断章――Ⅰ②

 不味まずい事態になっている。意識をかくせいさせた瞬間、リオは確信した。

 場所は脱衣場。寝かされているのは恐らく床。しかしすぐ傍で、ぱさりぱさりと衣服を脱ぎ落とす音が聞こえる。

 一瞬、腰元と羽の付け根が見えてしまった。間違いない、アエローだ。

 リオは即座に、脳内に刷り込んだ精霊たちの知識を引っ張り出す。彼女らにとって、羽の付け根は性的な場所ではなかっただろうか。


「ア、アエローさん……?」

「おお、起きたかリオ。準備しろよ。くらいは入れるだろ」


 彼女が下半身を脱ぎだした辺りで、リオは寝転がるのを止めた。

 立ち上がり、アエローに背を向けながらだらだらと汗を垂らす。

 リオが男と知っているのは、ディアやエミーといったごく一部の精霊たち。アエローが勘違いをして連れて来てしまうのも致し方ない事。気を失った自分が一番悪い。

 では、どうするべきか。リオは深く呼吸をしながら、ここからいち早く脱する術を探す。


「アエローさん、僕、ちょっと忘れ物が」

「後で良いだろ、早く入ろうぜ」


 駄目だ。肩に手をかけてきた。確実に後ろに全裸のアエローがいる。

 幾ら精霊界では男女観が逆転しているとはいえ、リオの意識はそうではない。女装している立場をもって、アエローの裸体を観察してしまうのには罪悪感がある。

 それに、だ。万が一、この場でリオが男であるとアエローにバレればどうなるか。

 殺されるか、襲われるかの二択だ。最悪だった。

 人間の男というだけで、だんしよう扱いされるような文化圏だ。アエローの理性に期待するのは間違っている。

 けれど、とリオはぴくりと指を跳ねさせる。アエローとはもう付き合いも十分長い。もしかすれば、もしかするならば。リオが男という事実を、受け入れてくれるのではないだろうか。その上で、これからも同じような扱いをしてくれるのでは。

 深い呼吸を一つ。アエローの肌は見ないようにしながら、リオが口を開く。


「その、実はですね――」

「それにしても、お前、男みたいにきやしやだな。その内、他の連中に襲われるんじゃねぇのか」


 アエローの両手がリオの腰をつかみ込む。よし、駄目だ。もしこのまま押さえ込まれれば勝てない。

 どうするのが最善か。帽子を脱衣籠かごにいれ、可能な限り時間をかけて衣服を脱いでいく。アエローが先に湯舟に入ってくれれば、逃げ出す事も出来るが。


「まだかよ。寒いだろうが、早くしろ」


 待ってる。というかこっちをまじまじと見ている気もする。

 何故だ。男と見抜かれているのか。上着に手をかける。肌着が露わになり、そろそろアエローがげんそうに視線をゆがめた頃合いだった。

 湯舟から、一つの影が脱衣所へと入り込んでくる。きめ細かな肌に、輝かしい銀髪。エルフらしいすらりとしたフォルム。


「――あれ、何でこの時間にリオが入って来てるの?」


 ディアが小首を傾げながら、そこにいた。


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続きは11月29日発売の『女装の麗人は、かく生きたり』をお楽しみに!

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女装の麗人は、かく生きたり ショーン田中/角川スニーカー文庫 @sneaker

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