第2話

デッドマン。

それは動く死体である。

ある薬物(通称ネクロイド)を摂取し、その後一時間以内に死亡したものは例外なくデッドマンとなる。

それには人であった時の面影は一切なく、どろどろとした粘性のある黒い液体で形成されており不定形である。

体長は2メートルから大きいもので7メートルほど。基本的にどの個体も凶暴で雑食の為、生物を認識すると即座に補食行動に移行する。


◇ ◇ ◇


『吉野さん、奈良さん。気を付けて下さい!デッドマン細胞の活性化を確認!既に補食行動が可能なぐらい成長しています!』

「見りゃぁわかるよ」


吉野エイジは淡白にそう応えると、ベルトの腰に装着している箱から1本のスティックと携帯端末デバイスを取り出した。


経口摂取型ネクロイド希釈装填装置、通称トリガー。


電子タバコのように、ネクロイドが埋め込まれたスティックをデバイスに挿し込み吸入する。

全身の細胞のアポトーシスを即座におこない、デッドマン細胞に置き換えることで肉体の運動性能、強度を底上げすることができる。

スティック1本での可動時間は5分で、可動中は肌が浅黒く変色し、全身から黒い蒸気が噴き出し続ける。

特殊状況犯罪処理対策課によって開発された、ただの人間がデッドマンに対抗する為の武器である。


「うし!」


エイジは軽く準備運動を済ませると、ぐじゅぐじゅと身悶えしている物体に向かって走り出す。

直後、それは身悶えを止め、変形させた黒い肉を触手のように振り回した。


(めんどーだなぁ…)


トリガーにより強化された運動能力、動体視力であれば、無造作に振り回される攻撃を避けることは容易い。

だが如何せん数が多く、ラッキーパンチを喰らってしまう可能性は高い。


「じゃあこれだなぁ」


エイジは腰に下げたホルスターから、一本の棒を取り出した。

特対課専用対デッドマン特殊警棒、特対課が開発したもう一つの武器である。4135カーボンスチールを採用した警棒で、全体に溝が掘ってある特殊な構造をしている。持ち手の底にスロットがあり、そこにスティックを挿し込むことでデッドマン細胞を溝全体に行き渡らせ、デッドマンに対して有効なダメージを与えることができる。


