行商人

 セラと分かれた後、俺は村に一軒しかない宿屋へと泊まった


 無論、俺は文無しだ。では金は一体どこから湧いてきたのかと言えば、セラの財布からになる。彼女は先行投資だと言ったが、ありがたさより申し訳なさの方が勝つ。

 やはり、オタクたるもの貢がれるより、貢ぎたいのだろう。


 いつまでもあると思うなセラの金だ。出来るだけ早く、金を稼がなくてはならない。それも自立した方法で。




 そのようなことをベッドの上で考えていたら、気づけば朝日が昇っていた。疲れは取れているが、不思議と寝た感触はない。自分が思う以上に疲れていたのだろう。


 俺はセラの村案内を反芻しながら、一つの金儲けを思い付いた。

 あるのだ、冒険者ギルドが。


 年甲斐もなく、わくわくしてしまう自分がいた。


 俺はTRPGのリプレイ本を読み漁った世代。

 気の合う仲間たちと、未知と危険へと挑む。成功の報酬として与えられる金銀財宝、何よりも仲間たちの絆が深まるのを実感する。そして、家へと帰り、話し合うのは次の冒険の予定。そこには青春と呼ぶべき何かが詰まっている。

 わくわくしないはずがなかった。

 なかったのだが。



 宿を出て十分ほど歩く。

 少々迷った末にたどり着いた建物の外観は、掘立小屋だ。

 中に入れば、ちょっとした机に、棚、木工ボード。下手をすればセラの自室よりも貧相な部屋には一言『冒険者ギルド支部』の文字。


 人もいない。

 夢は死んだ。



 俺はしばらく立ち尽くした。

 しばらく待てば、「ここはお前のようなガキが来る場所じゃねぇ」というおじさんが訪ねてきて、そこで俺は粘るのだ。何時間も待つだろう。ときにはおじさんが俺に暴力を振るうことだってある。それでも言うのだ。冒険者になりたい、自分の夢なんだと。おじさんは俺の眼をじっと見つめ、言う「あんちゃん根性あるな?」そして、床板の一枚を片手で引きはがす。すると地下への入口が現れる。闇へと通じる不気味な地下だ。石積みの階段を下り、長い廊下を抜けると、遠くから喧騒が響いてくる。誰かの歓声、殴打音、酒瓶のぶつかる音、息をのむ俺の前に重厚な扉があり、意を決し、扉を開けると………


 などということもなく、ただ時間を浪費して終わった。

 俺が部屋を出ようと扉を開けたとき、ちょうど入れ違いになった人物がいた。


 もちろん、俺を酒場へと案内するダンディなおじさんではない。


 男は太っていた。

 あどけない少年顔に、俺よりも一回りもある体躯、片手には食べかけの黒パンが握りしめられており、物がぱんぱんに詰まったリュックを背負っていた。


「おっと、冒険者の方かい?」

「ああ、そのつもりだ」

「気持ちの問題じゃないと思うけど」


 男の喋り方はどこか間延びしたものだ。呑気そうにも馬鹿そうにも見える。


「ええと、この村の人か?」

「いや、僕はアルマンド。行商人だよ。革製品を取り扱っている。君は?」

「俺はイーだ。まぁ夢追い人だと思ってくれ」

「うん、今度は気持ちの問題だね」


 何というか、緩い。あくせく生きていない感じがした。


「それで、ここには何の用で来たんだ?」

「依頼だよ。ちょっとした頼み事なんだけど」


 男はちらっと中を覗く。


「ここでは無理そうだね?」


 男は行商人なのだ。このような村に遭遇したのも一度や二度ではないのだろう。俺に比べれば、感情の起伏はごくなだらかなものだった。


「なぁ、もしよければ俺が受けたいんだが。依頼内容を聞いていいか?」

「うーん、冒険者ギルドを通さない依頼、本当は良くないんだけど、まぁいいか」

 うーん、適当だ。俺はその適当さにあやかっているから文句は言えないが、適当すぎるな。


「捜索依頼だよ、妹の形見を落としたんだ。先に水晶が付いたペンダント。場所は多分この村。報酬は成功したら銀貨2枚、あと言っておくけど、ペンダントに銀貨2枚の価値はないからね?」


