爪色模様

金森 怜香

第1話

 杏沙あずさは天井に手をかざす。

「うん、今日も良い色!」

彼女の手の指は真紅に塗られている。

普段から、ネイルをすることによって爪が割れやすい体質をカバーしている。

「いけない! 急がないと遅れちゃう!」

時計を見た杏沙は慌てて家を飛び出した。


 息を切らせて、待ち合わせ場所へとたどり着く。

「おはよう」

「おはよう、ごめんね。待たせちゃったかな?」

「駐車場いっぱいだったから、私もちょうどここに来たばかりだよ」

「そっか、それなら良かった」

「杏沙は歩いて来ているから、ちょうどよかったかもね。お互い、待ち合わせの時間より少し早く集まれたし」

「本当だ! 待たせちゃいけないと思って全力そうしたよ」

「しっかり者だね、相変わらず」

二人は一緒に笑う。

「さてと、立ち話もなんだし、カフェに入ろうか」

「そうだね、そうしよう」

杏沙は先にドアを開けて、紗幸さゆきが入るのを待つ。

「いらっしゃいませ」

店員が声をかける。

「二人で禁煙席をお願いします」

「はい、こちらへどうぞ」

カフェの中は比較的空いていた。

二人は店員に指定された席に座る。

「こちら、メニューです。ご注文が決まりましたら、お呼びくださいね」

「ありがとうございます」

杏沙と紗幸は店員にお礼を言って、メニューを見る。

「失礼します」

店員はお冷と一緒にお手拭きを持ってきて、二人に提供する。

「ごゆっくりどうぞ」

店員は会釈して裏へと立ち去る。

「どうする?」

「私はこのブレンドコーヒーにするか、ロイヤルティーにするかで悩み中」

「ここのロイヤルティー、美味しいもんね」

「そうそう。でも、ブレンドコーヒーもすごく美味しいし」

「紗幸はどうする?」

「久しぶりに、アイスミルクにするよ」

「よし、じゃあ私はアイスブレンドコーヒーにしよっと!」

二人は店員を呼ぶ。

「ご注文をお伺いします」

「アイスミルクと、アイスブレンドコーヒーを一つずつお願いします。アイスブレンドコーヒーはブラックでお願いします」

「かしこまりました。アイスミルクはガムシロップをお入れしますか?」

「お願いします」

「では、ご注文を確認します。アイスミルクと、アイスブレンドコーヒーのブラックがお一つずつですね」

「はい。お願いします」

「では、少々お待ちください」


 紗幸は杏沙の爪を見る。

「相変わらず、キレイな爪だね」

「ネイルしてるからね」

「……何か悩み事? 話聞こうか?」

「特に悩みはないけど、どうしてそう思ったの?」

「いつも杏沙は、青系のネイルが多いし、赤系付ける時は、何となく落ち込んだり、悩んだりしていることが多いな、と思って」

「そっか、分かってるんだね。実はさ……ちょっと落ち込んでることがあるよ」

杏沙が話そうとした瞬間。

「失礼します、お飲み物をお持ちしました」

店員はテキパキと飲み物を置く。

「では、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」

二人は店員にお礼を言う。

店員は裏へと立ち去った。

 二人は先に飲み物を一口ずつ飲む。

「実はさ、振られちゃったんだよね。仕事熱心すぎて愛想付かされたらしくてさ。ほかの子に相談したら、当然だって笑われて、落ち込んでたのよ」

「当然なわけないじゃん!」

紗幸はびしりと指摘する。

「何か言われた? 当然だって笑われた程度じゃないでしょ?」

「うん……。その子、女の幸せって結婚だと思っていて、押し付けてくる子だから、仕事熱心過ぎて振られるってダサいって言われてさ、さすがにそれは落ち込むよ」

「杏沙の仕事熱心ぶりって、すごく大事なことだよ。私もお客として杏沙の職場の雑貨屋さんに行くけど、杏沙の表情、凄く生き生きしていて楽しそうでカッコよく思うし」

「ありがとう、話できたこともだけど、そう言ってもらえて少し気が楽になったよ」

杏沙は笑顔で言う。


 カフェから帰る道すがら。

杏沙は一軒のコスメショップに立ち寄った。

「前向きになりたいから、たまには違う色を試そうかな」

パステルカラーのコーナーを見ながら、見本に爪をあてがう。

「……うん、決めた」

杏沙は決めた色のネイルを買って帰る。


 家に帰ってすぐ、杏沙はネイルを落とす。

「バイバイ、落ち込む自分」

そして、新たに買ったネイルを塗ってみる。

「いらっしゃい、前向きな自分」

その指先は、青空のように澄んだパステルの水色だった。

心が青空のように晴れ渡った、と思ったからこそ選んだ色だ。

コスメショップで見つけた時、この色も、ネイルのローテーションに取り入れたいと杏沙は思ったが、それはすぐ実現した。

しばらくの間、真紅のネイルはお休みだ。

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爪色模様 金森 怜香 @asutai1119

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