エイジは迫りくる触手を冷静に全て弾き飛ばしながら進む。デッドマンとの距離は既に1メートルを切っている。


「結崎ちゃん!核の位置は?」

『ちょっとだけ待って下さい…、左下、熱源確認!すぐにマーカー設置します!表面から30センチの深さです!』


結崎が言うやいなや、ドローンから赤く点滅するLEDがデッドマンの体表に向けて発射される。


「おっけー、この距離なら!」


エイジは特殊警棒を投げ捨て、デッドマンの身体に腕を突っ込む。スライムのような感触の肉を無理やりかき分けると、少しして確かな感触があった。


「素手でもぶち殺せるわい!!!」


エイジはそれをしっかりと握りしめると力いっぱい引きずり出した。

デッドマンの核。

それは赤い球体のような形をしており、どくんどくんと常に胎動している。

大きさはハンドボール程ではあるが、強度はデッドマンの身体と比べて頑丈にできており、人の握力では握り潰すことはできない。

デッドマンにとっての弱点であり、これを破壊することで完全に駆除することが可能になる。


エイジは力を込めると、いとも容易くそれを握り潰した。

同時にデッドマンはどろどろと溶けだし、最後には黒い水溜まりがエイジの足元に残るだけとなった。


「終わったな…うっ!」


全身から噴き出る黒い蒸気が止まると、エイジはその場に崩れ落ちた。


「おー、今回はちょっとギリギリだったな〜」

「それより毎回毎回終わる度にこの全身の痛みっ…!なんとかならないンすか!?」


5分超過後は置き換えられたデッドマン細胞は沈黙し、即座にアポトーシス。通常のヒトの細胞に再度置き換わる。


「え〜無理だよ〜、だって全身の細胞が入れ替わってるんだよ?むしろ痛みだけで済んでマシなぐらいだよ」

『担架…持ってきましょうか?』


エイジはうんうん唸りながら現場から運び出されることとなった。


◇ ◇ ◇


「お疲れ様です、鈴木さん」


唖然とする鈴木に奈良が話しかける。


「あ…あぁ…」

「デッドマンを見るのははじめてですか?」

「いや、何度か…、ただ、成るところを見るのは今回がはじめてで…」


鈴木は震える手でタバコを取り出し、口に咥える。


「私も一本頂いても?」

「え?…あぁ…」


奈良はふー、と煙を吐き出すと話し始めた。


「今回の容疑者、というかもう被害者かな?彼の身元の特定ができました」

「なんだと!?」


いくらなんでも早すぎると鈴木は続けた。

そもそも身元を特定しようにも容疑者はホトケどころか黒い泥になってしまっている。

そんな状態で特定などできるハズがない。


「ウチのチームに優秀な子がいてね、ここ1年の間でネクロイドを販売するプッシャーと購入した客をリストアップしてくれてるんです。そのリストの中に今回の被害者を見つけることができました。名前は田中ヒデヤス、48歳の無職で半年前に勤め先の工場を退職…、というかこれはクビっぽいですね、職場内でのセクハラが原因みたいですね〜。その後はどの会社も面接が受からず、貯金で食いつないでたみたいですけど、金がなくなったんでしょうね」

「いわゆる無敵の人か…」

「仰る通りです」


鈴木はタバコを深く吸うと煙を大きく吐き出す。


「結局、容疑者の死んだ原因はなんだったんだ?」


奈良は困ったような顔をして答えた。


「正直…司法解剖をしないことには死因までは…、ただ、黒い泥になっちゃったんで…」


確かにそれはそうだ、あんなどろどろになった状態で死因を探れというのは無理な話だ。

しかし、奈良は続けた。


「ただ、私はデッドマンの仕業だと思っていますよ。あのタイミングでの突然死はあまりに不自然過ぎる」

「俺もそうだ…」


連中の正体がわからない以上はこの話は平行線だ。

続けたとて意味はない。


「それじゃ、私はこれで。報告書の提出もしないとなので」


奈良は火を消して立ち上がると、ひらひらと左手を振りながらバンへと向かっていった。


◇ ◇ ◇


「ねーねー、あのおじさん結局すぐにやられちゃったみたいだよ?」


深夜0時、天井にランタンの吊るされた薄暗いコンテナの中、黒いフードを目深に被った小柄な女が声を発した。

ここは何処かの埠頭ふとう

そのうちのコンテナの一つでの会合が行われていた。

人数は8人ほど、彼らは年齢や性別はバラバラではあるが、皆がフードのついた黒いローブを身に纏っている。


「彼は所詮威力偵察ですよ、特対課の連中がどれほど出来るかを探るためのね」


長身で細身の、声からして年は20代後半ほどの男が話す。


「ただ、少々手こずっていた様です。あの程度であれば、計画の妨げにはならないでしょう」

「だが連中よぉ…、デッドマンの技術を流用してやがったぞ?今は大したことなくても今後は力をつけるんじゃねぇか?」


先程の男よりも、より長身で筋肉質な男が反論した。


「それも問題ありません。あくまでアレは仮初かりそめの力。本物のデッドマンには似ても似つかない紛い物ですよ」

「ならいいけどよ…」


長身の若い男がパンッと手を叩き、他のフード達の視線を集めた。


「さて、皆さん。今日集まってもらったのは他でもない、運命の日についてです」


おぉ、と歓声があがる。

男は身振りでいさめると、また話し始めた。


「ちょうど1カ月後、来る11月1日に、我々は人類に対して宣戦布告を行います…。その日を境に、世界は大きな転換期を迎えるでしょう」


そして、と男は続ける。


「我々が新世界ニューワールドを創るのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る