 報酬は思い出料を上乗せしてる、と男は付け加えた。

 なるほど、形見か。重要な依頼だ。男の剣呑な雰囲気のせいで伝わらないが、実際はもっと焦っているのかもしれない。

「よし、万事任せてくれ」



 ということで………俺はセリのもとを訪れた。

「ということで、ではありません。私だって暇じゃないですからね?」

 俺の説明を聞くや否や、セラはそうそうに怒りだした。


「いや、俺も一人で探したんだが、見つからなくてな」

「もう、分かりました。手伝います。その代わり……」

「その代わり?」

「報酬は半額いただきます」


 もちろんだと、返事する。いやね、申し訳ないね。

 自立しようと決めていた自分が恥ずかしいよ。


「それと、私が報酬を貰うことは内緒にしておいてください」

 理由を問う前に、セラは身支度を始める。俺も慌ててついていった。



 今度は司祭のもとだ。

「ふむ、人助けですか?」

「はい、人助けのために『もの探しの奇跡』を起こしたいのですが?お願いできませんでしょうか?」


 セラが報酬のことを秘密にする理由が分かった。つまり、セラもまた、司祭を頼る気でいたのだろう。


 アルマンドの依頼は俺へと渡り、俺からセラへと委託された。さらにセラから司祭へと委託されたのだ。つまり、司祭は孫請けというわけだ。罪悪感があるな。


「セラ?もちろん、教義を全うすることは素晴らしいことです。ただ、無償でやると約束したからにはお布施も頂いてはいけないのですよ?分かりますか?」

 セラは視線を合わせず答えた。

「も、もちろんですよー、あはは」


 可愛い、がバレバレだ。


「神に誓えますか?」

「もう、誓いました」

「そうでなくて、ここで、誓って下さい」


 セラは俺に視線で助けを求めてくる。アーメン、麗しき彼女をお助けください。と祈ってみる、がもちろん何も起こりはしない。

「分かりました」


 セラは観念したように下を向き何かを唱えている。

「よくできました。それでは『もの探しの奇跡』を起こしますね」

 と司祭が祈った瞬間だ。


 カーン、と甲高い音が鳴った。金物を落としたような重量感のある音だ。

「音の場所に向かいましょうか」

「ああ」


 ペンダントは何の変哲もない住宅間に落ちていた。落としたにしては不自然だ。誰かが蹴り上げたのかもしれない。


「見つかりましたけど………」

 セリは苦々しい顔を浮かべている。


「どうした」

「その、報酬は頂かない方針でいいですか?」

「ああ、いいけど」

 誓ってしまったのだから仕方ない。神だって少しくらい、お目こぼしをくれてもいい気がするが、それを無神論者の俺が言ってはいけないだろう。


「それと、イーも報酬無しでいいですか?」

「待て、俺は誓ってないぞ?」

「落とし主から頂かない、という誓いなので………」

 俺も含まれるというわけか。


 まぁ、宿代をセリからもらっているのだ。俺が文句をつけることではない。

 それに、俺たちのしたことと言えば、司祭に頼み事をしたくらいなのだ。孫請け作戦の罰が当たったのだと納得しよう。


「ああ、分かった」



 そういえば、商人であるアルマンドの居場所を聞いていない、と危惧していたのだが、冒険者ギルド(仮)に彼はいた。彼の居場所を村民から聞くことが出来たのだ。



 冒険者ギルド(仮)の扉をそっと開ける。

 アルマンドは机に腕をつき、指を組み、祈るようにして頭を下げていた。多分、俺が依頼を受けてからずっと。


「アルマンド?」

「っあ、イーさんですね?何か御用でしょうか?」

「いや、依頼の件なんだが」

「やっぱり、見つからなかったんですか?」

 やはり、イーは剣呑な雰囲気で応対をしている。だが、彼がずっとここで祈っていたとすれば、彼は冒険者ギルドに藁にも縋る思いで来たのかもしれない。


「いや、見つかった。これがペンダントだ」

 水晶の光るペンダントをアルマンドに渡す。

 彼はそれを両の手で包みこむようにして受け取った。


「ありがとうございます。報酬は………」

「なしだ」


「なぜですか?」

「約束だよ。司祭が『もの探しの奇跡』で、聖女見習いはそれを探すのを手伝ってくれた。その子たちとの約束で報酬は貰わないことに決めた」


「奇跡を使用されたのなら、かなりのお布施が必要になるのでしょう?でも私には持ち合わせがないんです」


 アルマンドはイマイチ納得しなかった。奇跡という不思議現象には、普通、金がかかるものらしい。

「それなら、お礼はその子と司祭に言ってくれ。とにかく、俺はほとんど何もしてないからな」

「商人の世界では、只より高い物はない、という言葉があります。とにかく、何かあなたたちにお返しをさせてください」

 異世界にもないのか、只より高い物。しかし、強情だ。アルマンドは適当に見えて、義理堅いやつなのかもしれない。


「それなら、アルマンドに手伝って欲しいことがある」

「何ですか?」

「ある聖女見習いの子の夢を叶える手伝いだ」


 俺たちの作戦は聖女を、アイドルのように売ることなのだ。

 であれば、商売の知識を持っているものから助言を得れば心強いと思った。



 俺たちはセリを呼びつけた。


「………というわけで仲間が増えた」

「というわけで、じゃないです。勝手に増やさないでくださいよ、もう」

 今日はセリを怒らせてばかりな気がする。会って二日目なのに、大丈夫なのだろうか?


「で、言ったんですか?」

「なにをだ?」

「アレですアレ」

 アレとは、聖女になる夢のことだろう。

 もちろん、俺は言ってない、と返す。


「アルマンドさん?ぜっっったいに、笑わないでくださいね?」

「もちろんです」

 大丈夫、アルマンドは適当だし、義理堅いみたいだし。

「わ、私、聖女になりたいんです」


 アルマンドは笑わなかった。

 代わりに泣いた。

 号泣ほどではない、が一筋の涙を流した。

「な、なんで泣くんですか?」

「すみません、ちょっと思い出すことがあって」

 アルマンドはしばらく俯いていた。そして、決心をするようにして言った。


「そ、その、頼みなんですが、このペンダントを付けて見せてくれませんか?」

 変な頼みだと思う。ただ、俺たちはなぜかを聞くことはなかった。

 セリは黙って従ったし、アルマンドも黙ってそれを見ていた。

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推し活!異世界でNo.1 聖女を育てるには? 茜屋降 @kabotyazuki

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