強面王子の意外な一面
(あの見事なまでに美味しいキャロットケーキを作ったのが……ウィリアム王子殿下……!?)
エリザベスはウィリアムの言葉に衝撃を受けて固まっていた。
アクアマリンの目は大きく見開いたままで、口も半開きになっている。
「リーズ嬢……?」
ウィリアムは相変わらず厳つく怖い顔だが、恐る恐るエリザベスの目の前で手を振る。
そこでようやくエリザベスはハッと意識を取り戻した。
「本当に……殿下があのキャロットケーキを作ったのでございますか?」
エリザベスはおずおずとした様子だ。
するとウィリアムは「ああ、そうだ」と頷く。
「左様でございましたか。殿下が作ったキャロットケーキは、今まで食べたキャロットケーキの中で一番美味しかったですわ」
エリザベスは昨日の夜会のキャロットケーキの味を思い出し、うっとりとした表情になる。
「そう……か。俺は趣味で時々お菓子を作ってこっそり夜会に出しているんだ。君にそう言ってもらえて嬉しい。ありがとう」
ウィリアムの表情が柔らかくなった。
「いえ。こちらこそ、素晴らしいキャロットケーキをありがとうございました」
エリザベスはウィリアムへの警戒心が嘘のように消えていた。
「それにしても、殿下のご趣味がお菓子作りだなんて、意外でしたわ。こっそり夜会に出していると仰っているのなら、公言はしていないのですわね?」
「ああ、俺の趣味を知っているのは身内や親しい者達だけだ」
「では、
「それはどちらでも構わないが……多分言ったら間違いなく揶揄われたり、お菓子に毒を入れて人を殺すつもりがあるなどと噂されそうだ。俺は貴族達から極悪人だと言われているからな。この顔のせいで」
ウィリアムは諦めたように苦笑している。
「そんな……。確かに、殿下のことは怖いと思っておりました。でも、あんなに美味しいキャロットケーキをお作りになる方が悪い方なわけありませんわ」
エリザベスは前のめりになり力説した。
するとウィリアムはアメジストの目を丸くし、その後再び表情を和らげた。
「ありがとう、リーズ嬢。ちなみに、先程リーズ嬢に渡したマカロンも、俺が作ったものだ。口に合えば良いが」
少しだけ自信がなさそうなウィリアムだ。
「そんな、殿下はあんなに素晴らしいキャロットケーキをお作りになるのですわ。きっとこのマカロンも美味しいはずです。今この場で食べてみてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
ウィリアムの答えを聞いたエリザベスは、すぐに透明な袋からマカロンを取り出して一個食べる。
(これは……!)
エリザベスのアクアマリンの目がキラリと輝く。
(まろやかな甘さ、口の中に広がる上品なバニラの香り……! バタークリームの濃厚だけれどくどすぎない甘さ……! それに、ほんのりとブランデーの香りが痺れて最高よ……!)
目を瞑り、エリザベスはバニラマカロンを堪能していた。
そして次はピンク色のマカロンに手を伸ばす。
(これは苺ね。爽やかな甘酸っぱさ。中のクリームはホワイトチョコで、苺の甘酸っぱさと調和しているわ。これはきっと何個食べても飽きないわね)
エリザベスは気付けばショコラマカロンとシトロンマカロンにも手を伸ばし、ウィリアムが作ったマカロンを完食していた。
「どれも本当に美味しいですわ。ありがとうございます、殿下」
明るく花が咲いたような笑みのエリザベス。アクアマリンの目はうっとりとしており、心底満足している様子が手に取るように分かる。
「リーズ嬢の口に合ったようで良かった。君は本当に幸せそうに食べてくれるから、俺も作って良かったと思える」
ウィリアムはどことなく嬉しそうな様子だ。アメジストの目は優しげにエリザベスを見つめていた。
「リザ、ご機嫌なところ水を差すようだけれど、貴女は今マカロンを四個食べたわ。ケーキなどの甘いものは一日四個まで。つまり今日はもう甘いものを食べてはいけないわよ」
「そんな……!」
へスターの厳しい言葉にエリザベスはショックを受ける。
「お母様、マカロン四個でケーキ一個分ですわ。それに、昨日はケーキを三個しか食べていませんから、今日はもっと甘いものを食べても良いはずです」
アクアマリンの目に涙を溜めながら必死に訴えるエリザベス。
しかし、へスターは容赦ない。
「その理屈が通用するわけないじゃない。もし今日少しでも甘いものを食べたなら、今後一ヶ月間甘いもの禁止よ」
「リザ、へスターはお前の体を案じてくれているんだ。甘いものの食べ過ぎは体に良くないからな。今日はもう我慢しなさい」
アランも厳しかった。
「そんな……。お父様もお母様も酷いですわ……!」
エリザベスはガックリうなだれる。
「リーズ嬢は本当に甘いものが好きなんだな」
その様子にウィリアムは思わず吹き出して破顔していた。
厳つさは残るが、怖い顔が嘘のようである。
極めて自然な笑顔だった。
(あらまあ……)
エリザベスはアクアマリンの目を丸くする。
同じように、エリザベスの両親であるアランとへスターも目を丸くしていた。
「ん? どうかしたか?」
ウィリアムはきょとんと首を傾げた。
「いえ、殿下もそんな風に笑えるのですね」
「そんな風に……とは?」
いまいちピンと来ていないウィリアム。
「先程の殿下の笑顔は自然でとても素敵でしたので」
エリザベスはふふっと柔らかく表情を綻ばせた。
「そう……なのか……」
ウィリアムはアメジストの目を丸くしていた。
それと同時に、彼の中にじんわりと温かい感情が生まれたのである。
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