第28話 朝の侵入者
シルムは大きく伸びをするとカーテンを開けた。
「まだ早い時間だけど、心地よい朝だね」
柔らかく差し込む朝日。遠くの森には霧がかかり、しんと冷えた青い空気が身を引き締める。
レゼフィーヌとシルムが朝の冷たい空気を吸い込んでいると、不意に部屋のドアがノックされる音がした。
コンコンコン。
重く固い音が部屋に響き、レゼフィーヌは思わず身を引き締めた。
「こんな時間に誰だろう」
もしかしてシルムが落ちる音がうるさすぎて苦情でもきたのだろうか。
レゼフィーヌは疑問に思いつつも何の気なしにドアを開けた。
「はい?」
だがそこに立っていたのはレゼフィーヌの想像だにしなかった人物だった。
立っていたのは、赤い髪に日焼けした肌の長身の青年――。
「ユジ!?」
どうしてユジがこんなところへ来たのだろう。
まさか二人を追ってガヒの村からわざわざ来たとでも言うのだろうか。
「ユジ、どうしてここに――」
戸惑うレゼフィーヌの首に、勢いよくユジの手がかかった。
ギリギリギリ。
レゼの首を人間とは思えぬ力で締め付けるレゼ。
「コロシテ……ヤル」
ユジの口が機械的に動く。
レゼフィーヌはとっさに首に防御魔法をかけたが、ユジは無表情にレゼフィーヌの首を締め続ける。
「ユジ……どうして!?」
レゼフィーヌが必死にユジの顔を見ると、目が不自然に紅く光っている。
まさかユジは誰かに操られているのだろうか。
「レゼ!」
シルムがユジに体当たりをする。
ユジは勢いよくドアの外に吹き飛んだ。
「レゼ、大丈夫⁉」
シルムは必死でレゼを助け起こした。
「え、ええ……とっさに魔法で防御したから私は大丈夫。それよりも――」
せき込みながらもレゼフィーヌはユジのほうを見た。
シルムがうなずく。
「あの男、昨日食堂で会った人だよね。いったいどうして」
「分からないわ」
ユジはすぐに立ち上がり、ポケットからナイフを取り出し、ゆらゆらとこちらへ向かってきた。
「……シテヤル……殺シテヤル……」
レゼフィーヌは改めてユジの顔を見た。
明らかに様子がおかしい。やはりユジは誰かに操られてるに違いない。
「レゼに近寄るな」
シルムがベッド横に置いていた剣に手をかける。
「待って、ユジは誰かに操られているわ。殺さないで」
「分かった。こいつは君の友人なようだからね」
シルムは剣を置くと、襲い掛かってきたユジのナイフを避けると、そのまま腕を持って床に投げ、そのままギリギリとユジの腕と足を締め付けた。
カランと床にナイフが転がる。
「とりあえず動きは止めた。これからどうすればいい?」
「ありがとう。魔法で術が解けないかやってみるわ」
レゼフィーヌはユジの目の前に座った。
目はうつろで『殺してやる』と延々と呟いている。
これはどう見ても誰かに操られている。
レゼフィーヌはユジの額に手を置いた。
見る見るうちに、額に赤い魔法陣が浮かび上がってくる。
「これは……初歩的な操人の魔法ね」
レゼフィーヌはうなずいた。
少しでも魔法をかじったことのある人ならすぐにかけられる程度の魔法だ。
解除も今のレゼフィーヌならば簡単だけど、魔法に耐性のない一般人にとってはひとたまりもないだろう。
「――解除」
小さく唱えると、ユジの額に浮かんでいた魔法陣が消え、赤い目も元の色に戻った。
「あれ? レゼ……俺はどうしてこんなところに?」
ユジがキョロキョロと辺りを見回す。
「ユジ、あなた操られていたのよ」
レゼフィーヌはことの経緯を説明した。
「そっか。俺、誰かに操られて二人を襲ったのか。本当にすまねぇ」
ユジは顔を真っ赤にして頭を下げた。
「いいのよ。怪我もしなかったし、それに悪いのはユジに魔法をかけた人だもの」
「でも、いったい誰が僕たちを襲わせようとしたんだろう」
シルムが首をひねる。
「ユジ、あなたに魔法をかけた人物の顔は見た? どんな人だった?」
レゼフィーヌは尋ねたが、ユジは首を横に振った。
「いや、それが、レストランを出たところで黒いローブの魔女に会ったところまでは覚えているんだが、フードを深くかぶっていたから顔までは見てないし、そこから先の記憶はなくて」
「そう……」
黒いローブの魔女。
心当たりは全くなかった。いったい誰なのだろう。
レゼフィーヌが考えこんでいると、ユジがハッと顔を上げた。
「……というか、よく考えたらこの部屋、ベッドが一つじゃねえか。てめえ、レゼに変なことしなかっただろうな!」
ユジがシルムに食ってかかる。
「変なことはしてないよ」
シルムの答えに、ユジはほっと息を吐く。
「そ、そうか」
だけどシルムは意味深に笑うとこう続けた。
「ただ一緒に寝ただけだよ。レゼの体ってすごく柔らかくて抱き心地がいいし、良い匂いがするんだ」
「て、てめえ!」
ユジがシルムに殴りかかろうとするのを、レゼフィーヌは必死で止めた。
「違うわよ、誤解よ誤解。もう、シルムも変なこと言わないでよ!」
「ははは、ごめんごめん。だって彼、からかうと面白いからさ。昨日は疲れてすぐに寝ちゃったから本当に何も覚えてないよ。」
おかしそうに笑い続けるシルム。
「もう、シルムったら。やめてよね、本当に!」
レゼフィーヌが顔を真っ赤にして必死にシルムの背中を叩く。
その顔を見て、ユジは下を向いた。
「そいつにはするんだな、そういう顔」
「え?」
ユジがいつも見てきたのは、「いばら姫」の二つ名の通り、姫のようにすました上品で美しいレゼフィーヌの顔だった。
だがシルムと一緒にいる時のレゼフィーヌは、まるで普通の恋する少女の様に無邪気で、二人がとてもお似合いに見えて――ユジはひどく敗北感を覚えた。
ユジは床に落ちていたナイフを拾い上げると、手を上げた。
「じゃあ、俺はこれで帰るわ。迷惑かけてごめんな」
ユジは涙をこらえ、その場から走り去った。
次の更新予定
呪いの魔女と追放された侯爵令嬢は、なぜか王太子殿下に溺愛されています~追放の森のいばら姫~ 深水えいな @einatu
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