第8話 「特別帝国語講習」 そして、遠足

「午前中はみんなと普通に授業。でも、午後は帝国語の講習よ。いいわね?」

 アンネリーザ先生から言われた次の日から、憂鬱な日々が始まった。


 ぼくたち10人の北の留学生は一人ずつ別々の小学校に入れられていたんだけど、それがちょっと寂しかった。

 なにか考えがあってのことだと思うが、でも帝国語を身に着けるのにはよかったと思う。北の連中同士が集まるとどうしても帝国語ではなくて北の里の言葉を使ってしまうからだ。独りなら、イヤでも帝国語を話さなきゃいけなくなる。

 それでも、朝タオと一緒に登校し午前中は普通にみんなと授業を受け、美味しいランチを食べるところまでは良かった。

 だけど、午後は、サイアクだった。

 他のみんなが校庭で遊んでいるのに、ぼくは教室で帝国語の講習を受けなければならないのだ。帝国語が話せたりきちんと教科書を読めたりしないと授業についてゆけないから、これはしかたない。でも、他の子たちがサッカーしてる横で勉強しなきゃならないのは、とても辛かった。

 だが、もっとサイアクなのは、その特別な講習であのイケズなドミートリーと机を並べなければならなくなったことだ。

 午後になると10人の北の留学生の内近くの数人がぼくの小学校に集まって来る。一緒に帝国語の講習を受けるためだ。その中に、あのドミートリーもいた。

「おう、元気だったか、ミーシャ!」

 何日ぶりかで会った早々、早くもコイツはこういう口を利く。

 ぼくはイヤなやつから愛称で呼ばれるのが大嫌いなのだ。軽んじられてバカにされてる感じがするからだ。年上ならいい。ドミートリーはぼくより2つ年上だ。でもイヤなやつなので愛称で呼ばれたくないのだ。わかるかな、このカンジ。

「この、クソ野郎! まだぼくを愛称で呼ぶのか!」

 思わず殴りつけたくなったが、ガマンした。なぜなら、ぼくは族長の息子だからだ。族長の息子は誰よりも誇り高くなければいけない。ドミートリーなんかと同じレベルで怒ってはいけないのだ。

 そこでふと思いついて、他のみんなに尋ねた。

「ぼくは11歳だからホントは5年生なんだけどいっこ下の4年生のクラスにいるんだ。まだ帝国語に慣れてないからね。ヨーゼフ、キミは何年生のクラスになったの?」

 彼はぼくのいっこ下の10歳だ。テュニカの胸にぼくと同じ馬のブローチを着けていた。イリアがくれたやつだ。

「ぼくは3年生。それでも勉強が難しいんだけどな」

 額に下がった金髪を気にしながら、彼は恥ずかしそうにそう言った。

「そうだね。ゲオルギー、キミは?」

「ぼくも3年生だよ」

「そう・・・。で、ドミートリー。キミは何年生になったの?」

 ドミートリーはカラダは大きいし腕っぷしも強い。だけど少々オツムが弱いのをぼくは知っていた。

 一番年上のドミートリーは急に黙って下を向いた。

「キミはぼくより2つ年上だけど、ホントなら小学校じゃなくてリセっていう上級の学校へいく年なんだってね。で、キミは今何年生のクラスにいるの?」

「・・・に、にねんせい」

 ドミートリーは恥ずかしそうにボソッと呟いた。

「そうか。じゃあ、この中ではぼくが最上級生だね。わからないところがあったら何でも聞いてよ。教えてあげる」

 いつもぼくにカラんでくるドミートリーは、こうして大人しくなった。

 そして、イリアが来た。

「やあ! みんな揃ったね。あ、みんなぼくがあげたブローチを着けてくれてるね。嬉しいよ。じゃあ、さっそく今日の授業を始めよう!」

 こうしてぼくたち金の馬のバッジを着けた北の留学生の「特別帝国語講習」が始まった。

 

 講習は「読み」「書き」「聞く」「話す」を、ソウゴウテキ? にやった。

 まず、イリア「先生」が帝国語で話す。

「あなたは今朝、朝食で何を食べましたか?」

 そして話した内容を黒板に書く。ぼくたちはそれをノートに書き写す。

「ぼくはライ麦パンと目玉焼きとスープを食べ、ミルクを飲みました」

 模範解答をイリア先生が言い、書くと、それも書き写す。

 そしてぼくたちの番。ぼくがゲオルギーに質問する。ゲオルギーが答える。

「ぼくはフレンチトーストとオニオンサラダと・・・」

 そしてゲオルギーがドミートリーに質問し・・・。という具合。これを何度か繰り返す。そんな感じ。

 でも、授業が終わるころには校庭で遊んでいたヤツらはみんな帰ってしまっていた。けっこう、疲れた。

 初日の最後にイリア先生はぼくたちにお手製の「ジショ」をくれた。何枚かの「紙」を綴じ合わせたものだが、文字はちゃんと「インサツ」されていた。

「これには帝国で一般的に使われている単語が約300ほど入ってる。これだけ覚えればまず帝国での生活には困らない」

「え、そんなに!」

「大丈夫。すぐ覚えられるよ」

 と、イリア先生は言った。

「北の国には文字がない。だから帝国語のアルファベットで代用してある。

 でもね、本当は北の国にも文字があったらしいんだな。都心にバカロレアという学校があってね。リセを卒業した者が入る『ダイガク』だが・・・」

「ダイガク?」

「うん。そこのゲンゴガクの先生から聞いたんだ。先生は今、キミたちの北の国の文字をカイセキして『ジショ』を作っていらっしゃる。だがこれには何年も何十年もかかるらしいんだ。

