天使のいる家

口羽龍

天使のいる家

 それは秋の日だった。都内に住む小学生の雄太(ゆうた)はいつものように小学校から自宅に帰ろうとしていた。今日もいろいろあったけど、テレビゲームをして、勉強をしよう。そして、明日もまた頑張ろう。


「おい、知ってるか?」


 突然、誰かが話しかけてきた。隣の席の田中だ。一体どうしたんだろう。


「何を?」


 雄太は首をかしげた。突然聞かれて、驚いている。何の事だろう。


「あのお化け屋敷の事だよ」

「えっ!?」


 お化け屋敷の事? 聞かれても何の事かわからない。少し考えたが、全く想像できない。


「雄太の家の近くのお化け屋敷だよ。草ぼうぼうの」


 草ぼうぼうの家と聞いて、ようやくわかった。自宅のすぐ近くにある家だ。そこにはお化けが出ると言われているから、近所の人はお化け屋敷と言っている。お化けが出るそうなので、誰も近寄ろうとしない。


「あーあれね。怖くて近寄らないんだよ」


 雄太も知っている。お化けが出るという事も知っている。なので、勇太も近寄ろうとしない。


「あの家、誰かが泣く声がするんだって」


 田中は偶然、そこの前を通りかかった事がある。すると、女の子のなく声がするのだ。誰が泣いているのか気になったが、お化け屋敷と言われていて、気味が悪いので入らなかった。


「本当?」


 雄太も信じられなかった。その鳴き声はお化けではないかな? だったら、近寄りたくないな。


「うん。中に入って、誰がいるのか調べてみてよ」

「うーん・・・」


 田中に提案されてが、雄太は近寄る気がない。なぜならば、お化け屋敷と言われているからだ。


「じゃあね、バイバーイ」

「バイバーイ」


 田中は教室を出て行った。教室にいるのは雄太1人だけになった。雄太は考えた。お化け屋敷と言われているあの家、なんか気になる。あの泣き声は、何なのか気になる。行ってみようかな?




 雄太は自宅に向かっていた。その間、雄太はお化け屋敷の事を考えていた。あの家の中から聞こえる泣き声って、何だろう。聞いてみたいな。


 しばらく歩いていると、問題の家の前にやって来た。確かに草ぼうぼうだ。もう何年もこの家に入っていないと思われる。でも雄太は不思議に思った。どうして今でも残っているんだろう。まさか、お化けが出るから残っているんだろうか?


「あの家か・・・」


 雄太は家を見上げた。いつ倒壊してもおかしくない。近づくだけでも怖いな。


「行ってみるか・・・」


 雄太は勇気を振り絞って、入ってみた。家はボロボロだ。もう何年も掃除をしていないんだろう。


「気味悪いなー」


 と、中から誰かの声がする。田中の言ったとおりだ。女の子の声のようだ。だが、お化けと思えないほどに美しい声だ。本当にお化けなんだろうかと疑問に思うぐらいだ。


「本当だ! 声がする!」


 雄太は家の中を恐る恐る歩いた。歩くたびに、床がギシギシ音を立てる。床は埃だらけで、足跡がよく残る。今にも抜け落ちそうだ。


「抜け落ちないか怖いなー」


 しばらく歩いていると、寝室と思われる場所にやって来た。寝室はとても清潔だ。どうしてここだけ清潔なんだろう。まさか、ここに人がいるんだろうか? 本当に入っていいんだろうかと考えてしまうほどだ。


 寝室をのぞくと、そこには1人の天使がいる。天使は泣いている。今さっきの声は、天使だったようだ。


「えっ、君、天使?」


 天使はその声に反応した。もう何年も誰かに会っていないようだ。その天使は、戦時中の人のような服装で、名札を付けている。


「うん・・・」


 雄太は天使の寂しそうな表情が気になった。どうしてこんなに寂しい顔をしているんだろう。何か悲しい理由があるに違いない。恥ずかしがらないで話してほしいな。


「どうしたの? 寂しい顔してるよ」

「お父さん、お母さん、もう帰ってこないの」


 天使は帰らない両親の事を気にしていた。だが、雄太は思った。いつ頃の事だろうか? 服装から見て、戦時中のようだけど。


「そうなんだ。君、どれぐらい待ってるの?」

「わからないけど、私、空襲で死んじゃったの」


 雄太は驚いた。まさか、1945年の3月10日に起こった東京大空襲だろうか? 東京大空襲で死んで、その時から天使になって、ずっと待っているんだろうか?


「空襲? いつの事?」

「1945年の3月10日」


 やっぱりそうだ。東京大空襲からだ。東京大空襲は絵本で見た事があるけど、あまりにも悲惨で、それを読むたびに、夢に出てくるし、トイレに行くのが怖くなった。


「と、東京大空襲?」


 天使は驚いた。まさか、あれは東京大空襲と言われているほど大変だったのか。


「そう言われてるの?」

「たぶん。この日で空襲と聞いたら、東京大空襲だから」


 雄太は震えている。今でもあの絵本を見た時の事を覚えている。あまりにも怖くて、忘れる事ができない。だけど、これは本当に起きた事だ。伝えていかなければならない歴史だ。


「そうなんだ。で、お父さんは空襲で慌てて家を出て、帰ってこなかったの」


 雄太は思った。おそらく、逃げたけどどこかに炎に囲まれて、逃げ場を失ったのかな? それとも、逃げた防空壕が火事に遭ったのかな?


「まさか、戦死?」

「そんなわけない! そんなわけない!」


 だが、天使は信じられない。死んだなんて、認めようとしないようだ。天使はまた泣いてしまった。雄太が慰めるが、なかなか認めようとしない。


「うーん・・・。お母さんは?」

「別の人と結婚して、ここを出ちゃった。会いたいよ、お母さん」


 母は生き残り、帰ってきたが、戦後すぐに別の男性と結ばれて、ここを出て行った。そして、この家からは天使以外、誰もいなくなった。


「そうなんだ・・・。ごめんね。もう帰らないと。じゃあね」

「じゃあね」


 雄太はその家を後にした。天使は寂しそうに雄太の後ろ姿を見ている。また1人ぼっちになってしまった。今度、誰かが来るのはいつだろう。早く来てほしいな。そして、話をしたいな。


 家を出た所で、雄太は振り返った。お化け屋敷と言われているけど、ここには天使がいる。その天使は、今も帰らない両親を待ち続けている。いつになったらお迎えが来るんだろうか? 早く、天国で両親に会えるといいな。

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天使のいる家 口羽龍 @ryo_kuchiba

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