第16話 決着と幸せ

「そなた達。もみじとやらはどこにいるか?」


 佑羅がぎろりと睨みつけただけで、2人は石ころのように動けなくなった。


「佑羅様。多分2階の部屋にいると思います」


 すかさず2人の代わりにみのりがこそっと佑羅に耳打ちした。佑羅はふうん……とにやりと笑い鼻を鳴らして返事をする。


「そうか。みのり……では連れ出して来るとするか」


 佑羅の式神である水龍が佑羅の袂からうねるように放たれると、一気にもみじの部屋へと移動する。


「えっ、何!?」


 ベッドで眠っていたもみじの身体に水龍がまとわりつく。そして水龍に縛られたもみじが広間へと連れてこられた。


「ちょっと! 体調悪くて休んでたのに何すんのよ!」


 もみじは口を右手で覆う。どうやら吐き気がしているようだ。しかし当主はもみじを見るやいなや慌て始める。


「もみじ! ち、ちゃんと挨拶を……!」

「あ……」


 目の前にみのりと佑羅達神々がいるのを見たもみじはへなへなと座り込んでしまった。


「な、なんで……なによ、幸せそうにしちゃって」


 すると佑羅が右手の指をぱちんと鳴らす。すると父親と当主、もみじの顔をしゃぼん玉のような水塊が覆い、身体が宙へと浮いた。浮いた身体は畳から大体30センチほど上昇した地点で止まる。


「がっ……!」


 無論3人とも息が出来ない状態に至る。苦しむ3人が視界に飛び込んでくるみのりは内心すかっとする反面、このまま見殺しにするのはどうなのかという迷いに似たものも生まれていた。


「ごぼっ……み、みのり、た、たすけて!」


 当主が水を呑みながらみのりに命乞いをする。反対に父親は黙って苦しさに耐えていた。


「みのり! あーし、を、殺す気……!?」


 もみじは命乞いをする様子は無く、いつものように敵意を剥き出しにしていた。


(……私はどうすればいいんだろう)


 このまま3人を殺してしまえば、神のたたりという事で済む。神が人間を殺してしまう。それも仇を討つ理由であれば罪には問われないからだ。


「みのり」

「綺羅々?」


 綺羅々がみのりの手を突く。綺羅々の目は悲しさや寂しさなどをごちゃ混ぜにしたようなものになっていた。


「……あの3人、殺しちゃっていいの?」

「……正直迷ってる」

「私は殺さない方がいいと思うの」


 だが綺羅々に異を唱える者がいた。それは今まさに3人を容赦なく痛めつけている佑羅である。


「綺羅々。そなたの気持ちもようわかる。だが、こやつらは我が妻を蔑ろにしてきた許せぬ者達だ。生かしてしまえばまたみのりを陥れるに違いない」


 当主がもうそのような事はしません! ともがき苦しみながら訴えるが、佑羅は嘘を付くな! と一蹴する。


「……どうすればいいのか……私は……」


 ここでみのりは父親と目が合った。


「お父さんは……命乞いしないの?」


 みのりからの問いに父親は、はっきりと首を縦に振る。


「何よ、自分は死んでもいいやって思ってるの?」


 もう一度首を縦に振る父親。そんな彼の姿を見たもみじは何かを叫んでいるが、みのりには聞こえない。


「……何よ、それ……」


 みのりはすうっと息を吐くと、先ほど殺さない方がいいと語った綺羅々の目を見た。


「……さっきはありがと、綺羅々」

「? どういたしまして」


 そしてみのりは佑羅の手を優しく掴む。その手はほんの少しだけ震えていた。


「みのり? どうしたか?」

「もういいです。佑羅様。この3人を苦しめるのはやめてください」


 みのりの言葉に、佑羅は眉をしかめる。佑羅としてはここでトドメを刺したいようだ。


「でも、そなたがまた虐げられるのはわしとしても嫌だぞ?」

「もういいんです。それにあなたがいるから私は大丈夫です」


 ふっと無意識に作り笑いを浮かべたみのり。みのりの作り笑いを見た佑羅はすっと手を降ろすような仕草を見せると水塊はぱちんと弾けて消えた。


「がはっ! はあっはあっ……」


 ようやく酸素を取り込めた3人の身体は、どさりと音を立てながら鯉のように大きく口を動かしながら畳の上に横たわる。


「み、みのり……アンタ……」


 もみじはギッとみのりを睨らみつける。


「もみじさん。あなた方を助けたわけではありません。ここで死んでしまうのもなんだと思ったからです」

 

 吐き捨てるように言ったみのりは、最後に父親の姿を見た。その目はゴミを見るかのような冷たい瞳と、まだ情を感じているものの2つが入り混じっている。


「お父さん。もう私は2度とあなたとは会わないと思います。どうか私の事はいなかったものとして扱ってください。ご当主様もおなじく、です」

「みのり……」

「それでは」


 みのりは早歩きで広間を後にする。佑羅達は慌ててみのりの後を追った。


「みのり! どこに向かうつもりだ!」

「……ちょっと、龍ヶ池へ」

「わかった。好きなだけ見ていくと良い」

「わがまま言ってすみません」


 ちょっとだけでもいいから心を落ち着かせたい。そう考えたみのりは龍ヶ池のほとりに到着すると静かに凪いでいる池の水面を見つめる。


(そう、ここに飛び込んだら佑羅様が助けてくれた……)

「佑羅様。もし私が池へ飛び込んだら……助けてくれますか?」


 みのりからの突然の問いであるにもかかわらず。佑羅は勿論と即答する。


「即答ですか」

「ああ、当然だろう。わしはそなたを愛しておる」


 これまで何度もかけられてきた嘘偽りのない正直な愛の言葉。綺羅々はそんなにみのりの事が好きなの? と佑羅に聞くと佑羅は当たり前よ。と返す。


「昼飯を全部くれた優しいおなごが目の前で抵抗せず死んでいくのを見たら耐えられんかった。だからわしはこの命をもってしてもみのりを愛したい」


 佑羅は後ろからみのりを優しく抱きしめる。みのりにとっては彼の、自身よりかはすこしひんやりとした温度が心地よいと感じていた。


「みのり、わしはずっとそなたのそばにおりたい」

「……私も、です。私も……あなたの事が、好き、です」

(いつの間にか、好きになってた……)

「そうかそうか! はははっ……ありがとうな、みのり。愛しておるぞ」


 愛の言葉を語り合う2人に綺羅々はにんまりとした笑顔を浮かべる。


「大人になったら、こんな出会いあるかなあ」


 彼女の呟きを、秋魈がうんうんと首を縦に振りながら受け止める。


「あるだろうよ。そうして我らは悠久の時を生きていくのだから」

「そっか、秋魈だっけ。あの2人、これからもずっと仲良くしてほしいな」

「我らも同じ意見だ」


 みのりと佑羅は身体を離すと手をつないだ。そして佑羅が後ろで静かに気ぶりそうになっていた神々を呼ぶとさあ帰ろう。といつもの口調で語り掛ける。


「……いいんですよね? 私もご一緒しても」

「何をいう。みのりはわしと一緒におればよい」

「ありがとうございます。……ずっと一緒にいましょうね。綺羅々も女房の皆さんも一緒に……!」

「ああ、みのり……」

 

 こうして彼らは神域へと戻っていったのだった。


◇ ◇ ◇


 あれからしばらく経った日の事。水渡村の様子をこっそりと見に行っていた佑羅によりもみじ達の近況がもたらされた。


「え、もみじさん勘当……いや追放されたんですか? それに妊娠?」

「そういえばあやつ体調が悪いと言っていたがそういう事だったらしい。お腹の子は木蓮との子ではないようだが、父親はわからんという事で体裁を守る為に村の者達が家から出ていくように言ったようだな」


 実の母親である当主はもみじの追放を嫌がっていたが、淵沼家を守る為に泣く泣く了承したのだと言う。家を追い出されたもみじは上一宮町にあるセフレの家に転がり込んでいるとか。


「どうするつもりなんでしょうね。まあ、私にはもう関係ありませんが」


 両親からの協力は得られない状態で父親が分からない子を産み育てる事がはたしてもみじには出来るのか。みのりは不安を感じたがすぐに不安を頭から跳ねのけた。

 水渡村を追放された以上、もう自分とは関係ないのだからと己に言い聞かせる。


「淵沼家の次期当主はあの女のいとこだそうだな」

「もみじさんの、ですか?」

「ああ。みのりは知っていたか?」

「いえ、海外にいるとは聞いた事がありますけど、実際に会った事はありませんね」


 次期当主に決まったのは当主の妹を母親に持つ男子高校生。名前は和穂かずほといい、今はイギリスで一家と共に暮らしている。

 しかし次期当主に決まった事で、彼は高校卒業後は水渡村の淵沼家屋敷に暮らしながら国内の大学に通う事を強いられる事となった。全ての事情を聴いた彼は拒否する事無く素直に決定を受け入れたのだった。


