強面王子への想い、幸せな日々

 リーズ公爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

 エリザベスの前には夕食後のデザートであるフルーツタルトが出された。

 しかし、エリザベスは俯いたまま、フルーツタルトに手を付けようとしない。

(ウィリアム王子殿下……。もしあの素敵な笑顔をわたくし以外の、特に女性に向けていたとしたら……)

 モヤモヤとした感情がエリザベスの心を支配する。

 そのせいでエリザベスはここ数日甘いものを見ても全く手を伸ばせなくなっていた。

「リザ……! 貴女最近甘いものを全く食べていないじゃない……! どうしたの? 体調が悪いの?」

 母へスターはエリザベスが甘いものを食べ過ぎることを案じていたが、流石に好物を全く食べなくなったエリザベスの異常に気付いた。心の底からエリザベスを心配している表情である。

「リザ、医者を呼んだ方が良いか?」

 父アランも難しい表情をしている。

「お父様、お母様、体調は全く問題ありませんので大丈夫ですわ」

 エリザベスは力なく微笑んだ。

「そう……」

 へスターの表情からは心配が消えなかった。もちろんアランもである。

 エリザベスが甘いものを食べなくなったことはリーズ公爵家の使用人にも知られており、現在リーズ公爵家にはエリザベスを案ずる雰囲気が漂っていた。






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 王子レスリーを出産し、すっかり回復した王太子妃主催のガーデンパーティーが開催された。

 エリザベスはこのガーデンパーティーに招待されており、王太子妃や王族の者達に挨拶をした後は自由にしていた。

 いつもなら、真っ先にケーキが置いてある場所に行くのだが、この日も気分が乗らないようだ。

 一応ケーキが置いてある場所に行ってみるものの、食べる気にはなれないエリザベスである。

 ふわりと風が吹き、エリザベスのブロンドの髪が靡く。

「リーズ嬢?」

「殿下……」

 ウィリアムに声をかけられたエリザベス。しかし、思わずウィリアムから目を逸らしてしまう。

(ウィリアム王子殿下……会いたかったのだけど……どうして今は会いたくないと思ってしまうのかしら?)

 エリザベスの中にモヤモヤとした気持ちが灰色の雨雲のように広がる。

「今日はいつものようにケーキを食べないんだな」

 ウィリアムは意外そうにアメジストの目を丸くしていた。

「最近……食欲がないのです……」

 ウィリアムとは目を合わさず、ぎこちなく笑うエリザベス。

「体調が悪いのか?」

 ウィリアムは心配そうな表情になる。

「いえ、体調面は問題ありませんわ」

 エリザベスは俯いてしまう。

(駄目……。きっと今のわたくしは酷い顔をしているわ。こんな顔、殿下に見られたくない)

 気持ちがぐちゃぐちゃになり、エリザベスはどうしたら良いか分からなくなってしまう。

「……リーズ嬢、休憩室に行かないか? 一旦ゆっくり休んだ方が良いように思える」

 低く重厚で、エリザベスを心配する声。

 エリザベスは「はい」とゆっくり頷いた。






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 エリザベスはウィリアムに連れられて休憩室にやって来た。

 促されるがまま、エリザベスはソファに座る。そしてその隣にはウィリアムが座る。

「リーズ嬢、体調面に問題がないならば……何か心配事があるのか?」

「それは……」

 エリザベスはウィリアムに目を向ける。

 相変わらず顔が怖いが、アメジストの目は真剣にエリザベスを心配してくれていることが分かる。

わたくし、変なのです」

 エリザベスは俯きながらポツリと呟く。

「変……?」

「はい。最近おかしいのです」

 エリザベスはゆっくりと自分の胸の内を話し始める。

「正直に申し上げますと、殿下の顔はお怖いです」

「ああ、よく言われるな」

 ウィリアムはエリザベスの正直な言葉に苦笑する。

「そのせいで殿下は誤解されています。わたくしの友人達も、殿下のことを怖いと言っておりました。ですが、わたくしは殿下に素敵な部分があることを知っております」

「……おう」

 ウィリアムは思わず頬を赤らめる。

わたくしはもっと他の方々に殿下の素敵な部分を知って欲しいと思っているのですが……」

 エリザベスはそこで口籠る。

「同時にそれが嫌だと思うのです。わたくしだけが、殿下の素敵な部分を知っていたいとも。他の方々にも知って欲しいと思いつつ、おかしいですわよね」

 エリザベスは自嘲する。

「それに……殿下が他の方々……特に女性にあの素敵な笑顔を向けているところを想像したら……モヤモヤした気持ちが溢れてどうしたら良いのか分かりませんの」

 エリザベスのアクアマリンの目からは涙が零れた。

「リーズ嬢……!」

 ウィリアムはアメジストの目を大きく見開いた。






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『それに……殿下が他の方々……特に女性にあの素敵な笑顔を向けているところを想像したら……モヤモヤした気持ちが溢れてどうしたら良いのか分かりませんの』


 エリザベスの言葉に衝撃を受けるウィリアム。

(リーズ嬢……! 俺は自惚れても良いのか? 君の感情を、俺の都合の良いように受け取って良いのか?)

