強面王子の決意と令嬢達の噂
ある日、ウィリアムは緊張したような、何かを決意したような様子で王宮の廊下を歩いていた。
眉間に皺が寄っており、アメジストの目は絶対零度よりも冷たく、研がれたナイフのように鋭い。恐ろしさがいつもより三割増しである。
王宮の使用人達は、そんなウィリアムを見て思わず
ウィリアム付きの護衛達も、少しだけ彼から距離を取っていた。
しかし、そんなことを気にしている暇はないウィリアム。
やや
ウィリアムは目的の場所の前で立ち止まる。
目の前にあるのは荘厳な扉。
ウィリアムは扉をノックする。
「
低く重厚だが、どこか硬い声のウィリアム。
拳はほんの少しだけ震えていた。
ウィリアムが訪れたのは女王であるアイリーンの執務室だった。
その様子を見て護衛達がヒソヒソと話を始める。
「なあ、多分今の殿下、相当お怒りだよな?」
「ああ、間違いない。いつもより怖過ぎて話しかけられない雰囲気だ」
「殿下の怒りの原因は何だ? 俺達は特に何もしていないよな?」
「いや、もしかしたら殿下の知らないところで怒らせたとか……? 女王陛下に訴えて斬首刑にするとかは……流石にないよな……?」
「殿下なら問答無用で斬り付けそうだが……」
ウィリアムの護衛達は戦々恐々とした様子である。
「お前達」
ウィリアムはそんな護衛達に呼びかける。
「は、はい!」
護衛達はビクビクしながら姿勢を伸ばす。
「お前達はここで待っていてくれ。
ウィリアムのアメジストの目はギロリと護衛達を睨んでいるように見えた。
本人からすれば、別に睨んでいるつもりはないのだが、強面のせいで誤解されやすいのである。
「しょ、承知いたしました!」
護衛達はビクビクしながらもビシッと礼を
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「ウィル、何の用だ?
アイリーンのエメラルドの目は興味深そうにウィリアムを見ている。
「確かに、ウィリアムは何か困りごとがあったとしても、一人で解決するタイプだからな」
アイリーンの執務室にはレオもいた。レオはアイリーンの隣に座っている。
「その……」
ウィリアムは口籠る。眉間の皺は更に深くなり、アメジストの目もかつてない程に鋭くなっていた。
「ウィル、顔が怖くなっているぞ」
アイリーンはウィリアムを怖がることなく、むしろ笑い出す始末。
「アイリーン、きっとウィリアムは緊張しているんだ。ウィリアム、一旦深呼吸をしてみなさい」
レオはどこか優しげな表情である。
ウィリアムはレオに言われた通り、深呼吸をする。
すると、少しだけ心が落ち着いたような気がした。表情も少しだけ和らいだ。
「以前
「ああ、言っていたな」
「その……添い遂げたい相手がいるのです」
ウィリアムの声は少し掠れていた。
「ほう……。して、その相手は誰だ?」
アイリーンはエメラルドの目を丸くして前のめりになる。
「……エリザベス・モニカ・リーズ嬢です」
ウィリアムの拳にグッと力がこもる。
「なるほど、リーズ公爵家の一人娘か」
アイリーンは考え込むよに腕を組む。
「俺がリーズ公爵家に婿入りして国内貴族のパワーバランスに問題が生じるのなら、解決してみせます。ですから、この国の女王陛下である母上に、リーズ公爵家への婿入り及び、問題解決の為に独自で動く許可をいただきに参りました」
ウィリアムのアメジストの目は強く真っ直ぐだった。
「うむ、其方の覚悟、しかと受け取った。其方がリーズ公爵家に婿入りすることで、ネンガルド王国内の貴族のパワーバランスが崩れることはない。そこは心配しなくて良い。だが……」
アイリーンはニヤリと悪戯っぽく笑う。
「ウィル、まずはエリザベスに其方の気持ちを伝えるところからではないのか?」
ウィリアムはギクリと表情を引きつらせた。
「それは……」
図星過ぎてウィリアムは何も言えなくなってしまう。
レオは立ち上がり、ウィリアムの肩を軽くポンと叩く。
「ウィリアム、まずはそこからだ」
レオのアメジストの目は、父親の眼差しだった。
「はい」
ウィリアムは困ったように苦笑した。
「
ウィリアムはアイリーンからの許可を得て、少しだけホッとした様子で執務室を後にするのであった。
ウィリアムが出て行った後、アイリーンは椅子に深くもたれかかる。
「レオ、息子の成長は早いものだな」
エメラルドの目はどこか感慨深そうだった。
「ああ、その通りだ」
レオも扉の向こうにアメジストの目を向けていた。
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その頃、エリザベスは交流のあるロッキンガム侯爵家のお茶会に招待されていた。
(紅茶風味のスコーン、バターたっぷりのショートブレッド、フルーツがふんだんに使われたスポンジケーキ……どれも美味しそうだわ……!)
やはりエリザベスは甘いものに目を奪われていた。どれもエリザベスに自分を食べてと訴えかけているようである。
(まずはスコーンかしら)
エリザベスがスコーンに手を伸ばそうとした。
「リザ様」
丁度その時、エリザベスはとある令嬢から話しかけられた。
「ナディーン様、どうかなさいまして?」
エリザベスはきょとんと小首を傾げる。
ナディーンという令嬢はこのお茶会主催のロッキンガム侯爵家の長女。エリザベスと同い年でかなり仲が良いのだ。
「お菓子を選ぶ邪魔をしてごめんなさいね。ただ、少し気になることがありまして」
ナディーンはエリザベスが三度の飯より甘いものが好きなことを知っているのだ。
「ウィリアム王子殿下のことですわ。リザ様は最近殿下と夜会でご一緒にいる様子をお見かけしておりますの。それで、もしかしたらリザ様はウィリアム王子殿下に脅されているのではと心配になりまして……」
ナディーンは心底エリザベスを心配している様子だった。
「その件は
「ええ、
他の令嬢達も心配そうな様子だ。
(ウィリアム王子殿下……お顔が怖いせいで色々と誤解されているのね)
エリザベスは内心苦笑していた。
(でも、殿下は素敵な面がたくさんあるのよ)
エリザベスは表情を綻ばせる。
「皆様、ご心配ありがとうございます。ですが、
エリザベスのアクアマリンの目はキラキラと輝いていた。おまけに頬も少しだけ赤く染まっている。
穏やかで幸せそうな表情だった。
ナディーン達は目を丸くして、お互いに顔を合わせる。
「左様でございますか。リザ様が嫌な思いをしていらっしゃらないなら安心ですわ」
ナディーンはホッとしたような表情である。
「ええ。是非皆様も、ウィリアム王子殿下とお話ししてみてはいかがでしょうか? きっと殿下の素敵な部分を知ることが出来るはずですわ」
エリザベスはふふっと笑う。しかし、それと同時に胸がチクリと痛んだ。
(もしナディーン様や他の方々が殿下の素敵な部分を知ったら……殿下のあの笑顔が他の方々に向けられたとしたら……。どうしてかしら? 殿下の素敵な部分をもっと多くの方に知っていただきたいのに、それを嫌だと思ってしまう。どうして……?)
エリザベスの胸の中にはモヤモヤとした気持ちが広がった。
それにより、エリザベスはお茶会で出されたお菓子を楽しむことが出来なかった。
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