無法都市ニューウォルド
第5話 仄暗い巣窟
もし現実世界で私を育てた小さな町が第一の故郷だとするならば、この無法地帯を私の第二の故郷と呼びたい。
ニューウォルド、星系の辺境に位置するコロニー衛星都市。ここは各勢力の管轄外に位置し、各地からの流民が集まってできた集落だ。このゲームが提示する美しい文明や壮大な叙事詩が光であるならば、すべての闇はここに凝縮されているのだろう。裏社会を体験したいなら、まずこの地が第一選択肢となるに違いない。
麻薬や臓器取引、そして身体改造が横行しているこの地には、言うまでもなく、PKは日常茶飯事だ。秩序を守る者などおらず、あるのはギルドがそれぞれ派閥を組み、牽制し合うことで辛うじて保たれている薄氷のような均衡だけだ。違法建築がコロニー全体に広がり、暗く複雑な道を作り出し、プレーヤーの屑どもが身を隠す場所となっている。
私はこの都市の湿った暗闇の匂いを愛している。さらに言えば、現実世界では決して味わえない、ここに充満する濃厚で暴力的な香りが何よりも好きだ。
ほら。
暗い路地裏で、私はナイフを相手の太腿に突き刺し、ひねり上げた。リアルな血しぶきがわずかなエフェクトとともに、傷口からどくどくと流れ出る。相手は顔を隠しているが、その苦しげな表情ははっきりと見て取れる。
「言えよ、お前たちは何者だ。普通の盗賊じゃないだろ?この街で私の名前を知らない奴はいないはずだ。襲いかかってきた奴は、状況が分かっていない新入りか、頭のネジが一本外れている狂人か、どちらかだ。だが、お前らはそのどちらでもなさそうだな。素直に話せば、見逃してやってもいい。」
再度ナイフをひねると、相手の体が痙攣し始めた。
「ま、待ってくれ!俺たちの標的はお前じゃない!ただの依頼で、お前と敵対するつもりはないんだ!」
「ほう?」
私は気付いた。こいつの視線が私の肩越しに何かを見つめていることに。振り返ると、そこには青ざめた顔の皇女がいた。皇女は私の服の端をしっかりと握りしめ、小さな体を私にぴったりと寄せていた。まあ、箱入り娘にとっては、これくらいの刺激は少々強すぎるかもしれないな。
「……ああ、なるほど。誰かがこいつを殺すように依頼したのか。で、その依頼を出したのは誰だ?」
「勘弁してくれ!俺にはわからないんだ!あいつは顔を隠していて、名前も名乗らなかった!ただ、あの皇女を殺せって言われただけだ!誓って、本当にそれしか知らないんだ!」
「そうか。嘘ではなさそうだな。」
私はナイフを収め、立ち上がった。目の前に倒れ込んでいる暗殺者は、ほっと安堵の表情を浮かべた。しかし次の瞬間、その表情が再び強張った。理由は簡単。私が彼の額に向けて、拳銃の銃口を突きつけたからだ。
「全部話しただろ!さっきは見逃してくれるって言ったじゃないか!」
「すまん、すまん。気が変わった。うん、やっぱり仲間のところに送ってやるのがいいだろう。お前が情報を雇い主に流したら、こっちが面倒なことになる。」
「まっ……!」
「全損おめでとう。次は、襲撃する相手をもっと慎重に選ぶことだな。」
パンッ。私の愛用する実弾銃が火を吹き、相手の頭を壁にぶちまけた。サイドクエストをクリアし、心がほんのりと温かくなった。青ざめて固まっている皇女を軽く叩き、親指で路地の奥を指し示す。
「ぼーっとするな。こっちだ。ドロップアイテムは放っておけ。どうせバカどもだから、大したレア物はないだろう。」
「……わかったわ。」
襲撃者たちが場景の一部となった死体を跨ぎ越え、私たちはさらに奥へと進んでいく。最終的に、下へ続く階段の前で足を止めた。私は重厚な鉄の扉を叩き、上にあるカメラに向かって手を振った。
「私だ。後ろの奴は連れだ。」
機械の作動音がしばらく響いた後、重たい鉄扉がゆっくりと開かれた。その向こうに隠れていたのは、古びたバーだった。暖色の照明に加え、少しばかりのネオンが装飾され、時折タバコの煙が漂っている。顔に傷跡がある巨漢が、ピシッとしたスーツに身を包み、カウンターの後ろで無言でグラスを拭いている。扉が開いた瞬間、少ない客たちの視線が一斉に私たちに突き刺さったが、私は気にせずそのまま中へ踏み込んだ。
私は皇女の方へ振り向き、にっと笑みを浮かべた。
「ようこそ、不思議の国への入り口、幻想の旅の始まり――海賊傭兵酒場『ラビットホール』へ。まずは紹介しよう。ここ一帯の管理者であり、仕事の仲介人、そして情報屋、通称フィクサー、シロウサギだ。」
「……シロウサギだ。よろしく。」
腹の底から響く低い声を発しながら、巨漢、つまりシロウサギは皇女に向かって軽く会釈し、その後鋭い視線を私に向けた。
「イチジク。お前、前回の任務で依頼主を殺したそうだが?」
「大したことじゃないさ。任務を無事に終わらせたら、向こうが報酬の支払いを拒否して、ついでに私を始末しようとしたんでね。だから逆に全員ママのところに送り返してやった。」
「だが、生き残った奴よると、お前が前金を受け取った後、奴らの品を奪って、ボスを虐殺したと言っていたぞ。」
「へぇ、それは申し訳ないな。じゃあ、その生き残りをここに呼んで対質させてくれよ。」
「それはできない。」
シロウサギは深い溜息をついた。
「お前とその男を会わせたら、また前みたいに一発で殺されるだろう。そろそろPK癖を直したほうがいいぞ。」
「あら、残念。」
「まあ、お前の言葉を信じよう。何しろ、相手は嘘つき常習の海賊だからな。ただ、依頼主を殺した故、この件でお前の評価は少し下がる。」
「そのくらいのペナルティなら。」
「ふん。それで、今回は何の用だ?どう見てもただ任務の報告に来たわけじゃなさそうだ。」
「ええ、大仕事かも。お前に情報提供とチームの手配を頼みたい。」
「――ほぅ、面白そうだな。これまでずっと単独行動を貫いてきたお前が、今回はチームを募ろうとしているなんてな。詳細は?」
「喜べ。」
シロウサギは疑わしげな目を私に向けた。私はそんな彼をよそに、にやりと笑って、隣にいる皇女の肩に手を置いた。
「国盗りだ。」
ヘルダイブ・サンサーラセクター 浜彦 @Hamahiko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヘルダイブ・サンサーラセクターの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます