第26話 黒いローブの女
「くっそー、何なんだよあいつ。ポッと出てきてレゼの婚約者だなんて……」
レストランから出たユジは、ミカルおばさんと別れるとブツブツ言いながら路端の石を蹴った。
ユジは、レゼフィーヌがこの村に来た七年前からずっと彼女のことが好きだった。
恐らく一目惚れだったのだと思う。
歩くたびにきらめく豊かな金髪。海のように深く神秘的な蒼の瞳に見つめられるだけで胸がときめいた。
いつだって困ったことがないか気を配り、妹のように面倒を見てきた。
今までユジがレゼフィーヌにアプローチをしてこなかったのは、レゼフィーヌが良き友人として扱ってくれる信頼関係を壊したくなかったからだ。
それに村には他にもレゼフィーヌを狙う男性がたくさんいて、互いにけん制し合っていたので抜け駆けは許されない雰囲気だった。
それを王都から来たどこの馬の骨とも分からないあの男が、横からかっ攫っていくだなんて。
――あの男、いかにも貴族のお坊ちゃまって感じだったな。
ユジはシルムの身に着けている高級そうな衣服や品の良い物腰を思い出した。
衣服だけじゃない。背も高く、肌や髪も艶が良く、まるで女性のように整った顔立ちだった。
――アイツと結婚したほうが、レゼは幸せになれるのかな。
「ああ、くっそー!」
ユジがぐしゃぐしゃと頭をかきむしっていると、道の先に黒いローブの人物が現れた。
「あなた、レゼフィーヌがほしいの?」
クスクス笑うローブの女。
フードを目深にかぶっているため顔は見えないが、声で女性だと分かった。
「あぁ? 何だてめぇ」
不気味な奴だ、とユジはローブの女を無視しようとした。
だけど次の瞬間、黒いローブの女はユジの目の前に移動した。
ゾクリ。ユジの背中が冷える。
「て、てめぇ」
「大丈夫よ、あなたが頑張れば、レゼフィーヌを自分のものにできるわ。私に力を貸してちょうだい」
甘ったるい女の声がユジの脳内に響く。
レゼを自分のものに?
ユジの心が揺らぐ。その隙間に付け入るように、女はユジの額に手を置いた。
「てめえ、何を――」
ユジは自分の体が動かなくなるのを感じた。背中に嫌な汗が噴き出す。
女はユジの額に手を置いたまま、何かの呪文を唱えた。
……こいつ、魔女か。
声を上げようとしたけれど、ユジの口は全く動かない。
「ふふ、良い子ね」
魔女が笑い、ユジの額に紫色の不気味な魔法陣が浮き出す。
瞬間、ユジの視界が真っ暗になった。
最後にユジが聞いたのは、クスクスという不気味な笑い声だけだった。
***
「確か山を越えた隣町に馬車を借りられる場所があったわ。そこまで歩いていきましょう」
隣町まで歩いていくことにしたシルムとレゼフィーヌは二人で峠を越えていた。
森の中を歩くのには慣れているものの、山一つ越えるとなるとやはり相応に時間がかかる。
隣町に着くころにはもうすっかり日が暮れてしまっていた。
「今日はここで宿を取らない?」
シルムが提案する。
「そうね。もう暗いし、明日の朝に馬車で出発しましょ」
レゼフィーヌたちは二人で停まる宿を探すこととなった。
夕暮れの町を二人で歩く。
貸馬車屋があるとはいえ、ガヒの村とそんなに変わらないくらいの田舎町。民家を改築した古い宿が一軒あるだけだった。
「あの、部屋は空いていますか?」
シルムが尋ねると、受付にいた中年のふくよかな女性がにこやかな笑顔になた。
「まあ、あなたたち美男美女ね。素敵なご夫婦!」
ふ……夫婦⁉
レゼフィーヌが固まっていると、シルムが照れたように頭をかいた。
「そんな、照れるなあ。ありがとうございます」
ちょっと、何を否定しないで照れてんのよ!
レゼフィーヌはそう思ったけれど、よく考えたら夫婦でもない若い男女が宿を取るなんていかにも訳ありだ。
怪しまれそうだからここは夫婦ということにしておいたほうがいいかもしれない。
「あ、ありがとうございます……オホホホ」
とりあえずレゼフィーヌも話を合わせて愛想笑いしておくことにした。
「それで、こんな田舎までお二人はどうして? 身なりからしてかなり良いご身分でしょうに」
探るように好奇心旺盛な目でレゼフィーヌとシルムを見てくる宿屋のおばさん。
「この辺りに住んでる親戚を訪ねてきたんです」
シルムが平然とした顔で答える。
レゼフィーヌも横でコクコクとうなずいておいた。
「そうですか。待っててくださいね、ちょうど一部屋空いてますから!」
「ありがとうございます」
無事に宿が取れ、レゼフィーヌがほっとしていると、宿屋のおばさんから鍵を受け取ったシルムが恐る恐る聞いてくる。
「……あの、大丈夫?」
「何が?」
レゼフィーヌが首を傾げる。
「いや、僕と同じ部屋でレゼは大丈夫なのかなって」
「だって一部屋しか空いてないものはしょうがないわ」
「そ、そう。ならいいけど」
気まずそうに視線を逸らすシルム。
変なの。
レゼフィーヌは不思議に思う。
シルムったら妙にもじもじしちゃって、どうしたというのだろう。
「さあどうぞ、空き部屋はこちらです」
宿のおばさんに案内され、二人で泊まる部屋へと向かう。
一部屋しか空いてなかったけれど、町で唯一の宿屋だし、ここが空いていなければ野宿だったと思うと幸運だったとレゼフィーヌは思う。
おばさんがガチャガチャと鍵を回す。
しばらくして木のドアが低い音を立てて開き、部屋の中の様子が見えた。
「この部屋は壁もドアも厚くて隣に声も聞こえにくいし、ベッドも丈夫だから安心して夜を過ごしてちょうだい。頑張るのよ」
意味深な笑みを浮かべ、シルムの背中をバンバン叩くおばさん。
「はあ?」
頑張るって、何を頑張るのだろう。
首を傾げたレゼフィーヌだったけれど、部屋の中に入ってみてその意味が分かった。
部屋の中には、人が二人――いや三人寝転がれそうな大きなベッドが一つだけしかなかったのだ。
「えっ」
動揺したレゼフィーヌは部屋の中を見回すも、他に寝られるようなところもない。
――どうしよう⁉
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