第2話 頼れるお兄さんと無頼漢の襲撃

 ダーミットの街は、こことは比べ物にならないくらいの大きな街だ。かつてはこの国の首都だったようで、その名残として立派な城が建っている。今は立ち入り禁止になっているけれど、大昔はそこに王様が住んでいたらしい。


(でも、そんな所にドラゴンなんているのかな?)


 ふと、疑問が浮かんだ。一瞬、ルートヴィッヒさんに聞いてみようかとも思ったけれど、実際に行って確かめた方がいいような気がして聞くのをやめた。


 私は、ルートヴィッヒさんにならって受け取った物を確認する。丈夫そうな靴とシンプルなバッグだ。靴をいてみると、型でも取ったのかと思えるほどものすごくフィットする。何年も履いているような履き慣れた感覚さえあった。


「何これ!? ものすごく履きやすい!」


 思わずつぶやくと、ルートヴィッヒさんが微笑むのが気配でわかった。気恥ずかしくて、ちょっと上目遣いで彼をうかがい見る。


「それはよかったです。貴女の靴のサイズがわからなかったので、靴にちょっとした魔術をかけさせていただきました。ちょっとやそっとでは解けないものなので、ご安心ください」


 ルートヴィッヒさんのその言葉で、妙に納得してしまった。確かに、ここに来るまでの間、靴のサイズを聞かれることはなかった。にもかかわらず、奥の部屋から持ってきた靴は一足分だけ。最初は、ルートヴィッヒさんの物かと思ったけれど、バッグと一緒に渡されたから不思議だった。


 バッグの中を確認すると、いろいろ入っていた。地図、折りたたみ式のランタン、傷薬、小型ナイフなどなど。初めて見る物もあったので、全部を確認することは諦めた。


 ふと顔を上げると、窓から中庭が見えた。十人ほどの子どもたちが、楽しそうに遊んでいる。その中に一人だけ見覚えのない大人が混ざっていた。その人が誰なのかルートヴィッヒさんにたずねると、ゼインという名の元冒険者だと教えてくれた。修道院の一室を間借りする代わりに、ここの警護をしてくれているそうだ。


 少し眺めていると、子どもたちはゼインさんに懐いているようで、みんなとても楽しそうだった。ゼインさんも子どもたちとちゃんと向き合っているように見える。


 そんな私の視線を感じたのか、子どもたちのうちの一人がこちらにやって来た。窓を開けると、みんなの元気な声が聞こえてくる。


「ティアお姉ちゃん、遊ぼう!」


 見知った男の子――レオ君に声をかけられる。ご近所さんのお子さんだ。


「いいよ、ちょっと待っててね」


 レオ君にそう言った私は、ルートヴィッヒさんに断りを入れ、装備していた剣を机に置いて中庭に出た。すると、それまでゼインさんと遊んでいた子どもたちが一斉にこちらに駆けて来る。一瞬でアイドル状態だ。


「ははっ、一気に取られちまったな」


 そう言いながら、少し遅れてゼインさんがやって来た。


「初めまして、ティアって言います。えっと、ゼインさんですよね?」


 はしゃぐ子どもたちの声を縫うように私が自己紹介をすると、ゼインさんは面食らっていた。まあ、初対面で名乗っていないのに、相手が自分の名前を知っているのだから当然か。


「初めまして、丁寧にどうも。でも俺の名前……ああ、ルートヴィッヒに聞いたのか」


 少し考えるような素振りをしてから、ゼインさんは納得したようにつぶやいた。


 近くで見ると、ルートヴィッヒさんよりも背が高く、がっしりとした体格の男の人だ。優しそうな雰囲気も相まって、頼れるお兄さんという感じがする。


「ねえ、お姉ちゃん! 遊ぼうよ!」


 私たちのやり取りを見ていた子どもたちが、しびれを切らしたように声を上げる。


 私はゼインさんと顔を見合わせて苦笑すると、子どもたちと遊ぶことにした。


 * * *


 どのくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと、抜けるような青空は暖かそうなオレンジ色に染まっていた。


