第15話 仕掛けられた罠
はっきりと当主に自らの考えをぶつけたみのりははあはあと肩で息をしていた。当主はぎろりとみのりを睨みつけたが、みのりに屈したかのように畳張りの床へと視線を落とす。
「……確かに、そうね」
「あなた方は私を娘だとは扱ってこなかったじゃないですか」
「ぐっ……!」
更に追い打ちをかけるように恨み言を発するみのり。何も言い返せない当主はついにもみじ! 木蓮様! と2人の名を叫んだ。
「何? ママ?」
「どうかしたんすか?」
呼ばれた2人が広間へとずかずか足音を立てて入って来る。もみじがあくびをしていると、当主は2人へやっておしまいなさい。とだけ告げて広間から出ていこうとするのを、みのりが声を挙げて制する。
「ご当主様?! 何をお考えで!?」
するともみじがみのりの腹をめがけて蹴りを入れた。彼女のつま先が、みのりのみぞおちに綺麗に入る。
「ぐっ……!」
もろに受けたみのりは転がっていく。身動きが出来ないみのりへ、いつの間にか近くにいた木蓮が後頭部めがけてばしっと手刀を喰らわせた。
「あ……」
意識を失ったみのりの身体を、木蓮が雑に肩に担いで屋敷から出ていく。一連の様子を見ていた父親は当主へ対しあわあわと口を動かしているだけだ。
「ちょ、ちょっとやり過ぎなんじゃないかな……」
彼はそう言うのが精一杯だった。当主はまだ引きつった顔で大丈夫だと答える。
「死なない程度だと木蓮様がおっしゃっていたから大丈夫よ。お仕置きには丁度良いわ。それに木蓮様に言われた通りにしただけだもの」
◇ ◇ ◇
木蓮の考えは、佑羅を龍神宮及び神域から人間達が住まう領域にある狗神の縄張りへと引きずり出して、そこで決着ないし深手を負わせるというものである。
アウェーである龍神宮よりもホームとなる自身の縄張りで決着をつける。木蓮はそこに目を付けたのだった。
「ねえ、木蓮様、どこに行くの?」
「水渡村の北にある小屋にでも突っ込んでおく。小屋は俺達の縄張りだから」
木蓮は小屋と言っているが、正式には空き家もとい蔵である。ここは住人がいなくなってからは狗神がひっそりと縄張りとして時折使用するようになり、用途としては攫ってきた人間を監禁したり……とあまり良い用途ではない。
「よし、ついた」
空き家に到着するとがらがらと蔵の中の引き戸を開ける。そして地下に降りていくと、そこには牢屋のようなものがあった。
「ねえ、ここもしかして……」
「座敷牢だな。みっちゃん座敷牢って知ってる?」
「ああ……その、悪い事したら閉じ込められるんだっけ」
「まあ合ってるとこもあるしちょっと間違ってるかな」
木蓮の言う通り、水渡村での座敷牢はもみじが言ったように子供へのお仕置きとして使われる事もあったが大体は、家にとって都合が悪い人物を閉じ込める際に使われた代物である。
もちろんこれは水渡村だけの風習である。今は座敷牢を使用する事は無くなったもののそれでも跡自体は処分される事無く普通に残っていたりするのだった。
「木蓮様、臭くない?」
確かに付近には形容しがたい臭いが溢れている。
だが、木蓮からすれば木になるものでもないようだ。
「うえ……」
しかしもみじは迫りくる吐き気を抑えるのに必死だった。
牢をがらがら……と開けた木蓮はその中にぽいっとみのりを投げ捨て、持っていたロープで手足を縛る。周りは真っ暗で何にも見えないが、木蓮の目だけが灯りの機能を果たしていた。そんな彼の目ははたから見ると不気味に見えるし、火の粉の光のようにも見える。
「さあ、行こう」
「うん……」
2人が去っていくのと佑羅の式神が通りすぎていくのがほぼ同時の事だった。身を消している式神は2人に気づかれる事無く座敷牢へと到達し、みのりの身体にぴたりと張り付いた。
「……」
まだみのりが目を覚ます気配はない。だが、式神を通して佑羅は彼女の居場所を察知していたのだった。
「やはり人間達が住まう領域……水渡村にいるか。みのり……」
龍神宮にいた佑羅は重い腰をあげ、今から水渡村へと行くと女房達に宣言した。が、女房達は単独で行くのは罠かもしれません。と彼を制止する。
「確かにそうだな……都合が悪い事があれば……」
「佑羅、私も行く」
「綺羅々? そなたはこっちで待機していた方が……」
