act.3 ワールドトリップ篇②

 銀河をまたにかける活躍かつやくをしていたと思ったら、いつの間にか十九世紀後半の北米大陸西部地方に飛ばされていた俺たちは、とりあえず近くの街を目指したわけである。

 そこの保安官事務所に辿たどり着いた俺たちに、何者かから電報が届いていた。手際てぎわのいいことだと感嘆かんたんしつつ、内容はハルヒが脳内受信したものと重複するが、まとめると、

「そこから馬で半日ほどの距離にある街にて、牧場主側と農場主側との間で土地をめぐる血で血を洗う抗争こうそうが起きており、ところ構わずドンパチが始まる、時は戦国あらしの時代、アメリカンワイルドウェストは今まさに世紀末状態中、この末法の世を救うため至急援軍えんぐんう。なお現状は人質を取られている牧場側の一方的不利」

 どちらに味方すべきなのかすでにモロバレな上に、時代考証担当をやとったほうがいいと進言したくなる文章に軽く頭を痛めていると、そこに二通目の電報がタイミングよく届き、

「古泉一樹いつき、キョン保安官補両名は、三人組のバウンティハンターガールズ『SOS団』と協力し、事態の沈静ちんせい化に当たれ」との指令が下る。

 何がガールズだと言っていても仕方がない、馬なんかには乗ったこともないが用意しないと始まらないとばかりに俺と古泉が顔をながめ合っているうちに、三人むすめたちは事務所から姿を消していた。

「これ借りるわよ」

 という言葉だけを残し、デスクの上に放りっぱなしになっていたおたずものの手配書リストとともに――。

 数分後、街のどこからか発砲はっぽう音が連続してとどろいた。

 俺と古泉、二人の保安官補がいかにもき足だった足取りでけつけると、街の酒場の一階で派手な銃撃戦じゅうげきせんり広げられているではないか。

 どうやらウォンテッドリストにっていた列車強盗ごうとうグループが、昼間から一杯やっていたらしい。どいつも強面こわもてのいかついオッサンたちだが、ハルヒの前には年齢ねんれいも性別も一切の区別はなく、コルトSAAから放たれる45口径だん餌食えじきとなっていた。

 耳をつんざく銃撃音と立ちのぼる紫煙しえん蹴倒けたおされるテーブルやゆか激突げきとつして割れる大量の酒びんなどの甚大じんだい被害ひがいが着々と進行する、西部劇映画のワンシーンのような、というかワンシーンそのもののどこか作り物めいたガンアクションを、俺と古泉はかたをすくめて見送るのみだった。

 ハルヒのつ弾丸はすべて相手の急所に命中するも、ひっくり返った賞金首どもは、

「安心なさい。峰打みねうちよ」

 その言葉通りの結果となって戦闘せんとう力は失っても命までは取られず、どころかケガ一つなく、長門の放つ銃撃は正確無比に敵の銃を手から弾き飛ばして破壊はかい、朝比奈さんがホルスターから引き抜いた銃はたちまちお手玉となって空中を舞ったあげくに暴発し、すっ飛んでいった拳銃けんじゅうはたまたま偶然ぐうぜんその場にいたあらくれ者の顔面を強打して昏倒こんとうさせる……と言った案配で一人の死者も出さないまま、列車強盗の一団は酒場のタバコくさい床とする仲になった。

 長門と朝比奈さんを両脇に従えたハルヒはカウンターの奥で頭をかかえるバーテンダーに、ミルクを三つ注文すると、手配書の束をテーブルに置いてスツールに腰を下ろした。

 今日ハルヒたち三人に支払しはらわれる賞金だけでミルクどころか牧場まるごと買えそうだったが、倒れす賞金首たちを丁重に捕縛ほばくする仕事を淡々とこなす俺と古泉には関係のない話である。ついでにどう考えてもこの銃撃戦エピソードは寄り道以外の何ものでもない。さっさと電報にあった抗争中のトゥームストーンだかそんな感じの街に急行すべきだろう。

