町立学舎裁判所

烏城 彰

第1話

 この世にはイジメというものが存在している。

 それはあらゆるコミュニティで姿、形を変えて行われている。

 時にはイジリとしてその場の雰囲気がよくなったり、ウケたりもするが、それによって傷ついている人間がいるということを決して忘れてはならない。

 

 ~ イジメと廻る噂 ~

 

 僕の通う重鳩かさはと小学校で、イジメが起きているという話を、幼馴染の稲架川はせがわ優希ゆうきから聞いた。

 まぁこういった話題性の高い話と言うのはコミュニティの大小関係なく広まりやすい傾向にある。

阿瀬あぜ君だっけねぇ、可哀そうにね……」「うちの孫も標的にされちゃ敵わん、丸井まるいんとことはちょっと距離とらないかんよ」

 噂というのは出来事を中心に広がっていく。今回は学校に通う子供から親へ、親から年寄りへ、年寄りから町内へと時間をかけて広まっていく。

 そしてここから町内の権力者へ情報が行くと町の外へ情報が渡り最終的には多くの人間が重鳩小学校でイジメが起きたことを知ることになる。

 今回ばかりは、情報が早めに町の権力者である稲架川家にまわったせいで既にイジメについて知っている人間が多くなっている。恐らく町外に情報が渡るのも時間の問題であろう。

健人たけと、おはよ」

 僕の背を追うように近づいてきたのは幼馴染の優希ゆうきだ。

 稲架川家の跡取りで、未来の権力者。今は子供ということで誰も贔屓しちゃいないが、高校生くらいに成れば誰もが頭を下げる人間になる……はずだ。

「あぁ、おはよ。噂だいぶ広まってるね」

「なーんかまるで俺が広めたみたいな——まぁ間違いではないか」

 休み明けでただでさえダルいと言うのに、イジメの現場に飛び込まなければならないとは気の重くなる話だ。

「だりぃな」

 優希は晴れ切らない曖昧な空を眺めてそう呟いた。

 

 学校に着いた我々は、教室に立ち込める重々しい空気に押しつぶされそうになっていた。

「あ、おはよ」

 クラスメイトは僕たちが入ってくるなり覇気のない声であいさつをしてきた。

「おはよ」

 僕は各々に挨拶を返すのが面倒でこの一言で済ませた気分になった。

 本来なら一人一人に言う僕だが今回ばかりはそんな気分ではない。

 恐らくこの空気を味わった人間なら誰しもそう思うだろう。

 嫌な空気だ。この場にいる人間の大半が心の中で丸井の事を悪く思い、阿瀬のことを哀れんでいる。かくいう僕もそうだ。

「なぁ、健人。今日さ……どうする?」

 特に何も。僕の返答は主体性のない他人任せなものだった。

「そっか、そうだよな」

 優希も多分なにか意図があって話しかけてきたわけではないのだろう。

 分かる。何か言葉を吐いてないと辛いよな。僕だって冷静でいるようだけど優希と一緒で耐えられないんだ。この空気と皆の視線が。

 

 ***

 

 学校が終わり、僕は優希と共に帰路についた。

 今日は一から六限目まであり疲れたが、あの空気のせいで、いつもの倍疲れたような気がする。

「あーあ、大沢おおさわのやつ。しっかりイジメのことフル無視だったな」

 大沢とは我がクラスの担任で、僕らの宿敵であるベテラン教師のことである。

「仕方ない。大沢はああいう奴だったんだよ。どうせ僕らが一年の時から」

 大沢は僕らが一年生の時から重鳩かさはと小学校で先生をしていた。入学当初は優しく頼れる先生だったのが、四年生になって担任が大沢になった瞬間から、印象がガラリと変わってしまった。

 仮に今、連想ゲームのお題を大沢にして優希とやれば罵倒のオンパレードになるのではなかろうか。それくらいに僕らは大沢を深く、憎んでいる。

 昔は先生と親が神と同等の存在で、両者の言うことは絶対だったはずなのに、今では全ての先生に対して疑いの目を向けてしまう。

 親は変わらず神に近しい存在だが、それでも大人と言うカテゴリーでくくってしまうなら疑いの目を向けてしまいそうになる。親も親でなければ悪魔なのではないかと——。

「いやぁ明日、なにかあるよ……」

 恐らく、学校はイジメについての連絡やクレームなどの対応に追われているはず。それを受けて担任の大沢にも話は行っているだろう。

 そこで明日、何かが起きるはずと僕の勘は言っている。

「あ?」

 優希は何が何だかと言う顔をしている。

 だから僕は仮想した明日を伝えてみることにした。

「多分明日は形だけの吊し上げみたいな学級会が開かれる。ただ加害者が謝って被害者が嫌々許すみたいなね。まぁそんなんじゃイジメの根本解決にはならない。だから僕らがイジメ調査をするんだ。大沢は多分子供のする事と思って止めには入らないはず。警戒すべきはイジメの激化と、校長や教頭みたいな権力持ちの先生だけど、優希の力なら抑え込むこと出来るよね?」

 半分無茶振りだ。実際にやろうもんなら公務員職権濫用罪で優希の親が逮捕されてしまう。

 しかも、まだ社会に出たことのない小学生の言う言葉だ。イジメを止めるから教頭と校長を黙らせてくれなんて言っても普通の親なら二つ返事とはいかない。

「……よし、やろう。あのクソ教師の首と、隠蔽大好きなトップの首ぶっ飛ばすくらいのデカいことやろう! 俺は乗ったぞ健人!」

 まさかここまで言ってくれるとは思わなかった。本当に頼もしい男だ。

「ああ、やろう!」



 To Be Continued...

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