強面王子の優しさ

 時が少し経過した頃、ネンガルド王国全体が盛り上がる出来事が起こった。

 王太子夫妻の間に男児が生まれたのだ。生まれた男児はレスリーと名付けられた。

 新たな王子レスリー誕生により、ネンガルド王国全体はお祭りムードだった。


 しばらくすると、産後の王太子妃の体調も安定し、社交界に少しだけ顔を出せる程度になった。

 よって、王宮ではレスリー誕生と王太子妃の回復祝いの夜会が開催された。


 しかし、エリザベスはそんな夜会でも出されたケーキに夢中だった。

 女王アイリーン、王配レオ、王太子夫妻、王族の者達に挨拶をした後は、すぐにケーキが置いてある場所に向かってしまう。


(八種類もあるのね。ケーキは一日四個までだから、全種類は食べられない……)

 エリザベスは目の前のケーキにアクアマリンの目をこれでもかというくらいに輝かせながらも、四個しか食べられないことに肩を落としていた。

(どれも美味しそうなのに、この中の四種類は諦めないといけないのね……。どれを選ぶか迷うわ)

 エリザベスはケーキを目の前に熟考している。

(クロテッドクリームが添えられた糖蜜パイは確定ね。それから……苺のミルフィーユ、ナルフェック王国のお菓子だわ。これも食べましょう。残り二種類は……)

 その時、背後から声をかけられる。

「リーズ嬢」

 低く重厚な声だ。

 ケーキ選びに夢中になっていたエリザベスは肩をピクリと震わせて振り返る。


 そこにいたのは熊を彷彿とさせるような大男。夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪にアメジストのような紫の目。顔立ちは厳つく、成人男性でも逃げ出す程。

 ウィリアムである。


「殿下……!」

 エリザベスはハッとし、カーテシーで礼をろうとするがウィリアムに止められる。

「挨拶なら最初にしたから改めて礼を執る必要はない」

「お気遣いありがとうございます、殿下」

 すっかりウィリアムに怯えなくなったエリザベスである。

「それで、リーズ嬢、何やら悩んでいるようだが、何かあったのか?」

「はい、その……ケーキが八種類あるのですが、リーズ公爵家で決められた約束でわたくしはケーキを一日に四個しか食べられないのです」

 エリザベスは悩ましげに八種類のケーキを見つめる。

「そういえば以前リーズ公爵や公爵夫人がそんなことを言っていたな」

 ウィリアムはエリザベスに謝罪をした時のことを思い出した。

「ええ。ですから、この夜会で出されたケーキを半分諦めないといけないのです」

 エリザベスはシュンと肩を落とした。

 その姿にウィリアムは思わず表情が綻ぶ。

「リーズ嬢、それなら全種類のケーキを俺と半分ずつ分け合わないか? そうすれば君は全種類のケーキが食べられるし、ケーキは一日四個までという約束を破らずに済むぞ」

「まあ……! 殿下、素敵な提案をありがとうございます!」

 エリザベスはパアッと明るい表情になる。アクアマリンの目は心底嬉しそうに輝いていた。


 早速八種類のケーキをウィリアムと半分ずつに分けて全種類食べるエリザベス。

(キャラメルみたいなコク、パイ生地のサクサク感、クロテッドクリームの濃厚さ……糖蜜パイ、最高ね! スパイスとも相性が良くて何個でも食べられるわ!)

 糖蜜パイを一口食べたエリザベスはうっとりと天国にいるかのような表情である。


 他の七種類のケーキもじっくりと幸せそうに味わうエリザベス。

 彼女にとって至高の時間だった。


「リーズ嬢は本当に幸せそうに食べるな」

 ウィリアムは口角を上げ、表情を和らげる。

 厳ついが、アメジストの目はどこか優しげだった。

「はい! 本当に美味しくて、何個も食べられますわ」

 ケーキを食べ、頬が緩みっぱなしなエリザベス。

 しかしリーズ公爵家での教育が行き届いているのでだらしない雰囲気はなく、淑女としての品があった。

「ではリーズ嬢にとってどれが一番美味しかったか?」

「そうですわね……」

 ウィリアムからの問いに悩むエリザベス。

「どれも非常に美味しかったですが……一つ選ぶとすると、この糖蜜パイでございます。甘さ、スパイシーさ、クロテッドクリームとの相性、パイのサクサク感、総合的に踏まえて一番でしたわ。この糖蜜パイ、何個食べても飽きないでしょう」

 エリザベスはふふっと花が咲いたような笑みになる。

「それは……嬉しいな」

 ウィリアムはいつの間にか口元が緩んでいた。

「この糖蜜パイを作ったのは俺だ」

 少し照れながらカミングアウトするウィリアム。

「まあ! 殿下が! この前のキャロットケーキやマカロンといい、やはり殿下がお作りになるお菓子は魔法がかかっているかのように美味しいですわ! 毎日食べたいくらいです!」

 エリザベスは大輪の花が咲いたような満面の笑みである。

 するとウィリアムは破顔する。

「毎日か。そんなに気に入ってくれたのなら、俺としても作り甲斐がある」

 自然な、怖さを感じさせない笑みである。

 エリザベスは思わずウィリアムの笑顔に見惚れてしまった。

(殿下、やっぱり自然な笑顔が素敵だわ。それに、最初は怖いと思ったけれど、本当はお優しい方なのね。わたくしが全種類のケーキを食べられるように提案してくださったのだから)

 穏やかな感情の中にときめきが広がる。

「リーズ嬢? 俺の顔に何か付いているか?」

 ウィリアムはアメジストの目を丸くし、不思議そうに首を傾げている。

 表情に怖さが戻っていた。

 エリザベスは思わずクスッと笑ってしまう。

「殿下、先程の自然な笑みの方が良いですわ。またお顔が怖くなっております」

 クスクスと笑いが止まらないエリザベス。

 初めはウィリアムの顔の怖さにより気絶したのだが、今ではすっかり慣れていた。

 ウィリアムの趣味や優しさを知り、エリザベスは柔らかな気持ちに包まれていた。

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