 その時、アイリーンから言われたことを思い出す。


『ウィル、まずはエリザベスに其方の気持ちを伝えるところからではないのか?』


(もしかしたら、今がリーズ嬢に気持ちを伝えるタイミングなのかもしれない)

 ウィリアムはグッと拳を握りしめる。

「リーズ嬢、君はおかしくない。俺だって、君と同じ気持ちになることがある。特に、君に関することならば」

 ウィリアムはゴクリと唾を飲み込み、言葉を続ける。

「リーズ嬢が俺以外の男に笑顔を向けるのは……嫌だと思うし、俺だけが、君のことを知っておきたいと思ったりもする。君を知る他の男に嫉妬するだろうな」

「殿下だけが……わたくしを……」

 エリザベスはアクアマリンの目を見開いていた。

「ああ。だって俺はリーズ嬢に惚れているからな。俺は君が好きなんだ。俺が作ったお菓子を心から美味しそうに食べてくれて、嬉しかったし、君が幸せそうにお菓子を食べる表情を、ずっと側で見ていたい。俺だけにその表情を見せて欲しいとすら思っている」

 照れながらも真っ直ぐ伝えるウィリアム。

 自分の顔が怖くなっていないだろうかと少し不安になっていたが、エリザベスが怯えた様子はない。

わたくしは……」

 エリザベスはゆっくり口を開く。






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『ああ。だって俺はリーズ嬢に惚れているからな。俺は君が好きなんだ。俺が作ったお菓子を心から美味しそうに食べてくれて、嬉しかったし、君が幸せそうにお菓子を食べる表情を、ずっと側で見ていたい。俺だけにその表情を見せて欲しいとすら思っている』


 ウィリアムの本心を聞き、エリザベスはまるで欠けたパズルのピースがぴったりはまったかのような感覚になった。エリザベスの心の中に何かがストンと落ちて温かい気持ちが広がる。

(ああ、この気持ちだったのね。嫉妬心と恋心。わたくしはウィリアム王子殿下が好きなのだわ)

 エリザベスはようやく表情を綻ばせることが出来た。

「殿下のお気持ち、本当に嬉しいです。わたくしも、殿下のことが好きです。殿下のお側にいたいです」

 エリザベスはアクアマリンの目を真っ直ぐウィリアムに向けていた。

「リーズ嬢……!」

 ウィリアムは嬉しさに破顔する。

 厳つさは残るが、自然な笑みである。

 心底嬉しい様子が伝わって来る。

「とても嬉しい。ならばリーズ嬢、俺と……結婚してくれないだろうか? 女王陛下母上には許可をもらっている」

 ウィリアムのアメジストの目は真っ直ぐエリザベスを見つめている。

 エリザベスは嬉しそうに頷く。

「はい、喜んで。きっとわたくしのお父様も反対しませんわ」

 アクアマリンの目は今までの中で一番輝いていた。

「それならば、改めてリーズ公爵家に打診してみよう。それと……リーズ嬢、君のことをリザと呼んでも構わないだろうか?」

「ええ。殿下にそう呼んでいただけるのは嬉しいですわ」

 エリザベスはふふっと笑う。

「ありがとう、リザ。それなら俺のことはウィルと呼んでくれ。殿下などの敬称も必要ない」

「……ウィル?」

 エリザベスは恐る恐る呼んでみると、ウィリアムは満足そうな表情をしていた。

「リザ、実は今日まだ出していないケーキがあるんだ。俺が作ったやつだが、食べるか?」

 フッと笑うウィリアム。するとエリザベスはアクアマリンの目をキラキラと輝かせる。

「はい! いただきますわ!」

 甘いものへの情熱も戻ったようだ。

「良かった。いつものリザだ」

 ウィリアムも楽しそうに笑っていた。






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 その後、すぐにエリザベスとウィリアムの結婚が認められた。

 ウィリアムの隣で幸せそうに微笑むエリザベスの姿。そしてエリザベスに向けられるウィリアムの優しい表情。

 国内貴族はウィリアムの意外な一面に驚きつつも、二人の結婚を祝うムードが漂っていた。

 また、完全にではないが、ウィリアムへの誤解も少しずつ解け始めていた。


 そして今日もウィリアムは空いた時間にお菓子作りに励み、エリザベスはウィリアムの手作りお菓子を食べてこの上なく幸せそうに微笑むのであった。

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強面王子の甘い秘密 @ren-lotus

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