最終話 八千矛の原稿が完成「フィクションに決まってるだろ」

 ミッション終了後、大会議室では技術者たちが集まって懇親会が行われた。八千矛は参加した技術者たち一人一人にナマハゲまんじゅうを配った。前もって総務が用意したであったが、もし、ミッションが失敗していたら、この菓子はどうしていたのだろうか?

 懇親会が終わっても、末永は作業部屋から出てこなかった。自分が見た波形データがあると信じていたからだ。末永は存在するかわからない波形をひたすら探し続けていた。

 そんな末永に声をかける人物がいた。

「君の探している波形データはこれだろう?」

「そうそう、これこれ」

「君の言っていたことはあってるんだけど、センサーデータのシフトは校正不足が主な原因だと思う。あの時はアボートまでの判断に時間がなかったから波形データそのものを入れ替えさせてもらったよ」

 末永にタブレットを差し出した腕の方を見上げえると、そこには八千矛が直立し、末永を見下ろしていた。

「はっ!!八千矛さん!!え、何で立ってるんですか!!立てるんですか!!!」

「いちいち立ったり座ったりするの面倒だし、車いすに座っていると移動が楽だからね」

 八千矛は腰を軽くトントンたたきながら答えた。

「君も新会社に来てもらうよ。ちなみに、私が推薦した新型のリユース型ロケットの開発責任者なんだけど・・・」

 末永は目を丸くしながら、復唱した。


「新型ロケットの開発責任者は?」


 末永の思考を支配していた波形データのことは、すっかりとどっかに行ってしまった。しかし、八千矛部長が、この状況でこの話をするということは、まさか・・・まさか・・・。

 末長の頭の中では、家族に転勤と昇進を報告する様子についてシミュレーションが始まっていた。


「新型ロケットの開発責任者は、

 この私『八千矛稔』だ」


「え、まさかの自己推薦なんですか?」


「リユース型ロケットの開発だから、技術者もリユースしないとね」


 その時、安全体操の音楽が放送で流れ始めた。どこからともなく、岩崎の社章入りのシルクハットが飛んできて八千矛はそれをキャッチした。

 安全体操は普段より、アップテンポで、八千矛はメロディーに合わせて小走りし、タップダンスをし、ムーンウォークをしたあと、最後はターンして、ハットを手にして決めポーズをした。

「ところで、Cタイムって何の意味だか知ってるか?」

「集中のCの意味なんじゃ・・・」

「静かにするという『しー』って意味もあるらしいぞ・・・」

 あっけにとられる末永は、そのまま八千矛の車いすに座り込んでしまった。

「はっはっは、新会社で会おう」

 八千矛はシルクハットを末永にかぶせると、岩崎賛歌を口ずさみながら、退出していった。



 春牧製作所の部長室で内線電話が鳴った。本社広報からであった。

「八千矛さん、わたし、何でもいいって言いましたけど、まさか小説を送ってくるとは思いませんでした。小説の中で、八千矛さんが立ったり走ったり踊ったりして活躍してますけど、ひょっとして、本当は歩けるんですか?」

 八千矛は一瞬、にんまりしてから答えた。

「ははは、フィクションに決まってるだろ」

「そうなんですね。この原稿、ちょうど原稿用紙50ページほどありますので、これ、どこかの文学賞にでも出してみたらどうでしょうか?」

「ほう、お世辞でもそういってくれるとうれしいね。どこかいいところあるかね?」

「そうですね。秋田県にゆかりのある文学賞があります。あとで募集要項をメールで送っておきますよ。ちなみに、これ、原稿を4部送らなければならないらしいです」

「わざわざ知らせてくれてありがとう。ぜひ応募してみることにするよ」

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ロケット技術者 八千矛稔の回顧録 乙島 倫 @nkjmxp

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