第3話

ーー10月7日 18時頃 都内の雑居ビルの一室


15〜20人ほどの者たちが狭い何もない部屋に集まっている。


「皆さん、準備は良いですか?」


一人の男が声をかけた。

顔に貼り付いた笑顔の胡散臭い男だ。

周りの者たちは年齢や性別はバラバラ、学生や社会人に年老いた老人まで幅広い。

だが、皆一様に真剣な表情で男を見つめている。


「覚悟は決まりましたね?では、一人一本お取り下さい。我らの信ずる者から賜った、聖なる泥です」


男の取り出した箱には、人数分用意されたネクロイドが巻かれたタバコが入っていた。

それを一本ずつ取り、みな火を点ける。


「焦らず、ゆっくり吸って下さい。吸ってからおよそ7秒程で脳に聖なる泥が行き渡ります。彼らと融合する感覚を味わって下さい」


では私も、と言い男もタバコを咥え、火を点ける。

ふー、と煙を吐くと男は手元に拳銃を用意した。

周りの者たちも、同じように拳銃を手元に持っている。


「中には特別な弾が入っています。一人1発ずつしか無いため、間違って撃ってしまわないよう気を付けて。徳の高い者は選ばれし者となる可能性もあります。それでは皆さん準備を」


みな、引き金に指をかける。


1分後、部屋は黒い泥で満たされていた。


◇ ◇ ◇


ーー同日 19時46分 特殊状況犯罪処理対策2課(所在地非公開)


「奈良さん!特対1課からの応援要請です!」


突然の要請に特対2課内は騒然としていた。

それも当然だ。2課の役割は単体で現れたデッドマンの駆除やネクロイドの販売を未然に食い止める為の捜査を行うのが主流だ。

その為、2課の戦闘員は吉野エイジ含め2名のみ。

それも1人は療養中の為、実質2課内の戦闘は現在エイジ一人が担当している。


それに対して1課の殆どは戦闘員で構成されている。計画的なデッドマンの大量発生や、2課で発見したネクロイドの製造工場の押収など、大規模な戦闘が予想される現場に派遣される。いわば、対デッドマンのスペシャリスト集団である。


「はー…1課みたいな連中がなんでウチに要請を?吉野一人増えたところで戦況は何も変わらんだろうに…」


奈良がぐちぐちと文句を言っている。

だがそれも当然だ。

いかにデッドマンの数が多いからと言ってトリガー使用者が一人増えたところで何か大きく場が動くことはない。

奈良の文句に対して、結崎がおすおずと口を出した。


「それが〜…その…吉野さん一人ではなくて、2課全員の出動が要請されているんです…」


結崎の言葉に奈良は呟いた。


「アザミさんめ…、何考えてるんだ…」


◇ ◇ ◇


夜7時半の繁華街。

普段であれば、ノリのいい大学生や仕事終わりのサラリーマン達がひしめき合い、そこかしこで笑い声の聞こえる空間である。

だが今は悲鳴や怒号で溢れかえる地獄絵図と化している。


「20…、いや30はいるな…」


昨日までは多くの人が行き交っていた繁華街は、30はいるかと思われる黒い泥の化け物で溢れかえっていた。


「おかしいな…最初の通報じゃ16、7匹ほどだったんですけど…」

「おおかた騒ぎに乗じて成ったか、絶命する寸前に連中の飛び散った肉片でも口に入った奴がいたんだろう」

「うへ〜…骨が折れるな…」


ツンツンにセットした金髪の男。

彼は「九条くじょうランマル」。特殊状況犯罪処理対策1課のリーダーにしてトリガー使用者の一人である。


「そんじゃ、アザミさん!作戦開始しますね?」

「あぁ…」


九条はくるりと後ろを振り返ると、彼の後ろに並ぶ部下達に告げた。


「時間もないから手短に!対象はおおむね30匹ぐらい、ひとり1〜2匹駆除すれば楽勝で終わる任務だ!いいか?ノルマ1人一匹だからな?ちなみに俺は、1人で5匹ぐらい狩っちゃう予定ね」

「デカい口叩き過ぎじゃねーかぁ?」

「あんたアンリよりも弱ぇ〜じゃねぇか」


九条はうるせぇと一喝するが、とても和やかな空気が流れている。

これから化け物と戦うとはまるで思えない雰囲気だ。


「…まぁい〜や、とにかく!現時刻から作戦を開始する!今回も生存者を探す云々の前に被害がでかすぎる!デッドマンのキル優先で、速やかに事態の収束を目指すよ〜に!では出動!」


九条が言い終わるやいなや、一体のデッドマンがぶるぶると身体を震わせながら近づいてきた。

全体の大きさは5メートル程とかなりの巨体だ。


「あ〜?」


デッドマンの触手が九条に伸びる。


「うっとおしぃ〜なぁ〜」


九条は腰に下げた小刀を取り出すと、襲い来る触手を全て斬り落とした。


『九条さん、マーカー設置…』

「いいよこいつは」


オペレーターを制しデッドマンへと走る。


「俺は大体わかるから」


九条はそう言ってのけると、デッドマンの肉を斬り刻み、掻き分ける。

次の瞬間、デッドマンは一瞬ぶるりと身体を震わせるとみるみる小さくなり、最後にはただの黒い水溜まりへと変貌した。

九条の小刀の先端には、鈍く光る赤い球体が突き刺さっていた。


「とりあえず俺は1キルね、みんなも頑張れよ?」


そう言って髪や顔に付着した黒い泥を拭い去る。

繁華街のデッドマン掃討作戦が開始された。

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死んだ泥のパレード @omanchin1945

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