一角獣のため息は人類を滅亡させる

よし ひろし

一角獣のため息は人類を滅亡させる

 衛星軌道上から見る地球は、いつ見ても綺麗だな……


 作業がひと段落ついて、眼下の青く輝く惑星ほしをしみじみと見つめた。

 漆黒の宇宙に浮かぶ青い宝珠。唯一無二の存在。

 しかし、あと一週間もするとこの光景は見れなくなるかもしれない――



 すべての始まりは今から五年間の冬であった。

 いっかくじゅう座宙域で急激な増光現象が観測された。丁度一角獣の顔近辺で、その後の光の広がりがまるでユニコーンが吐息を漏らしている様だと話題になった。だが、それは後の重大事のプロローグでしかなかった。

 増光現象の観測から程なくして、その光の中に見え隠れする黒い物体の存在に世界中の天文家達が気が付いた。その後すぐに、それは小惑星であることが確認され、誰言うとなく『一角獣のため息』という呼び名が付けられた。


 ここまでなら、素晴らしい天体観測ショーだと喜ばれただろう。

 だが、その小惑星が地球に真っ直ぐ向かっている様だという事が確認され、十数年後には衝突する可能性が高い、との計算結果が発表された途端に、世界はパニックに襲われた。

 その小惑星の大きさは直径二~三十キロはあり、地球に直撃すれば恐竜の絶滅時と同様の大災害が地球を襲う――その情報に誰もが恐怖した。

 だが、神は更なる最悪を用意していた。

 小惑星のスピードが加速しているのが観測されたのだ。故に当初の予想より更に早く、二~三年で衝突するかもしれない――そのニュースの発表で、人類は絶望した。一角獣のため息の表面が光を反射しにくい物質で覆われているため、小惑星としては大きなものであるにもかかわらず、その時まで発見されず、各種観測もしづらいことが、人類に残された時間を極端に短くしていた。


 もちろん人類も黙って指をくわえていただけではない。

 あらゆる可能性を探り、同時進行的に実施した。


 中国とロシアが協力し、核ミサイルを打ち込んだ。

 NASAはこんな事態の為に準備していた、DART(テロイド・リダイレクション・テスト)――無人探査機を小惑星に衝突させて軌道を変える作戦を実施した。

 しかしどちらも有効な効果を得られなかった。


 そこで、世界が協力し、有人による小惑星着陸、爆破破壊計画を練り上げ、実施した。アルマゲドン作戦と名付けられたそれは、最後の希望ともいうべき捨て身の作戦であったが、小惑星に着陸することも出来ずに失敗、人々を絶望のどん底に落とした。


 そんな中で、真の最終作戦として立案されたのが、『太陽の槍』作戦であった。地球の衛星軌道上に太陽光を反射させるミラーパネルを並べ、小惑星・一角獣のため息に向けて光を収束させる――ガンダムのソーラ・システムを実現させようと言うわけだ。

 一角獣のため息が漆黒であることも、この作戦の実施を後押しした。虫眼鏡で太陽光を集めて紙を焼くとき、白よりも黒の方が早く燃え上がる――それと同じことで、漆黒の星が相手なら、より効果が早く、強力な打撃を与えられるはず、というわけだ。


 そして、衝突まで一週間となった今、やっとそのソーラ・システムが完成するところだった。



『こちら中央指令室。Z-3、作業の進捗状況を報告せよ』

 通信が入る。

「こちらZ-3。Z301~320までのミラーの最終調整を終了。現在のところ問題なし」

『了解。作戦開始まで十八時間を切った。疲労がたまっていると思うが、あと少しだ。残りの作業も細心の注意を払って、しっかり終えてくれ』

「了解。お互いに頑張ろう、ラストスパートだ」

 そこで通信を終えると、スタンバイモードにしていた作業艇のスイッチをオンにする。

「さあ、やろうか」

 自分に気合を入れるように声に出してから、今一度地球に目を向けた。


 この騒動で人類にとって唯一といえる幸いがあった。

 戦争が無くなったのである。

 それまで世界各地で紛争や内戦が起こり、第三次世界大戦も間近と言われるほど深刻な状況に陥っていた人類であったが、この小惑星の衝突のニュースと共に、争いが徐々に収まっていった。自分たちのより良い未来を求めての争いがほとんどだったのだ。戦いに勝ち現状をよくしても、未来がなければ意味がない、そう言うことなのだろう。

 皮肉なことに、いま地球人類は歴史上かつてないほどの平和?な状態にあった。


「外敵がないと一つにはまとまらないか、人間なんて奴は……」


 誰に言うともなく呟いてから、作業艇の操作レバーをグイっと握り、姿勢制御用のアクセルペダルを踏み込んだ。微かな振動と共に作業艇が太陽光反射パネルの一つに近づく。


 作戦開始まで約十八時間。

 小惑星・一角獣のため息の衝突まで一週間。


 さて、人類は生き延びるのか? それとも絶滅か?


 その答えは、今は神のみぞ知る、というところだ……



Fin

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