第8話 発射責任者八千矛の最終判断
声を上げたのは何と第二段エンジン責任者の末永だった。ルールたで定められた取次を無視する形になったので、取次者の赤井がにらみつけた。
予冷が不十分なら、エンジン始動時に爆燃が発生し、機体やエンジンに破損が生じる可能性がある。そもそも、予冷系の上流側のどこかでリークや閉塞が疑われる。いずれにせよエンジンは正常動作しない可能性がある。
ISS軌道上で機体爆発があれば、大量のデブリが発生し、ISSが危うい。緊急離脱でミッションフェールか?司令室に緊張が走った。
オペレーターがガラスカバーのある緊急停止ボタンの位置をチラリと確認した。緊急停止ボタンは2箇所あり、二人のオペレーターが同時に押すことで作動する。緊急停止の際は軌道を離脱する。一度、軌道から分離すると復帰はない。地上の安全な場所への投棄となる。
別の技術者が訴えるように声を上げた。
「第一エンジンの予冷は正常です」
設計上は第一エンジンの推力を115%まで上げるだけで、ISSへの到達は可能である。推力を上げると燃焼室の疲労破壊のリスクは格段に跳ね上がる。安全性の配慮からエンジン単独作動での接近は許容されていない。
発射責任者八千矛が最終判断を行う。温度センサーのテレメトリーを目視確認し、ゆっくり頷いた。
「これはスパイクノイズです。ミッションへの影響はありません。ミッションを継続してください」
第二段エンジンは正常に始動し、機体はぐんぐん加速していった。加速することで、地球に対する遠心力は大きくなり、機体の高度も上がっていった。
まもなく、第二段の燃料も枯渇する。
第二段機体が分離・投棄され、宇宙ステーション補給機NHTVは自らのメインスラスターとイオンエンジンでさらに増速を続けた。
上下左右のどの方向も満点の星で埋め尽くされている。この中で、唯一つ、目指すべき光がある。ISSだ。機体の視界にISSが見えた。ISSから交信が入った。
「(こちらISS。最終アプローチを許可します。)」
補助スラスターを噴射し、ゆっくりと再び増速した。ISSから伸びる複数のアームが補給機の機体をやさしく確保した。
「ミッション成功です」
司令室は拍手喝采に沸いた。
歓喜に沸く司令室。ミッション終了に伴い、司令室の出入り禁止が解除されると別室で作業していた志真と碓原が入室した。志真は八千矛に直接報告を行った。
「LRBの回収実験、無事成功しました」
主モニターでは、洋上のプラットフォーム上で直立するLRBのライブ映像が映し出された。プラットフォーム上では、対ヒドラジンの防護服を着た作業員たちがLRBの固縛作業を行っていた。
八千矛は映像を見てゆっくり頷いた。
「八千矛さん、事後報告なんですが、碓原はプラットフォーム班からリモート制御班に替わってもらいました。ヒドラジン残量予測が思ったより多いから、人数を絞るように言われたものでして・・・」
「YAXAから聞いていたよ。いずれにせよ、よくがんばった。ありがとう」
八千矛は志真、碓原と固い握手を交わした。
一方、スコークをあげた末永は当惑していた。
「スパイクノイズだと?そんなバカな?」
末永はタブレットの波形をもう一度確認した。しかし、そこにあるのは確かにスパイクノイズだった。
無駄駄なスコークを上げてしまった。誰かが、あの瞬間に差し替えたとしか思えない。いや、そんなことはますますありえないだろう。末永は疑問から抜け出せずに苦悶していた。
しかし、末永は焦っていた。岩崎重工ではちょっとしたわずかなミスも出世に影響すると末永は思っていたからだ。今から挽回する方法を考えなければ。末永は波形データに何か他の異常がないか確認し始めていた。
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