「いや、戦える神がひとりでも多い方がいいと思うの」
綺羅々の真っすぐな目つきは佑羅の顔を貫くよう。佑羅は彼女の意志を尊重する事に決めた。
「……覚悟は出来ておるな?」
「うん、もちろん」
「……後は……秋魈も呼ぼう。木蓮の事だ。戦える神がひとりでも多い方が良い」
その後。佑羅によって呼ばれた秋魈ら合計5名の神が龍神宮に到着した。
「そなた達忙しい所呼んでしまってすまない。繰り返しにはなるがわしの愛する妻が狗神である木蓮の手によって誘拐されてしまった。場所は水渡村にある座敷牢の一角。共に向かってくれるな?」
佑羅の声掛けに秋魈はもちろんだ。と威勢の良い声を見せた。
「そなたにはこないだ世話になったばかりだからな。狗神が攻めてこないうちに手助けしたいと思っている」
他の神々も佑羅に対して好意的な発言をしてくれた事で佑羅の気持ちは楽になった。
「礼を言う。ではさっそく向かおう」
佑羅が率いる神々達は、神域から水渡村へと猛スピードで移動を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
「ぐ……ここは?」
「あ、起きた?」
「あなたは……木蓮様!?」
目を覚ましたみのりの目の前には木蓮と、灰色の狗の姿をした部下である狗神達がいた。
木蓮は先にもみじを屋敷に返し、自らは部下と共に座敷牢にてみのりを見張っていたのである。
「私は……ここはどこですか?」
「教えない。教えた所で君にはなんらメリットもデメリットも無いだろうから」
みのりから見た木蓮は、目だけがぼんやりと光り輝いている状況である。だが不思議と恐怖は感じられなかった。
「それにしても、君はよくほいほい付いてきたね。最終的にはこうなるってわからなかった?」
「……私はやっぱり、父親とご当主からの謝罪の言葉が欲しかった。バカだと思うなら笑ってください。慣れてますから」
みのりの自虐めいた言葉に木蓮は息を呑む。が、笑う事はしなかった。
「笑う訳ないだろ」
「……そうですか。バカにすると思いました。それで……私はあなたに食べられるんですか?」
「いや、今は違う。少なくとも君には生きてもらった方がいいかなあ、なんて」
狙いは私ではなく、佑羅様ではないか? ととっさに感じたみのりはそっくりそのまま言葉にして木蓮に放つ。
「……理解してくれて何よりだよ。君は囮だ」
「佑羅様は強い。簡単に負ける事は無いと思います」
木蓮はわかりやすくひょいっと肩を竦める。
「君に言われなくても、それは俺もよくわかっているつもりだよ」
「狗神だからですか?」
「あのゴリラ龍神とはこれまで何度も戦ってきたわけなんだから」
(確かに体格は筋肉質よね……)
部下の狗神は牙を見せながらじりじりとみのりへ距離を詰めていく。木蓮も口角をあげながらその場に立っている。
(……これ、どうなるんだろう……佑羅様が来るまでは私はここにいるって事よね……佑羅様に申し訳ない事をしてしまったな……)
みのりが後悔と佑羅への申し訳無さを頭の中で浮かべていると部下のひとり……いや、1匹が木蓮の元へと走って来た。
「申し上げます! 佑羅ら神々が龍ヶ池より姿を現し、こちらへと全速力で向かっております!」
「来たか。思ったより早かったね。という事は式神を放っていたのかな? ではこちらも対峙しようじゃないか」
木蓮が皆、戦闘態勢に入れ! と高らかに宣言すると部下達はおおおおっ! と地鳴りのような遠吠えをあげた。
「ほら、君もついてくるんだ」
部下によって荒々しく持ち上げられたみのりはそのまま、部下の背に乗せられて蔵の外へと出る。水渡村の山の中に入るとそこで佑羅率いる神々と出くわした。
「みのり!」
みのりを見つけた佑羅が真っ先に彼女の名を叫んだ。みのりは佑羅様……ごめんなさい! と彼へ聞こえるように謝罪する。
「そなたは悪くない。……木蓮よ、ここで決着といたそうか」
「ああ、もとよりそのつもりだ」
佑羅と木蓮。両者の身体からは強大な力が、佑羅は青色、木蓮は赤色の炎の如きオーラとなって漏れ出ている。
「木蓮よ。まずは我が妻を返してもらえんか?」
「嫌だね。俺を倒してからにしな」
「やはりそう言うと思ったわい。……どうだ、1対1の一騎打ちというのは。その方がおぬしからすればやりやすいかもしれんぞ?」