「皆さん、そろそろお帰りの時間ですよ」


 ルートヴィッヒさんの声が聞こえてくると、子どもたちはみんな素直に返事をして帰り支度を始めた。


「お、もうそんな時間か」


 と、つぶやくゼインさん。子どもたちと遊ぶことに夢中になっていて、時間の経過に気づいていなかったらしい。そう言う私も、ついさっき気がついたわけだけれど。


 帰る子どもたちに手を振って見送っていると、


「気をつけて帰れよ」


 と、私の隣でゼインさんが声をかけていた。


「ゼインさんって、子ども好きなんですね」


「ああ、まあな。子どもたち相手にしてると、こっちまで童心に帰れるからよ」


 たははっと、ゼインさんはどこか照れたように笑う。


 そう言えばと、ゼインさんに今更ながらに私がここにいる理由をたずねられた。どう説明すればいいのかわからず、とりあえずドラゴンを守るためにルートヴィッヒさんに連れて来られたことだけ告げた。


「ふーん。ドラゴンを守る、ねえ?」


 含みのある言い方をしながら、ゼインさんは私を値踏みするように見る。


 私がムッとしていると、


「いや、悪い。どう見ても戦い慣れてねえように見えてな」


 本当に悪かったと、ゼインさんが謝る。からかわれるかと思ったけれど、そうではなかったらしい。


「二人とも中へどうぞ。……って、どうかしたんですか?」


 私たちの雰囲気を感じ取ったのか、窓から顔を出したルートヴィッヒさんが首をかしげる。


「ああ、ちょっとな」


 と、ゼインさんはそれだけ言って建物内に入って行く。


 隠す必要もないけれど、説明するのも違う気がして、何も言わないままゼインさんの後について行く。その時だった。


「た、大変だ!」


 と、帰ったはずのレオ君が大慌てで走って来た。


「レオ君!? どうしたの?」


「あっちで、男の人が暴れてる!」


 私が事情を聞くと、レオ君は息を切らせてそう言った。礼拝堂がある方向を指さしている。


「行くぞ!」


 レオ君のただならぬ様子に、ゼインさんは鋭く言って駆け出した。いつの間にか幅広の剣を持っている。レオ君も彼の後に続いた。止める間もなかった。


「ティアさん、私たちも行きましょう!」


 ルートヴィッヒさんの言葉にうなずいて、私も剣を装備して彼らを追いかけた。


 礼拝堂は修道院の建物内にあるけれど、外からも出入りできるようになっている。一般の人がお参りできるように、出入口が取りつけられているらしい。ここに遊びに来る子どもたちは、いつもその出入口から礼拝堂に入ってお参りをしてから帰るのだそうだ。そんな平和な場所で騒ぎを起こすなんて、許せるはずもない。騒いでいる人には、早々に立ち去ってもらおう。


 私たちが礼拝堂に到着すると、堂内を荒らしていたらしい二人の男が振り向いた。二人とも下はカーゴパンツ、上は素肌にちょっとした胸当てをつけているという、いかにもな格好だった。


「あ? 何だ、てめえら?」


 二人のうち背の高い方が、いぶかしげに言った。


「何だとは、ずいぶんなごあいさつですね。私はここを管理している者ですが、貴方たちこそ何者ですか?」


 ルートヴィッヒさんがたずねる。けれど、男たちはそれには答えず、にやにやと嫌な笑みを浮かべた。


「へえ、あんたが管理人かい。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 と、もう一人の青髪が特徴的な男が言う。


「聞きたいこと、ですか。これだけ荒らしておいて、よくもまあそんなことを」


 と、ルートヴィッヒさんが冷たい声音で返す。


 礼拝堂内は、長椅子がひっくり返されていたり、四方に建っているドラゴンの像が壊されていたり、ひどい有様だった。これで怒らない方がおかしいだろう。


「そりゃ悪かったな。放棄された場所だと思っちまってよ」


 背の高い男が悪びれることなく、そんなことを口にした。


 絶対にうそだ。放棄された修道院に、家探ししてまで手に入れたい宝物があるとは思えなかった。


「管理人さんよ、ここにドラゴンの秘宝って奴はあるかい?」


 ルートヴィッヒさんが口を開く前に、青髪の男がそうたずねた。


(ドラゴンの秘宝?)


 初めて聞いた単語に、内心で小首をかしげる。


「そんなもの、ここにはありませんよ」


 ルートヴィッヒさんが突っぱねる。


「隠すなよ。ここ、ドラゴン崇拝してんだろ? 秘宝の一つや二つはあるんじゃねえの?」


 冗談言うなとばかりに、青髪の男が笑い飛ばす。


 対するルートヴィッヒさんは、冷たい雰囲気を保ったままだ。

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