「……なんだか申し訳ないですね。和穂くんまだまだイギリスにいたいでしょうに」

「だが拒否する姿勢は見せなかったというから、覚悟は据わっているのだろうな。そういや当主とその妹はあまり仲が良くないように聞いたのう」

 

 みのりへの扱いが大きく村中へ広まった事で淵沼家は今、村八分とまではいかないもののそれに近しい扱いを受けていると佑羅は明かした。当主は時折愚痴をこぼしながらもあの屋敷で暮らし続けていると言う。


「それと大事な事を忘れておった。あの夫婦は離婚したようだな」

「え。ご当主様とお父さん離婚したんですか」

「そうとも。あやつは実家に帰ったそうだな」


 みのりの父親の両親は今は故人。実家である歴史のある一軒家だけは残されている。そこで彼は1人で暮らしているようで他の親族を頼るような事はしていないらしかった。


「だがその実家も今は売ろうとしているようでな。噂だと、ここから遠くの場所にある団地に引っ越すと言う話も出ておる」

「そうですか……もう会うつもりはありませんから、そちらへ行く事も無いでしょう」

「その方が良い。あやつらは会ってもろくな事にならんだろう」


 そして龍神祭の生贄の儀式はみのりの代を最後に幕を閉じる事となった。村民らは龍神様もとい佑羅はみのりという大事な伴侶を得たという事でもう生贄は必要ないという考えに至ったのである。

 その代わり、これまで生贄となった者達の供養祭を来年から毎年行う事が決まった。

 この話を聞いた女房達は互いに顔を見合わせながらほっと息を吐く。


「もう、生贄は必要なくなったんですね」

「奥様のおかげです。これ以上犠牲を出さずに済むのは喜ばしい事でございます。それと龍神様も」

「そうだな……そなた達にはつらい思いをさせてしまって申し訳ない」


 佑羅の謝罪へ女房達はいえいえそんな……と返すのがやっとだった。

 以上、これらが佑羅が聞いて回った水渡村の近況である。


「佑羅様。狗神の方達はどうなったのですか?」

「彼らにはちゃんと言った通り領地を返したぞ。それとしばらく戦はこりごりという事で停戦協定を結んだ。いいお灸になった事だろう。ははははっ!」


 とりあえず戦がもう起きないのは良かった。とみのりはほっと穏やかな笑みを見せる。その笑みを見た綺羅々が指摘するとみのりは慌てて口をぎゅっと結んで恥ずかしさを隠したのだが、佑羅には全てお見通しのようだった。


◇ ◇ ◇


 騒動以降、みのりは人間達が住まう領域へは赴かず、龍神宮とその周囲を拠点に生活をしている。佑羅は美田蔵山で岩を片手で持ち上げたり神々との交流など積極的に顔を出したり旅行に訪れたりと有意義な時間を満喫していた。気が付けば生贄として佑羅と出会ってから数年もの歳月が経過していたのである。


「みのり、体調はどうだ?」


 みのりは懐妊が判明し、自室で過ごすようになった。佑羅や女房達が良い薬を持ってきてくれたおかげで悪阻には殆ど苦しめられずに済んでいる。


「ええ、元気です。本を読むと時間があっという間に過ぎていきますね……」

「そうだろう。読みたい本があればなんだって言ってくれ。わしが全て取り寄せて来よう」

「いいんですか? で、では……あなたの事が書かれている本がもっと欲しいです。もしかしたら絶版になっているかもしれませんが……」


 申し訳なさそうにみのりが佑羅から床へ目線を落とすと、佑羅はみのりの手をぎゅっと握った。


「絶版だろうが必ず見つけ出す。そなたを愛しているのだからそれくらいお安い御用よ」

「……佑羅様。本当にお優しいのですね」

「ああ、わしは優しいみのりを愛しているからな」


 額をこつんと合わせると、惹かれていくようにして唇を重ねる2人。温かな温度を共有していると、そこへ綺羅々がやってきた。

 綺羅々はあれから何度か段階を踏みながら成長し、今では中学生くらいの少女へと変貌を遂げている。黒いロングヘアに黒と赤の着物姿な彼女の容姿はまさに妖しさのある美少女と言えよう。


