act.3 ワールドトリップ篇③

 おごそかにそう言った老町長の話によると――。

 牧場が広がるのどかなこの地域に、数年前、とある実業家が目を付けた。実業家はアメリカ各地で農園を経営し、少々後ろ暗い手を使ってでも自己実現に努める悪漢であり、いささか強引な手腕しゅわんでもって巨万きょまんの富を築き上げたエネルギッシュな成金だった。

 その実業家がこの街の周囲の土地の権利を一方的に主張し、多くの小作人とともに農地開拓かいたくに乗り出した。牧草地と共存できている間はよかったが、農園のあるじは着々と農地を拡大していき、やがて牧場サイドと境界が接するようになると、まだ手つかずの土地のうばい合いが始まった。

 牧場側の人間は占有権せんゆうけんを主張し、農場をこれ以上拡張しないよう申し入れたが、農場主のほうは出所不明な土地権利書を持ち出して、合法的に入手した自分たちの土地をどうしようが自分たちの勝手だと言い放ち、緑におおわれた地面を力ずくで耕しにかかる。

 話し合いはたちまち口論となり、口論はやがてののしり合いに発展、言葉の応酬おうしゅうに腕力をともなう暴力が介在かいざいするようになるまで、そう時間はかからなかった。

 こうして街は昔ながらの牧場側と、新興の農場側に分断され、かつての牧歌的なムードはどこへやら、街中いたるところで小競こぜり合いが発生することになってしまった。

 最初に外部から用心棒を呼び込んだのは農場側だった。ナントカトン兄弟とその一味と言った感じの荒くれ者たちが闊歩かっぽし始めるのに危機感をいだいた牧場側も、銃のあつかいにけたカウボーイグループを雇い入れ、火に油を注いで回った。呼吸をするより先に射撃を始めるような連中が対立勢力として同じ街に存在することになった結果、街の内外を問わず、そこかしこで当然のように銃撃戦が繰り広げられるようになる。

 この街のシェリフは農場の実業家に買収されていたため治安組織は機能せず、町長の権力は銃火器の前では蟷螂とうろうおの、銃弾による怪我けが人が病院のベッドをめるだけならまだよかったが、死体が転がり始めると事態は一気にエスカレート、街の葬儀そうぎ屋は棺桶かんおく不足に悩まされ、牧師は故人の名を覚える前に次の葬儀の準備に駆り出される。

 死者が累々るいるいと出るだけの膠着こうちゃく状態を打開すべく次の一手を打ったのは牧場側だった。こちらはホニャラット・ハープ兄弟とその一党といった具合の腕利うでききバウンティハンター集団を新たに雇い、銃撃戦では有利に事が運び出したのもつかの間、牧場サイドの中でも古参の有力牧場主の息子むすこ夫婦が誘拐されてしまう。

 二人の命が惜しければホニャラット一派はこの街の争いから手を引けとの通達を受けた牧場側は、悪辣あくらつな手段に歯がみするのみだったが、ここで街の世論が味方についた。どこの時代のどんな地でも、きたない手を使って有利を得ようとする者どもが尊敬されるはずはなく、酒場、肉屋、雑貨屋、病院、銀行諸々もろもろで農場側の人間はしだいに扱いが悪くなる。腹を立てて銃口を向けるも評判は悪化の一途いっと辿たどり、とは言え、牧場側も手を出せない。

 膠着状態第二弾となったあたりで、ようやく町長が行政手腕を発揮した。

「このまま睨み合っていても何ともならん。次の銃撃戦はどちらか一方が殲滅せんめつされるまで終わることはないじゃろう。破滅へのカウントダウンをただ座視してはおれぬ。ここは一つ、一対一の決闘、早撃はやうち対決で決着を付けようではないか」

 町長の提案に、二つのグループはしぶしぶながら同意した。さすがにこれ以上の人的被害ひがいはどちらもけたいところである。

「農場側が勝てば大規模農園の建設を認める。牧場側が勝てば農園のこれ以上の拡大は禁止、また同意なく耕作した土地は元の牧草地へ原状回復するように。またどちらが勝っても人質は即時そくじ解放すること」

 ただし、人質を持つ農場側は相手側に条件を付けてきた。牧場側が雇ったホニャラット一党からは代表者を出すなというものだ。さもなくば牧場主の息子夫婦の命はなく、そしてこの抗争こうそうはどちらかがほろぶまで続けることになる。時間がかかればかかるほど資金力に勝る実業家が有利である。牧場側は条件をみ、代表者の選出は町長に一任した。

「それで選ばれたのが」とハルヒはフォークを置いて言った。「あたしたちってことね」

 実に満足げな表情で、

「任せておきなさい。勝負事は得意なの。っていうか負けた覚えないわ。だからそのホニャララ兄弟? じゃなくてあたしを選んだってこと、相手に絶対後悔こうかいさせてあげるからね」

 さらっと自分がすることにしていやがる。まあいいか。長門にやらせたほうが確実だが、こういう場面でハルヒが先頭に立たないなんて、授業中の居眠いねむりで見る夢の中ですらあるはずないからな。

 ハルヒは余裕の面持おももちでコーヒーカップを手にした。

「で、決闘はいつ? 荒野こうやでやるの? それとも牧場?」

「明日の正午じゃ。場所はこの街のメインストリート、一軒いっけんしかない酒場の前でと決まっておる」

 町長の答えにハルヒは鷹揚おうよううなずき、コーヒーを一気飲みすると、

「ところでこの街、宿屋ある? お風呂ふろがついてるといいんだけど」

「おそらく湯船はなかろうな。シャワーのあるところを手配しよう。もっともこの街には宿も一軒しかないが」

「それ、ちゃんとお湯が出るやつ?」

「うーむ、出るのではないかな?」

 町長の顔からは、そんな細かいこと覚えとらん、みたいなニュアンスが感じ取れたが、

「いや、出そう。うむ、出る。たった今そうなった。なんなら湯船もつける」

 どこかからの電波を受信したように、きっぱりと言ってのけた。

 俺の隣の席にいた古泉が、笑いをみ殺したようなのど音を上げた。見ると、ニヤケづらかくすようにナプキンで口元をぬぐっている。言いたいことは解る。俺は町長に向かい、

「ずいぶんと便利な世界なんだな、ここは」

 町長は突然ゲホゲホとわざとらしい空咳からぜきり返したのち、

「以上で説明は終わりじゃ! 健闘けんとうを祈る!」

 そうさけぶように言って立ち上がると、再びの場面転換てんかんが発生、気づくと俺たちはクラシカルな木造の二階建てホテルのロビーに立っていた。

「あれっ? えっ?」

 可愛かわいらしく首を傾げた朝比奈さんは、ナイフとフォークを持っているようなポーズで両手を構えており、しかるに何も持っていない自分の指を不思議そうに見つめた。

 俺たちはクロークでかぎを受け取ると、早々に部屋に引きげた。ちなみに全員シングルである。砂っぽく乾燥かんそうした地域を移動していたおかげで、身体からだほこりっぽく感じて仕方がなく、さっさとひとっ風呂浴びて明日に備えたかった。

 そのバスルームは湯船に洗い場シャワー付きのシステムバスだった。まったく、どこまでもサービスのいいことでおそれ入る。

 こうして一晩をゆったり過ごした後、翌朝再び集合し、町長の引き立てで牧場側の人間たちと一通り顔合わせと型どおりの挨拶あいさつをしてから、SOSガールズと新任の保安官補二人は悪漢との対決の場へと向かうのであった。

 と、まあ、これが今までのあらすじだ。では、冒頭ぼうとうの決闘開始シーンまで戻ろう。

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