 それはそれとして、ふんじばったお尋ね者どもを留置場行きの馬車に押し込んだ後、俺は事務所から賞金のまったかばんを持参、古泉はどこからか五頭の馬を引っ張ってきて、

「酒場の裏につないでありました。列車強盗団のものでしょう」

 どこまでも御都合ごつごう主義的に準備は完了かんりょう

「そろそろ出発するぞ」

 スウィングドアを押しのけてのぞき込むと、ハルヒたち三人はチリコンカーンらしき料理を追加注文して食っており、

「食べ終わるまで待ってくれる? あ、お代はキョン、あんたが払っといて」

 俺はバッグから札束を一つ取り出すと、店を弾痕だんこんだらけにした慰謝料いしゃりょうの意味も込みで、そのまま店主の前に放り投げた。

りはいらない」

 一度は言ってみたかったセリフだ。まあ俺の金でもないからいくらでも気前はよくなれるってもんさ。

 三人娘ののんびりした食事の後、ようやく俺たち五人は馬上の人となり指令にあった街を目指すのだった。馬の乗り方を習ったことなどないはずなのに、まるで自転車に乗るような気軽さで乗馬できていることに、もはや疑問すら持てやしない。

 ところで次の街まで馬の足でどれくらいかかるのか調べてなかったが、夜までに到着とうちゃくするのだろうか。見渡みわたす限り地平線が広がり、そういや地図すら見たことない。というか今何時だ。ふと空を見上げると、オレンジ色の太陽がかしいでいた。どうも今は夕方で、日の入りまではそれほど遠くないと経験則が教えてくれている。

 が、三十分ほどっても太陽はその位置で、いっかなしずんでいこうとしない。まるで何かを待っている気配すらある。何を? 言うまでもないだろうね。

 それどころか、左右を流れる風景が加速すら始めた。こっちは馬をぽっくりぽっくり歩かせているだけなのに、まるでマイルチャンピオンシップ最後の一ハロンのような体感速度になっている。

 ますますくるう体内時計、たぶん街をってから一時間ほどで、次の街が見えてきた。

 街の入り口には、年老いた町長が俺たちを待っていた。待ちくたびれていた。

 その思いは太陽も共有していたらしく、俺たちが街に着くやいなや、早回しのスピードでそそくさと地平線に接着した。急激に日暮れとなった橙色だいだいいろの太陽光が長いかげを作る中、俺たちは馬を下りて老町長と対峙たいじした。

 フランネルのシャツに黒いジャケットを羽織り、山高帽やまたかぼうかぶった町長の顔は、今までに何度か見た、例の白髯白眉はくぜんはくびの爺さんで間違まちがいなかった。

 あるときは森の賢者けんじゃ、またあるときは銀河帝国ていこく軍艦隊ぐんかんたい司令のしわ深い顔が、今は渋面じゅうめんを作っているのも無理はない。

「ずいぶんとおそい到来じゃな。おぬしらが来るまでここでっ立っていなければならないこっちの身にもなってくれ」

 文句は段取りの悪いシナリオライターに言ってくれ。

「おぬしらは徹頭徹尾てっとうてつびアドリブで動いているようにしか思えんが」

 ハルヒをメインに配役するからだ。キャスティング権を持ってるヤツが悪い。

「まあよい。話を進めるぞ」

 次の瞬間しゅんかん、俺たちはダイニングテーブルを囲んで席に着いていた。

 どうやら移動シーンはカットされて、いきなりこの部屋に通されたところから再開されるらしい。便利なものだ。

「ここはわしの家じゃ」と老町長。「時間がしい。夕食をとりながら状況じょうきょうを説明する」

 晩餐ばんさんのメインディッシュは何かの赤身肉だというくらいしかわからないステーキだった。食ったことのない味がしたからバイソンかもしれない。他には糖蜜とうみつのかかったパンケーキ、トウモロコシパン、素材不明のごったシチュー、アップルパイっぽいデザートらしきもの、などの料理を黙々もくもくと平らげる長門と、一口食べるたびに顔をかがかせたり首を傾げてななめ上を見たりする朝比奈さんの観察にはげんでいる間にも、町長の話は続いていた。

「もともとこの地は牧草地が広がるだけの辺鄙へんぴな土地でのう。することと言えば畜産ちくさん業しかなかった。この街も牛と牧畜ぼくちくとともに発展してきたと言ってもいい」

 そこからかよ。時間が惜しいんじゃなかったのか。

「キョンの言う通りね」

 ハルヒはミディアムレアの多分バイソンステーキにナイフを入れなから、

「んで、あたしたちに何をして欲しいわけ? 確か誰か誘拐ゆうかいされたんじゃなかったっけ? それを助けてくればいいの?」

 町長はじろりと俺をにらみ、次にハルヒを見つめ、優雅ゆうがに食事を楽しんでいる古泉と長門を見やり、料理を一口食べるごとに目を見開いて感動を表現している朝比奈さんを見てほおゆるめてから、ナイフとフォークを置いてテーブルの上で手を組んだ。

「お前たちの誰かに決闘けっとうの代行をたのみたい」

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