強面王子、恋に落ちる
そこは極めてシンプルで実用的な部屋だった。
置かれている家具は全て上質で洗練されており、それでいて使い勝手が良さそうである。
部屋の中央にあるカウチソファには、ウィリアムが横になっていた。
ここはウィリアムの私室である。
ウィリアムはアメジストの目をぼんやりと天井に向けていた。
『先程の殿下の笑顔は自然でとても素敵でしたので』
エリザベスの、鈴の音が鳴るような可愛らしい声が蘇る。
(俺の笑顔が自然で素敵……か。初めて言われたな)
ウィリアムは相変わらずぼんやりと天井を見つめながら、過去を思い出していた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
三年前、ウィリアムが十五歳の時。
母からの呼び出しがあり、母の私室にウィリアムは向かった。
「ウィル、来たか。まあ座りなさい」
ハスキーで威厳ある声だ。
ウィリアムの母であり、ネンガルド王国女王でもあるアイリーン・プリシラ・メーヴィス・シャーロット・ハノーヴァー。
夕日に染まったようなプラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた髪に、エメラルドのような緑の目である。これらはハノーヴァー王家の特徴だ。
アイリーンは男をも凌ぐ程の長身であり、顔立ちも中性的なので、男性と間違われることが割とよくあるそうだ。
アイリーンの隣に座っているのは、ウィリアムの父親でネンガルド王国王配である、レオ・マリレーヌ・ルイス・キャサリン・ハノーヴァー。
レオは海を挟んだ隣国ナルフェック王国の王子であり、ネンガルド王国に婿入りしたのだ。
月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にアメジストのような紫の目は、ナルフェック王家の特徴である。
レオも非常に長身であり、神々しい顔立ちだ。
アイリーンに言われ、席に着くウィリアム。
何の為に呼ばれたかは聞かされず、ただ三人のお茶会が始まる。
「ところで
ウィリアムはアイリーンの考えが読めず、正直に質問した。
「おお、そうだった」
アイリーンはハッとし、一口紅茶を飲む。
やはり女王なだけあり、紅茶を飲む動作ですら非常に優雅で威厳がある。
ウィリアムは思わず背筋が伸びる。
「ウィル、
アイリーンの言葉に思いっきり紅茶を吹き出してしまうウィリアム。
「ウィリアム、落ち着きなさい。汚いぞ」
レオはそんなウィリアムに苦笑しながらハンカチを差し出した。
「
レオから差し出されたハンカチを受け取り、口元を拭きながら呆れ気味にため息をつくウィリアム。
「その通りだ。だがウィル、去年其方をお披露目してから其方が人を数人殺した極悪人だという噂が流れていてな。まあ其方には護衛を複数つけていて、其方が何か悪さをしようものなら護衛に筒抜けなのだが」
「それなら
「一応本人の口からも聞いておかねばと思ってな」
あっけらかんと笑うアイリーン。
「まあ、其方が人を何人か殺している極悪人という噂は完全なデマで、誰も信じてはいない。だが、やはりその噂が出るのはウィルの顔のせいだろうな。其方は
アイリーンはウィリアムの顔を見て苦笑する。
「簡単には変えられない顔のことを言われても困りますよ」
ウィリアムは困ったようにため息をつく。
「ああ、確かにその通りだ。ただウィル、其方はあまり笑わぬではないか。皆から恐れられているのはそのせいでもあるぞ。其方は国内貴族の家に婿入りし、臣籍降下する必要があるが……令嬢達から恐れられてばかりでは婿入り先がなくなるぞ。ウィル、まずは笑顔だ。笑ってみろ。作り笑いも王族として必要な技術だ」
「……こうでしょうか?」
アイリーンに言われるがまま、ウィリアムはニコリと口角を上げてみる。
しかし、アイリーンとレオは何とも言えない表情になった。
ウィリアムの笑みはどこからどう見ても裏社会を牛耳るボスのような笑みだった。
「……ウィル、其方はそういった芸当が苦手なようだな」
「まあ人には得意不得意があるから、ウィリアム、気にすることはない。私も頭脳面では実の妹に勝てないからな」
アイリーンとレオは困ったように苦笑するだけだった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
(エリザベス・モニカ・リーズ嬢……)
ウィリアムの脳裏に浮かぶのはエリザベスの姿ばかり。
(俺はあまり笑顔が得意ではないが……リーズ嬢は俺の自然な笑顔が素敵だと言ってくれた)
ウィリアムの胸の中に温かいものが広がった。
ウィリアムが作ったキャロットケーキやマカロンを幸せそうに食べるエリザベスの姿。
その姿を思い出す度に、ウィリアムは何も手に付かなくなってしまう。
艶やかなブロンドの髪、アクアマリンの目、童顔で可愛らしい顔立ち、そしてエリザベスの柔らかで愛らしい笑みが脳裏にこびり付いて離れない。
(リーズ嬢……最初は怖がらせてしまったが……彼女の笑顔をもっと見たい……。彼女の声をもっと聞きたい……。俺が作ったお菓子で、彼女をもっと笑顔にしたい……。俺は……リーズ嬢のことを好きになったんだ)
ウィリアムの中に生まれた温かな気持ち。それはエリザベスへの恋心だった。
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