ナイトオブドラゴン〜騎士の末裔の少女〜
倉谷みこと
第1話 私がドラゴンの騎士!?
「ティアさん。貴女に、ドラゴンの加護が宿っています。ドラゴンを守るために、私とともに来ていただけませんか?」
白いローブを着た男の人は、開口一番そう言った。家の近所にある修道院に勤めているルートヴィッヒさんだ。
「はあ!?」
応対した私は、驚きすぎて言葉を失った。だって、家に来たと思ったら、いきなりそんなことを言われるんだもの。
「いったい、何の話ですか?」
「貴女の家系に関する話です」
ルートヴィッヒさんは、至って真面目そうな顔で答える。
「家系って……先祖がドラゴンの騎士だったっていうのは聞いてますけど」
だからって、ドラゴンの加護が宿ってるなんて言われても、信じられるわけがない。そもそも、それが何なのかよく知らないのだ。
「どうしたの? ティア。お客さん?」
後ろからのんきそうな声が聞こえたので振り返る。お母さんだった。さっきのルートヴィッヒさんの言葉を伝えると、お母さんは驚いた顔をした。けれど、それも一瞬のことで、どこか諦めたように微笑んだ。
「そう。少し待ってて」
そう言って、お母さんは家の中に行ってしまった。
「え、何? どういうこと?」
話の内容がまったくわからなくて、思わずつぶやいた。
「ドラゴンを使って悪いことをしようとしている奴がいるってことです」
と、ルートヴィッヒさんが軽く説明してくれた。
「でも、ドラゴンって封印されてるんじゃ……?」
疑問を口にすると、ルートヴィッヒさんがうなずく。どうやら、その封印を解く方法があるらしい。
その方法を聞く前に、お母さんが戻って来た。その手には、布に包まれている長細い何かが握られている。
「何それ?」
純粋な疑問が口をつく。今年で十七歳になるけれど、今まで一度も見たことがない。
「家宝の剣よ。先祖代々、大切にしてきた物なの。ティアに見せるのは、これが初めてだったかしら?」
お母さんが手もとの布を取り外すと、光沢のある白いきれいな鞘に収められた剣が姿を現した。金色の
「きれい……」
思わずつぶやくと、お母さんが微笑んだ気配がした。
「これ、ティアに預けるわ」
お母さんのその一言に、一気に現実に引き戻される。
「え? でも、家宝なんでしょ?」
そんな大切な物を私に預けようだなんて、自分で言うのも何だけれどどうかしているとしか思えない。だって、もしかしたら傷つけてしまうかもしれないし、最悪の場合、折ってしまう可能性だってあるのだ。学校で教わった以上に丁重に扱わなければいけない代物を預かるなんて、できることなら拒否したい。
「家宝だからこそよ。本当は、貴女が結婚する時に渡そうかと思ってたんだけどね」
そうもいかなくなったわ、なんて言って微笑むお母さん。嫁入り道具として渡そうと考えるのもどうかと思う。まあ、口には出さないでおくけれど。
「この剣と一緒に言い伝えられてることがあるの。『ドラゴンの使者が現れたら、この剣でドラゴンを守れ』というものよ」
私が何も言わないでいると、お母さんは真剣な表情でそう言った。
「ドラゴンの使者って?」
「おそらく、私のことでしょうね」
私の疑問に、それまで黙っていたルートヴィッヒさんが答えた。たしかに、ドラゴンを崇める宗教の宣教師だから、それっぽくはある。
「信じてはもらえないかもしれませんが、夢のお告げがあったんです。ドラゴンに危機が迫ってるって。それに、最近は街の治安も悪くなってきていますからね」
ドラゴンの力を悪用されないためには必要なことですと、ルートヴィッヒさん。
夢のお告げとやらの信憑性は別として、泥棒やら暴漢やらが増えてきているのは確かだ。私の友達も、最近襲われそうになったと話していたっけ。その話を聞いた時、怒りが湧いたのを覚えている。
「最近、確かに物騒ですけど、他の兵士さんたちに任せることはできないんですか?」
だめもとで聞いてみる。もし、現役の兵士さんで事足りるなら、私が出張る必要はないわけで。けれど、そんな私の淡い期待を裏切るように、ルートヴィッヒさんは首を横に振った。
