ぼくのともだち 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 番外編 その1】 — 北の野蛮人の息子、帝都に立つ —
美作 桂
第1話 故郷を発つ
春が来た。
生れて初めて、村を出る。
村を取り囲む防壁を振り返る。石を積んだ壁の上に堅固な木の障壁が巡り、その表には茶色く変色した布のようなものが何十枚もずっと張られている。
その障壁に開いた門の上には一対のしゃれこうべが飾られている。
「しゃれこうべ」は近隣部族との争いで倒した敵兵の、「変色した布のようなもの」は捕虜にした敵兵の皮を剥いだやつ。こうしておけば、ぼくの村の強さを周りの村に誇示できる。いつもの村の佇まいだ。
だが、そんな野蛮過ぎるこれまでの行き方も、もうすぐ終わるという。今日村を出るぼくたちが、終わらせるのだ。
ぼくたちの行く先は、南だ。
南には小高い山が連なっている。そこから先には勝手に行ってはいけないという掟がある。今日、初めてその山を登り、峠に立った。少し怖くなって身震いがした。
だが、それは誰にも悟られたくない。なぜならば、ぼくは族長ピョートル・イリイチ・ヤーノフの息子だからだ。族長の息子は誰よりも勇敢で強く気高くなければいけないんだ。
「ミハイル、大丈夫か?」
同行してくれている付き添い役のイワンが毛皮を着たぼくの剥き出しの肩を叩き声をかけてくれた。ぼくは無理に笑った。
「イワンこそ、大丈夫? 」
お返しに、彼の毛皮の肩に斜めにかけられた幅広の革帯をポンポンと叩いた。
「強がるのはよせよ、ミーシャ。まだ敵も倒したこともないくせに。・・・怖いんだろ?」
「おい、ドミートリー! ぼくを愛称で呼ぶのはよせと言ったはずだ!」
ぼくは一人ではなかった。
ぼくと同じような毛皮を着た、ほぼ同い年のヤツ10人と一緒だった。ぼくより少し年上もいるし、ぼくより少し年下もいた。
ぼくの村ではいくさで10人の敵を倒すと肌を青く染める。
ドミートリーはぼくより2つ年上で、すでにいくさに出て、敵を一人倒した。
でもまだ一人だから肌は染めていない。それなのに、いくさに出たことを鼻にかけていつもぼくをバカにしてくる。底意地の悪いヤツなんだ。ケンカも、剣も、弓も、ひつじの番でも、ぼくは誰にも、一度だって負けたことがない。もちろん、ドミートリーにもだ。きっと彼はぼくが煙たいんだと思う。
イヤなやつからは愛称で呼ばれたくない。小ばかにされているようで、腹が立つからだ。
「わかったよ、ミーシャくん」
「くそ、コイツっ!」
思わずぼくはドミートリーの毛皮の胸ぐらを掴んだ。
「おい、ケンカはよさないか!」
付き添い役のイワンがぼくらを窘めた。
「ミハイル、お前はヤーノフ族長の息子だろう。この程度のことでケンカをするやつがあるか!」
爆発しそうな心を静めつつ、ぼくは峠に立って南を望んだ。
夏の霞の向こう。なだらかな緑の下り坂の彼方に広い黒い森があり、そのはるか向こうに大きな川が見える。その川を渡れば、帝国の地だ。
これからぼくたち10人が向かうのは、その帝国なのだ。
去年、シビル族族長であるぼくの父は、たった一人でこの国境の川を越え、帝国に行った。
ぼくの村だけでなく、この北の地に住む同じ民族の多くの部族が過去何年、何十年もの間、何度も攻め入ってはその度に撃退されてきた、強大な力を持つ、帝国。
帝国の兵は火の出る長い棒を持ち離れたところから敵を倒すと聞いた。また雷よりも大きな音をたてて空を飛びぼくの村など一瞬で焼き払う火竜も持つとも。
そして帝国に捕まって捕虜になった者で生きて還った者は誰一人もいないという。
もしかすると、父ももう戻らないかもしれない。
村の少なくない者がそう言い、兄さんも、ぼくも、それを覚悟していた。
「もし父さんが戻らなければ、オレがこの家を守る! わかったな、ミハイル!」
ぼくの兄さんのボリスはそんな悲壮な決意までしていた。
だが、父は無事に生きて戻って来た。
それだけじゃない。
父は信じられないような土産を持って帰った。
村の男たちとその息子たち全員を集めた父は、持って帰った土産を取り出し、こう言った。
「みんな、よく聞け!
俺は、帝国の地に行き、帝国の素晴らしい知恵と技、強大な力をこの目で見、そして帝国で最もエライ皇帝の息子に会って話をした。そして、この通り、生きて還った。
いいか、みんな!
これからこのシビル族は帝国の友となり、同盟を結ぶ。
もう、同じ民族同士が争い殺し合いをするのは今日限り、終わりにする。
俺たちは進んで帝国の知恵と技と力を取り入れ、この北の地に安心して暮らせる豊かな国を作るのだ!
みんな、あのしゃれこうべを見ていろ!」
父は、村の入り口の、門を飾っていた敵兵のしゃれこうべを指さした。
そして、持ち帰った土産、帝国の人間が持っているという「火の出る棒」を構えると、
ズダーンッ!
鼓膜が破れそうなほどの大きな音と火を出した。
驚いて目と耳を塞いだ。
目を開けた。たった一発で、ぼくの背丈の何十倍も離れたところに飾られていたしゃれこうべが、見事木っ端みじんに、粉々に砕け散った。
おおおおおーっ!
村の衆の間に大きなどよめきが走った。
父は言った。
「手始めに、我々の息子たちを帝国に修行に出す。その代わり、もし俺たちの村が他の部族に襲われた場合は帝国が加勢に来てくれる。
どの家も長男は家の跡取り。貴重な未来だ。だが、次男三男のいる者は息子に旅をさせて欲しいのだ」
「それは人質ということか?」
誰かがそう言った。
「その通り。これは人質だ。だが、それは表向き。
息子たちは帝国人のなかでも『貴族』という高貴な者の家に預けられ、そこから学校に通い、帝国の言葉と知恵と技術を身につけて何年か後にこの里に帰って来る。
そして遠くない未来、俺たちの息子たちが、身につけた技によって新しい国づくりをするのだ!
俺は我が次男ミハイルを帝国に送り出そうと思う。
他にも、我が息子に技を身につけさせたいと思うものは名乗り出て欲しい。息子を帝国に送り出した者には、引き換えにこの銃を授ける。威力は今みんなが見た通りだ。これはいくさで絶大な力を発揮する。間違いなく、だ。もう、どんなに大きな部族が攻めて来ても、我々は怯えることなどなくなる。
強制はしない。だが、銃を得て息子に技を身につけさせたいと思う者は、どうか息子を差し出して欲しい。いずれそれがこの村に、大きな力を与えてくれるに違いないのだ!」
そんなわけで、ぼくをはじめ、それぞれの家族と別れを惜しんできた村の子供10人が帝国に向かうことになったわけだ。
「行こう、イワン! 行こう、みんな!」
ぼくは立ち上がった。勇気を振り絞って。
そして峠を後にし、南に向かって山を下りていった。
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