「ほんとイチャイチャしてるよね、2人とも」

「ははは……だが愛しているんだからそうなってしまうもんよ」

「ね、佑羅様」

「私もいつか、そんな相手と出会えたらな……やっぱり仲が良いのが一番だよね」


 綺羅々の言葉に耳を傾け、首を縦に振ると2人はもう一度視線を交わしたのだった。


「ふふ……佑羅様」

「みのり……」


 熱い視線を交わす2人をにやにやと笑いながら綺羅々は見ていたのだった。

 

◇ ◇ ◇


 みのりが佑羅との子供を身ごもったのが発覚してから1年が経過した。

 人間が神の子を身ごもると、神の種類によって人間よりも妊娠期間が長くなったり短くなったりする事はよくある事である。なお神との間に孕んだのが人間だった場合は、人間のそれとは特に変わりはない。


「ん――……」


 夜。相変わらず中庭では桜の花びらが雨のように降り続く中、みのりは自室にてお腹を支えながら肘掛けに捕まっていた。


「奥様、大丈夫でございますか?」


 女房のひとりがみのりに声を掛けるが、みのりは返事が出来ないくらい、苦痛を感じていた。

 綺羅々も大丈夫? と何度も声をかけながらみのりの背中をさする。


「もうじき産まれるようですね……龍神様をお呼びします!」


 駆けつけた佑羅が綺羅々や女房らと力を合わせてみのりの身体を持ち上げ、龍神宮内に設けられた産室へ移動させる。産室のインテリアは全て白色のものが使用されている。


「みのり、目を閉じよ。麻酔をかけておく」


 産室に横たわるみのりは無痛分娩みたいな感じだろうか? と考えていた。


「麻酔……ですか」

「今そなたが孕んでいるのは、間違いなく龍神の子だ。龍神の子は特に人間が産むには負担が大きい。今のうちに麻酔をする。良いな?」

「お願いします……」


 佑羅がみのりの身体に手をかざすとぽわっと優しい光が一瞬だけ放たれる。佑羅がかけた麻酔のおかげで、みのりの全身に広がっていた苦痛は全て和らいだ。


(佑羅様がいてくれるのは心強い……)

 

 それから数時間後。無事に双子の男女が誕生した。男は龍神、女は人間の姿。それぞれ佑羅とみのりによく似た赤ん坊である。


「わあ……神と人間のきょうだいだ」


 みのりが驚きながら身を起こそうとすると、佑羅に制止された。


「無理をするでない、みのり」

「あ、いえ……すみません。つい驚いてしまって」

「気持ちはわかる。わしもついに父親かぁ。愛すべきものが増えて良かったわい」


 屈託のない笑みを見せる佑羅に、みのりは彼なら人生全てを預けられると改めて感じたのだった。


◇ ◇ ◇

 

 それからきょうだいはすくすくと成長していき龍神宮は前よりも賑やかで明るい場へと変わっていく。産後しばらく経過したタイミングでみのりはまだ悔いが残っていた高校進学への思いを佑羅に吐露した結果、彼の支えもあって神域と人間達が住まう領域のはざまに位置する夜間高校へと通う事になった。

 この夜間高校の生徒は神の伴侶である人間が多め。みのりのような辛い境遇を乗り越えてきた男性女性もいた事から、佑羅はここが良いだろうとみのりに勧めたのである。


「きゃはあははは! 待ってえ!」

「ほれ2人とも、わしについてこい!」


 みのりが夜間高校へ提出する用の課題を解いていると、中庭で歩けるようになったきょうだいが、佑羅の尻尾を追いかけ回している。


「賑やかだね」

「ね、綺羅々……」

「みのり! 綺羅々! そなた達もこっちへ来い!」


 中庭へ向かうと佑羅はひょいっとみのりの身体をお姫様抱っこした。そして額に口づけを落とす。


「わっ」

「ふふ、今日もかわいいのう。愛しき我が妻よ」

「へへへ……」

「またみのりと佑羅がイチャついてる。でもその方が2人らしいね」


 佑羅とみのりは同時に視線を交わし見つめ合うとちゅ……。と触れ合うような長い口づけをしたのだった。

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龍神は生贄少女に溺愛を注ぐ 二位関りをん @lionusami

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