第27話 二人の朝

「僕は床で寝るよ。ここに布団を敷けばいい」


 シルムが床にゆっくりと手をつき座る。


「えっ、ちょっと待ってよ」


 レゼフィーヌは焦る。


 さすがに一国の王太子を床に寝せるのはまずいのではないか。


「不敬罪」という言葉が頭をよぎる。 

 

 レゼフィーヌは慌ててベッドを指さした。


「それなら二人でベッドに寝ればいいわ。ほら、こんなに広いんだし、端と端に寝れば気にならないわよ」


「本当に?」


 シルムの視線が動揺で揺らめく。


「ええ、本気で言ってるわ」


 レゼフィーヌは胸を張った。


 確かに一つのベッドで寝るのは戸惑うけれど、紳士なシルムが襲ってくるだなんて思えないし、もし何かあっても自分は魔法で応戦できるという自信もあった。


「まあ、レゼがそう言うのであれば」


 シルムは諦めたようにベッドの端に腰かけた。


「じゃあ僕はこっち側にするね」


「じゃあ私はここね」


 二人は町で買ったパンを軽く食べると、さっそくベッドに入ることにした。


「ふああ、山道も歩いたし、疲れたから眠いわね」


 レゼフィーヌが布団をめくりベッドにもぐりこもうとすると、シルムが頭を抱えだす。


「……ちょっと待って、レゼ。君はその格好で眠るのかい?」


「ええ、そうだけど?」


 レゼフィーヌは自分の格好を見た。


 王都までは一日もかからずに着くと思っていたし、服ならお城にたくさんあるからと、レゼフィーヌはパジャマや替えの服を持ってきていなかった。


 寝るための服が無い。かと言って今日着た服で寝ると皺になってしまい明日着れないので、レゼフィーヌは下に着ていたペチコートで眠ることにしたのだ。


 シルムは頭を抱えた。


「だからって、なにもそんな下着みたいな恰好で眠らなくても」


「だって替えの服が無いんだもの。荷物が増えると大変だと思って持ってこなかったから」

 

「それにしても、その格好は――」


 シルムは少しの間考えた後、自分の荷物から白いシャツを取り出した。


「それじゃあこれを着るといい」


 レゼフィーヌは素直にシルムのシャツを受け取った。


「ありがと」


 お言葉に甘えて着てみると、ちょうど膝丈くらいでワンピースみたいになった。


 ――シルムって大きいのね。


 子供のころは自分とそう変わらない背丈だっただけに、レゼフィーヌは驚く。


 そういえば、いつの間にか腕もたくましく、背中も肩幅も大きくなった気がする。


 男の人って、そういうものなのだろうか。


 レゼフィーヌはなんとなくそわそわと落ち着かない気分になった。


「どうしたの、レゼ」


「ねえ、これ変じゃない?」


 レゼフィーヌがくるりと回ると、シルムは少し頬を赤らめて言った。


「いや、可愛いよ」


「ふーん……」


 本当だろうかと疑問に思いつつも、レゼフィーヌはとりあえずお布団にもぐりこんだ。


 安い宿屋のわりに、布団は柔らかく質が良い。


 今日はずっと歩き詰めだった。疲れもあってか、レゼフィーヌのまぶたが見る見るうちに落ちてくる。


 瞬く間に、レゼフィーヌは深い眠りの底へと落ちていった。


 

 ――チュン、チュン。


 小鳥の鳴き声でレゼフィーヌは目を覚ました。見慣れない天井だ。


 ぼうっと白い天井を見ているうちにだんだんと意識がはっきりしてくる。


 そういえば王都に向かう途中で魔物に襲われて、隣町で宿を取ることになったんだっけ。


 でもそれにしてもなんだか狭いベッドね。身動きもろくに取れないし。


 と、レゼフィーヌはそこであることに気付いた。


 レゼフィーヌのお腹に回っているこの手。背中に感じるこのぬくもりは……。


 シルム⁉


 レゼフィーヌは目を大きく見開いた。


 横向きで寝ていたレゼフィーヌを、抱き枕よろしく抱きしめて寝ているのは紛れもないシルムだ。


 ちょ、ちょっと、何でシルムに抱きしめられて寝てるのよ!


 レゼフィーヌは慌ててシルムをゆり起こそうとした。


「ちょ、ちょっとシルム、起きてよ」


「……ぐーーー」


 レゼフィーヌが必死でシルムを起こそうとするも、安らかな寝息を立てて眠っているシルムは一向に起きる気配がない。


「ええい、起きなさいよ!」


 レゼフィーヌは思い切りシルムをベッドから蹴落としてやった。


 ドテッ!


 大きな音がして、シルムはベッドから落っこちた。


「……いたたたた。あれ? どうして僕は床に寝てるんだ?」


 ベッドから落ちる時に打った腰をさすりながらシルムはキョロキョロと辺りを見回す。


「さ、さあ。シルムったら寝相が悪いんじゃないの? オホホホホ……」


 レエフィーヌは笑ってごまかすことにした。


 まさか一国の王太子をベッドから蹴落としただなんて言えるはずない。


 シルムはぼんやりとした顔でベッドを見た。


「うーん、そうかもしれないね。僕、ベッドの真ん中に寝てたのに気が付いたら端にいることがよくあるから」


 まさか、それで朝起きたら自分の横にいたのだろうか。


「昨日の夜のことは覚えてないの?」


 レゼフィーヌが恐る恐る尋ねると、シルムはうーんと上を向いて考えだした。


「昨日は疲れてすぐに眠っちゃったからなあ。本当にぐっすり寝て……夢まで見たよ。昔買ってた犬の夢」


「犬? シルム、犬なんて飼ってたの?」


「うん。大きくて毛の長い犬でね。ポコって名前だったんだけど、毎日抱きついて寝てたんだよ」


 うっとりとした顔で両手を広げ、犬の大きさを再現するシルム。


「そ、そう」


 レゼフィーヌは苦笑いをして視線をそらした。


 まさか、その夢のせいで自分に抱きついてたのだろうか。自分は犬の代わり?


 ……まさかね。


 レゼフィーヌは大きなため息をついた。

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