第6話 とにかく、帝国語を覚える!

 ぼくのクラス、4年生の担任の先生はアンネリーザなんとか先生、という名前だった。

「午前中はみんなと普通に授業。でも、午後は帝国語の講習よ。いいわね?」

 タオと同じクラスになれたのはいいんだけど、しばらくのあいだ午後の体育が、サッカーが出来なくなるのはちょっと、悲しかった。


 タオと一緒に学校を出た。

 校門の外には子供を迎えに来た貴族の家の馬車が何台か並んでいた。朝ぼくを送ってくれたビッテンフェルト家のも来ていた。

「タオ、家、どこ?」

「ぼくはクィリナリス。この丘の上だよ」

 そう言ってタオはなだらかに上る坂道の上を指さした。なんだ。ビッテンフェルト家と同じじゃないか!

「タオ、Adel 貴族?」

「ううん、違うよ」

 タオは首を振った。

「でも、ライヒェンバッハ伯爵の家に住んでるんだ」

 貴族じゃないのに貴族の家に住んでる。なんだ、それもぼくと同じじゃないか!

 タオを誘って馬車に乗った。

 ライヒェンバッハ家にはすぐに着いてしまった。

 あまりにも学校に近すぎて話をする間もなかったし、まだぼくの帝国語は拙いどころかほとんど話せるレベルではなかった。もどかしいったらありゃしない!

 決めた!

 明日はぼくも歩いて学校に行く!

「明日、ぼく、ここくる。学校、一緒。いい?」

 タオは笑って頷いてくれた。

「いいよ。一緒に行こう。乗せてくれてありがとう。じゃあ、また明日ね!」


 ライヒェンバッハ家は覚えた。そこからビッテンフェルト家までの道も。

「ただいま、戻りました」

「お帰りなさいませ、坊ちゃん」

 まずシツジが出迎えてくれた。

「ぼくはミハイルです。Wie ist Ihr Name? あなたのお名前は?」

「わたくしはフランツでございます」

「ああ・・・、Bitte・・・、ああ、nennen Sie mich ab sofort beim Namen これからは名前で呼んでください、フランツさん。 あ、それから・・・」

「なんでございましょうか、ミハイル様」

「明日の朝 Morgen früh・・・、馬車、ワーゲン、要らない」

 馬車を指さして手を振り送り迎えは要らないと歩く真似をした。なんとか通じたらしい。

 黒髪で背の高い、准将よりも年嵩の男はにっこりと笑って頷いてくれた。

「Verstanden かしこまりました、ミハイル様」

 そして、二人の可愛い女の子たちにも。

「きゃ~っ!」

「お兄ちゃん、帰って来たあ~!」

「ただいまです。あの、あなたたちの、お名前は?」

「あたし、リター!」

「クララ!」

 リタは金髪のおさげ。クララは少しくすんだ栗色。髪の色は違うが、二人とも本当によく似ている。

「リタに、クララだね。よし、覚えた!」

 とにかく、話をすることだと思った。それにはこの子たちと遊ぶのが一番いい。それが言葉を覚える早道だ。

 ぼくたちは、夕食が出来たことを知らせにメイドさんが呼びに来るまで思い切り庭で遊んだ。

 彼女は驚いていた。たぶん、ぼくとリタとクララが泥だらけだったからだと思う。

 

 夕食の席でもできるだけ奥様と話すようにした。

「ああ、えっと、Ich habe・・・、友達が出来ました。Freundeえーと・・・、 gefunden. Sein Name ist Thao.彼の名前はタオです。彼の家はクィリナリスです。ああ、ライヒェンバッハ家に住んでます」

 ところどころ北の言葉が混じってしまうが、奥様はなんとかわかってくれたみたいだった。

「ああ! ライヒェンバッハ伯爵の? でも、あのお宅にそんな小さな子がいたかしら?」

 奥様は少し首をかしげて考えていた。だからたぶんそんなことを言っていたのだと思う。

「ああ、彼はアデルじゃ、貴族じゃありません。でもあのお屋敷に住んでるんだそうです」

「そう。でも初日に友達が出来て良かったじゃないの!」

「それから、えと・・・。Iria ist・・・、 heute in die 学校、シューレ、 Schule gekommen・・・。今日、学校にイリアが来ました」

「Wer ist Iria? イリアって、誰?」

「・・・」

 イリアのことを説明するには、ぼくの語彙は少なすぎた。残念だが、今のところはその辺りがぼくの限界みたいだった。

「ミハイル! また明日も遊んでね。Versprechen約束だよ?!」

「約束よ!」

 ぼくは、さっきフランツが言っていた口調を真似て頷いた。

「Verstanden Damen かしこまりました、お嬢様方」


 帝国語も満足に喋れないぼくに、奥様も准将も使用人の人たちもリタやクララも、優しく接してくれた。

 このビッテンフェルト家にお世話になったことも、ぼくにとってはとても幸運だったと思う。

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