「その手には……乗るものか……」
2人のうち、余裕があるように見えるのは佑羅の方。木蓮はこれまで一騎打ちで佑羅に何度も打ちのめされてきた過去を思い出した事で、苦虫を噛み潰したかのような表情に変わろうとしている。
「我らには神が他にもいる。だが貴様はどうだ? 部下しかおらんではないか。それに頼みの綱である槐も今は深手を負っている身……となれば共闘は不可能に近い」
「……ではこうしよう。今から俺達が提示する条件を貴様が飲まなければ……貴様の愛する妻を殺す」
木蓮は空気の中から短剣を生み出すと、それと部下の背の上に横たわっているみのりの首元に突き付けた。さすがのみのりもこれには恐怖心を感じてしまう。
「ひっ」
小さく悲鳴を漏らしたみのり。木蓮の顔には笑みはなく、ただ焦りの冷や汗が見られるだけである。
「木蓮、貴様……」
「条件を言おう。所有している土地の一部を我らへ返せ。そうすればそうすればこの娘は返す。今まで貴様が応じなかった条件だが、どうする?」
「わかった、返そう」
「え」
あまりの返答の速さに木蓮とみのり、そして綺羅々達他の神々も思わず変な声を漏らすくらいに驚愕した。
「みのりがおれば良い。それくらいなら喜んで返そう。他は何かあるか?」
「ほ、他は……! 俺からは特にない。槐達に聞いてみないとわかんねえ」
「そうかそうか。それなら……みのりは貰っていくぞ」
佑羅が蛇くらいの水龍を飛ばすとみのりの身体を包み、佑羅の元へと瞬時に移動させた。佑羅の元へ戻って来たみのりの身体は彼が優しくお姫様抱っこで受け止める。
「みのり、よく無事でいてくれた。ほっとした……」
「佑羅様……あの、さっきは本当にごめんなさい。ごめんなさい!」
「どこに謝る必要がある。まあちょっと悲しかったがそなたが決めた事は尊重するさ」
木蓮とその部下達はぐ……と言い返す事が出来ないでいる。
「ほれ、ぼさっとしているとどうなるかわからんぞ?」
すかさず佑羅がみのりをお姫様抱っこしたまま式神を念で飛ばして水龍をいくつも発生させる。それを見た秋魈達も木蓮達に向けて遠距離型の集中攻撃を与えた。
水龍だけでなく蔓や風などが一斉に絶え間なく襲い掛かって来るせいか、狗神達はなすすべなく空の彼方へと飛ばされる。残ったのは木蓮だけとなった。
「くそっ!」
ここで水龍が木蓮の身体をとぐろを巻くようにして捕まえた。
「木蓮。そなたの妻とやらがいる場所へと案内せい」
「佑羅……! くそっ、わかった。みのりが実家を荒らされる様が見たいなら案内してやる!」
「……!」
みのりはここでいきなり分岐路に立たされる事となる。
(佑羅様の事だ。殺す所までしてしまうかもしれない……)
「みのり……」
佑羅はみのりの考えを察したのか、これ以上は何も言わなかった。木蓮が先導する形で淵沼家へと移動する。その途中、神々がぞろぞろと歩いている姿を見た村民達は慌てて各々の家へと逃げ帰っていく様子が見られた。
「はは、どうやらわしらは怖がられているようだの」
淵沼家の屋敷に到着し、佑羅が玄関の扉に近づくと扉は鍵がかかっていたにも関わらずガラガラと開いた。
「よぅ。龍ヶ池の龍神である。ちょっと野暮用であがらせてもらうぞ!」
「なっ……龍神様!? な、なんでここに!」
当主が広間で悲鳴を漏らす。当の佑羅は出迎えはおらんのか? と更に大声を出した。
「ちょ……誰か迎えにいって!」
家政婦が顔を青ざめさせながら、震える足取りで佑羅達を出迎えにいった。
「よ、ようこそおいでくぁさいました……」
座礼するも震えすぎて言葉もしどろもどろになっている家政婦。佑羅はちらりと家政婦を見下ろすと、尻尾を左右に揺らしながら土足で屋敷に入る。
「当主はどこか!」
「は、この広間におります……!」
家政婦が言葉を絞り出すと、再び佑羅は家政婦を鋭い目つきで見た。
「そうか。そなたは家政婦か。案内どうも」
広間の扉が開かれ、当主と父親が恐怖のあまり固まっている姿が露わになった。
「淵沼家の当主。そしてそこにいるのは……」
「私のお父さんです」
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