 もしきみたちが帝国での修行を終えて帰国するときまでに間に合えば、きみたちはその『ジショ』を故郷に持って帰ることができるかもしれない。きみたちの国の言葉をきみたちの国の文字で書き表すことができるようになる。素敵なことだと思わないか?」


 講習が終わってビッテンフェルト家に帰る途中、タオに会いたくなった。彼の住むライヒェンバッハ家に寄ってみた。ハンスという門番が居たので訊いた。

「あの、タオ、いますか?」

「ああ、タオ様のお友達だね。悪いが、タオ様はいまルスなんだ」

「『ルス』?」

「タオ様、今、ここにいない。わかる?」

 親切なハンスは身振り手振りでぼくにわかるように話してくれた。

「タオ様。学校終わる。出かける。毎日。わかる?」

 なんとなく、彼の言うことは理解できた。

「・・・そうですか。ありがとうございました。さようなら」

 タオと話したかったな。

 残念だけど、でも仕方がない。帝国語がある程度話せるようになり、講習が終わるまでのガマンだ。

 ああ、早く帝国語がペラペラ話せるようになってタオといっぱい遊びたい。みんなとサッカーがしたい!

 逸る心を抑えて、ぼくはビッテンフェルト家に帰った。



 そんな風にして5日経ち、10日が経った。


 学校の授業、帝国語の講習、帰宅してリタやクララたちと遊び、宿題をして夕食で奥様と話す。その日の授業のこととかいろんなこと。何日かに一度、ビッテンフェルト准将も家に帰って来た。

「ミハイル! 元気でやっとるか! 学校はどうだ! おもしろいか! 少しは帝国語が話せるようになったか! スポーツはどうか!」

 矢継ぎ早の准将の言葉には全てに気合が、思いっきり入りまくっていて、時として疲れることもある。帝国の軍人という人たちはみんなこうなのだろうか。

 まだたどたどしくはあるけど、准将はぼくの帝国語の上達ぶりをとても喜んでくれた。

 彼に、サッカーが好きなんだけど今は講習で出来ないのが残念、みたいなことを話したら、

「なに? そちはサッカー好きか! ではいずれ学校対抗の試合に出るがよい! そして必ず優勝するのだ! よいな、ミハイル!」

 なんて乱暴な、とは思ったが、

「頑張ります!」

 負けずに気合を入れて答えておいた。

「よろしい! それでこそわがビッテンフェルト家の男子であるっ!」

 鼻息を荒くしたビッテンフェルト男爵は、大いに頷いた。


 毎朝の登校のわずかな時間とランチでタオと話すのがわずかな楽しみだった。

「帝国語の勉強、たいへん?」

 ぼくの顔を覗き込むようにして、タオは訊いた。

「まあね。でも、だいぶ話せるようになったろ? 」

「うん。最初の頃よりずっと上手になったよ。ミーシャはアタマがいいんだね」

 ぼくは年上や仲のいい友達からは愛称で呼ばれたいのだ。誰だってそうじゃないかと思う。

「ところでさ、タオ。学校から帰る。いつも、タオいない。どこに行く?」

 ぼくは前から気になっていたことを尋ねた。

「ああ。それね。ぼく、習い事してるんだ」

「ナライゴト?」

「そのうち聴かせてあげられればいいんだけどね」

「キカセル?」


 帝国では「月」というもので毎日の連なりを区切っている。30日経つと月の名前が変わる。その年の最初の月は Januarヤヌアール。2番目はFebruarフェーブルアール、というカンジ。今は6番目のJuniユーニ。そして来月は7番目のJuli ユーリ。

 そして12番目のDezemberディツェンバーでその年が終わり、またヤヌアールの月になる。

 10のつく日が休みになる。

 だからひと月には3日休みがあるわけだ。学校も休みだし、街の店と軍隊以外はみんな休みになる。みんなそれで疲れないのかなと思うが、学校もそうだけど店や工房はたいてい太陽が昇ってから一番高い所に来る12時までで終わる。あとは何をしようと自由だ。仕事を終えて体育館や広場で身体を動かしたり公衆浴場でサウナに入ったり街中のカフェやサロンやフォルムで友達とおしゃべりしたり勉強したり、あるいは盛り場でサケを飲んだり・・・。

 帝国人たちはみんなそんな風に毎日を過ごしているようだった。

 狩りや畑仕事や隣の村とのいくさや祭り以外はのんびりしているぼくの北の里に比べるとちょっとキュークツに思えるが、誰も文句を言わないから、それほど苦痛じゃないのだろう。

「やったー! 明日は学校休みだぞーっ!」

 その日午後の講習の合間にドミートリーが嬉しそうに言った。10日もの間、午後の遊びなしでずっと帝国語の勉強ばかりだったから、彼はそれが楽しみだったのだろう。もちろん、ぼくもだ。これでやっとタオと遊んだりできるな、とウキウキしていたら、講習の終わりに青い肌のアレックスがやってきた。

「Yo Leute!   wie gehts? "Studierst du?" よお、お前たち! 元気で勉強してるか?」

 帝国語で、彼は挨拶した。

 が、その後。彼は北の里の言葉でこんなことを続けた。

「今日はお前たちにいいニュースを持ってきたぞ。

 休み明けの21日から数日間。お前たちはアウスフルーク、『遠足』に行くことになった」

「『遠足』?」

 聞き慣れない単語に、誰もが首を傾げた。

「みんな、それぞれの家に帰ったら家の人にバーデホーゼ、『水着』を用意してもらうように」

「みずぎ?」

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