側から回り込んで彼の背後を取った。


 驚愕した男が息を呑む気配がした。それを合図に、私は振り上げた剣を思いっきり振り下ろした。斬った感触が手に伝わる。初めてのはずなのに、どこか懐かしいとさえ感じた。


 悲鳴を上げて倒れる男。その隙に、レオ君はゼインさんの手で助け出された。


「ティア、お前……」


 ゼインさんがそう言ったきり、言葉を失くしている。それはそうだ。戦い慣れていないように見えた小娘が、いきなり悪党を斬り倒してしまったのだから。


「よかった、レオ君が無事で」


 剣を鞘に納めてそう言うと、恐怖に染まっていたレオ君が大声で泣き出してしまった。緊張の糸が解けたのだろう。


「もう大丈夫ですよ」


 なだめているルートヴィッヒさんの声も、どことなくホッとしているような響きがある。


「おい、どういうことだよ?」


 眉間にしわを寄せたゼインさんに詰め寄られる。何が起きたのか、私にもよくわからないので説明がしにくい。


「えっと……とりあえず、この二人をどうにかしません?」


 私は、床に転がっている二人の男を指さしてそう提案する。このままにしておいたら、面倒くさいことになりそうだと思った。


 ゼインさんは二人の男を一瞥いちべつすると、何か縛れる物はないかとルートヴィッヒさんに声をかける。


 ルートヴィッヒさんは少し考える素振りを見せると、レオ君をゼインさんに託して礼拝堂の奥に行ってしまった。


 しばらくして、彼は細めの縄の束を持って戻って来た。


 ゼインさんはそれを受け取って、二人の男を後ろ手に縛ると、逃げ出さないようにドラゴンの像が建っていた土台に括りつけた。


「これで大丈夫だろ。ティア、さっきのはいったいどういうことなんだ?」


 改めてゼインさんに問いかけられる。


 私が言い淀んでいると泣きやんだレオ君が、


「あ! お姉ちゃんの右手に模様が描いてある!」


 と、言い出した。


 みんなの視線が、一斉に私の右手の甲に集まる。確かに、何かの翼のようなあざが浮き出ていた。ついさっきまで、こんなあざはなかったのに。


「それ……その紋様は! まさしくドラゴンの加護の証!」


 興奮したようにルートヴィッヒさんが声を上げる。


「ドラゴンの加護……?」


 何だそれと、ゼインさんが小首をかしげる。


 ドラゴンの加護はドラゴンの騎士に宿っている力で、この紋様がその証だとルートヴィッヒさんが告げた。ついでに、私がドラゴンの騎士の末裔で、封印されているドラゴンを守るために、これからルートヴィッヒさんと一緒にダーミットの街に向かう予定だとも。


「へえ? そりゃ面白そうだ。俺も一緒に連れて行ってくれよ」


 さっきの疑惑の視線はどこへやら、ゼインさんは少年みたいな笑顔でそう言った。


「お姉ちゃんたち、どっか行っちゃうの?」


 と、レオ君が聞いてくる。


「うん。お仕事で、遠くの街に行かなきゃいけないの。だから、しばらく遊べなくなっちゃうんだ」


「そっか……。行ってらっしゃい。帰って来たら、また遊ぼうね!」


 少し寂しそうな表情でレオ君はそう言って、家に帰って行った。


 レオ君を見送ると、ルートヴィッヒさんが今日のところはゆっくり休もうと提案した。


「こいつら、どうすんだよ?」


 ゼインさんのもっともな疑問に、ルートヴィッヒさんは仄暗い笑みを浮かべる。


 その笑顔が、なぜかとても怖かった。それ以上、追求しない方がいいような気がして、私はゼインさんを強引に引っ張って修道院内に入って行く。あの二人よりも、これからのことを考えるのが先決だろう。何しろ、ドラゴンを守りに行くのだ。封印されているとはいえ、その力を悪用しようと企んでいる悪い奴らが現れるかもしれない。


(それだけは、絶対に阻止しなきゃ!)


 ドラゴンの加護の影響なのか、私は一人、密かにそう心に誓った。

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ナイトオブドラゴン〜騎士の末裔の少女〜 倉谷みこと @mikoto794

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