act.3 ワールドトリップ篇④
コインはまだ空中で回転していた。解説が終わるまで待っていてくれたらしい。
相変わらずスローな時間感覚の中、十セント
真昼の太陽光を反射しながら高速回転するダイムコインは、まるで自由落下する小さなミラーボールのようだ。
ハルヒも相手のガンマン――ナントカトン兄弟のどっちか――も空中には目もくれず、相手の目を
その時だった。
「…………」
西部に来てからこっち、いつも以上に無言だった長門が、
「ん?」
俺の目の
注意して目を
一人の男が
男が構えたライフルの銃口、その延長線上に、ハルヒの頭があった。
「
なるほど、決闘がどう転ぶか
俺の右手が反射的にガンベルトのホルスターに
「…………」
長門の
しかし残り時間はわずかだ。落下を続けるダイムコインはもう、
誰もが
だから、誰もが
「!」
まさかハルヒが、コインの落下を待たずに動くとは。
それも横っ飛びに
直後、十セントが地面との
決闘に
事情を知らない者はそう感じたろうが、敵ガンマンの
予想としては、どうやってかは謎だがスナイパーの存在に気づいたハルヒがそのライフル使いに銃弾を浴びせるべく二階に直行した――のではないかと思ったのだが、あらゆる意味で予想は裏切られた。
「えいやっと」
元気なハルヒの
そして、酒場がまるごと、通りに向かって倒れて来た。
「なっ……」
驚きのあまり硬直した敵ガンマンの頭上に、酒場の表側が
その際、板と地面の間から「ぎゃっ」という男の悲鳴と、ゴキャッという何かが
三次元の酒場が、二次元の立て板になった
「やっぱりね」と言ったのはハルヒだ。
板と化した酒場を蹴り倒した後の、片
「こんなことだろうと思ったわ。ずいぶん
得意げに
俺は周囲を見回し、先程とは風景の見え方が違っていることに気づいた。
これまで普通に建物として
「マジか」
俺たちが一夜を過ごした宿も、今やただの平面の立て看板と化している。
なんともはや。
ここは十九世紀後半のアメリカ西部地方ではなかった。西部
倒れた元酒場を
「あら一応、早
抜いたコルトSAAを、まだ愕然たる状態が抜けない相手ガンマンの胸元に向け、引き金を引いた。
パン、と乾いた音がして、しただけだった。
周囲の風景がすべて大道具なのだしたら、この戦いはリアルファイトではなく、演技であり、当然
ここは西部劇映画の中だ。そういうことになったのだ。
他のメンバーがどういった感想を
俺は銃を
「二階にスナイパーがいるといつ解った?」
「早撃ち相手の目に映ってたわよ」
こいつの視力は
「建物がただの板切れだと気づいたのは?」
「それは、何となく」
ここらへんはあまり
ハルヒは一カ所に
「先に撃ったのはあたしってことだから、こっちの勝ちでいいわよね。さっさと人質を返して、お
ハルヒがトリガーガードにひっかけた人差し指を中心にピースメーカーをくるくる回しながら
「てめえ!」とか「マジかこら!」とか「こんなん勝負と言えるか!」など、まあそう言いたくもなるよな、みたいな
全員が銃を手にしているが、この茶番にいつまで付きあえばいいんだ?
「…………」
誰よりも早く長門が反応した。
マントを
連続発射した六発の弾丸の行き先は、
長門は上空をめがけて撃っていた。
いったい何を? その問いの答えは
いくつもの大きな照明器具が、荒くれ者たちの頭上に
男たちはヒキガエルがゲップしたような悲鳴を上げ、ドンガラガッシャンと派手な効果音を立てつつ、もれなく照明の
なんと、オープンセットですらなかった。ここは撮影スタジオの中だ。
そう認識した
本来なら「はい、カット!」の声とカチンコの音がするあたりだが、周囲を
老町長が頭を
「で?」とハルヒ。「人質はどこ?」
銀行の店頭が描かれたパネルの奥から、二人の人物が顔を覗かせた。悪党どもが残らず伸びているのを見て、おずおずと姿を現す。ネルシャツにサスペンダー付きの作業用みたいなズボンを
ファンタジーRPG編では王子と
「このたびは」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げる有力牧場主の
それはともかく、人質を救い出せばミッションコンプリートのはずだ。
「おい、爺さん」
声をかけると、町長は頭を抱えたままこちらを見た。
「なんじゃい」
「なんじゃいじゃねぇ。多少シナリオとは違うだろうが、これで任務達成だろ。これでまた次の世界に飛ばされるなんてことは、」
ないだろうな、と言いかけたとき、撮影スタジオの
「うわ、何だ!」
屋根が
「ちょっと!」
さすがのハルヒも声を上げる。
「せっかく助けたのに、もうなの? 少しは
タクシーのように静かに止まる車の運転席は無人だった。
「これで二人を追えと?」と古泉が顎を
俺、ハルヒ、朝比奈さんが
「わしが運転してやろう」
老町長がドライバーズシートに収まっていた。
「なに、ちょっとしたサービス、アフターフォローじゃ」
顔を見合わせたのは一瞬、俺たちはそそくさと乗り込んだ。ハルヒは当然のような顔をして助手席に腰を下ろす。
「さあ出してちょうだい、お爺ちゃん。チップは
パチンコで弾き出されたように、フォードがスタートする。ちっとも
撮影スタジオの外は夜真っ盛りだ。
高層ビルが並び立つ、ミッドナイトな
ハルヒのカチューシャも、朝比奈さんの
俺たちの服装もいつの間にか
いつしか黒スーツの上下に瞬間着替えを果たした町長がハンドルを操りながら、
「禁酒法時代のシカゴ、もしくはニューヨークじゃよ」
どっちだよ。
「どっちでも構わん。そうではないか?」
そりゃまあ確かに。
「わしももう町長ではない。しがない雇われ老ドライバーじゃ。道案内役を
「ギャンググループのアジトじゃろ。今からおぬしたちにはそのギャングのボスとの話し合いに行ってもらう」
「話して
「無理じゃろな。であるからして、一勝負してもらうことになろう。勝てば二人は自由の身じゃ。うまく行けばカーチェイスはなくて済む」
そう
座り
そういやまだ「ミッションインコンプリート」の声を聞いてないなと思いつつ、俺はスピードを上げる車の加速度を背中に感じていた。
* * *
次回更新は12/9(月)を予定しています。
更新までしばらくお待ちください。
「涼宮ハルヒ」シリーズ既刊も連載中!
涼宮ハルヒの劇場 谷川流 @NagaruTANIGAWA
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