「ドラゴンを守れるのは、ドラゴンの騎士だけなんです。加護の存在ももちろんありますが、万が一、ドラゴンが暴れた時に止められるのが騎士だけらしいんです」
と、彼は平然と言った。
「暴れるドラゴンを止めるって……そんなの危なすぎるじゃないですか!」
「だから、ドラゴンの加護があるんでしょ」
抗議する私に、お母さんがそうつぶやいて呆れている。そう言われても、ドラゴンの加護がどういうものなのかわからない。いい加減、教えてほしいくらいだ。
「もう、つべこべ言わず行ってらっしゃい!」
お母さんはそう言って、剣を半ば強引に私に握らせる。ずしりとした重さを感じたが、それはすぐに手に馴染んだ。
「ちょっ……! お母さん!」
抗議する私を無視して、お母さんは私とルートヴィッヒさんを玄関から押し出すと、すぐに扉を閉めてしまった。
文句の一つも言いたいけれど、きっと取り合ってはくれないだろう。
私が諦めたようにため息をつくと、
「追い出されてしまいましたね」
と、ルートヴィッヒさんが苦笑する。
「すみません、お恥ずかしいところを見せてしまって」
申し訳なくなって謝罪する私に、ルートヴィッヒさんは気にしなくていいと言ってくれた。
このままここにいてもしかたがないので、私はルートヴィッヒさんと一緒に行くことにした。何やら準備があるらしく、とりあえず彼の職場に向かう。
私の家から徒歩十分のところにある修道院。そこがルートヴィッヒさんの職場だ。落ち着いた青色の建物が目を引く。その中には、小さいながらも本格的な礼拝堂もある。私は数回しか入ったことがないけれど、礼拝堂内はいつも清浄な雰囲気に包まれていた記憶がある。
植物のつるが絡まる門柱の上には、ドラゴンの像が門番のように鎮座している。幼い頃は、この像が少し怖かった。けれど今は、怖いというより頼もしく感じる。ドラゴンの加護が宿っていると言われたからかな?
そんなことを考えながらそれを見上げていると、
「ティアさん? どうかされましたか?」
と、先を行くルートヴィッヒさんに声をかけられた。
「あ、ごめんなさい。何でもないです」
と、慌ててルートヴィッヒさんに駆け寄る。小さな修道院とはいえ、慣れない場所だ。一度はぐれてしまったら、迷ってしまうかもしれない。さすがにそれは避けたかった。
建物内にもところどころにドラゴンの像があり、この修道院の信仰対象がドラゴンなのだと改めて思わされる。しばらく歩いて行くと、修道院内の一室に案内された。
「少し待っていてください」
そう言うと、ルートヴィッヒさんは部屋の奥に消えていく。
一人になると、急に室内が静かになったように感じた。どこか落ち着かなくて、室内を見回してみる。清潔な白い壁に囲まれたここには、木製のこぢんまりとした机と椅子があるだけだった。
(何の部屋なんだろう?)
他に物がないので、休憩室のようなものなのかもしれない。
「すみません、お待たせしました」
と、奥の部屋から大きな麻袋を持ってルートヴィッヒさんが戻って来た。
「何ですか? その荷物」
大きな麻袋の中に何が入っているのか気になり、たずねてみる。
「旅に必要な道具ですよ」
ルートヴィッヒさんは、それを机の上に置きながら言った。
その中から取り出したのは、一足の靴と二個のシンプルなデザインのバッグだった。
「こちらがティアさん用です。バッグには、地図と折りたたみ式のランタン、傷薬などが入っています」
後で確認してくださいと言われて受け取ったものの、ちょっとしたお出かけの準備と何も変わらないような気がする。
「どうしました?」
自分用のバッグの中身を確認していたルートヴィッヒさんに声をかけられた。バッグを受け取ったまま、動こうとしない私を不思議に思ったようだ。
「あ、いえ、なんか旅支度っていうよりちょっとしたお出かけって感じがするなあと思って」
正直な感想を言うと、ルートヴィッヒさんはふふっと笑って、
「確かにそうかもしれませんね。これから、ダーミットの街へ向かいますから」
と、目的地を教えてくれた。
次の更新予定
ナイトオブドラゴン〜騎士の末裔の少女〜 倉谷みこと @mikoto794
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