死んだ泥のパレード

@omanchin1945

第1話 デッドマン

「え〜、直ちに刃物を置いて投降しなさい」


ヨレヨレのTシャツの中年男性を複数の警官達が包囲している。

男の手には包丁が握られており、切っ先は向いていた。


「うるせぇー!!国の犬共が!!これ以上近寄るとマジで死ぬからな!!」


男はぶるぶると震えてはいるが、刃物はしっかりと自身の首に突き立てられている。


「鈴木さん…どうしましょう…?」


警官の一人が背広の男に声をかける。


「ありゃ〜ダメだな…」


鈴木と呼ばれた背広の男がぼそりと呟く。


「特対課に連絡しといて、多分…すぐにでも出動要請かかるハズだから」

「承知しました」

「はぁ〜…」


鈴木はガシガシと薄くなった頭を掻き毟った。


「流石にまだ人間である以上、射殺の許可は下りねぇよなぁ…」


◇ ◇ ◇


十数分程経った辺りで、黒い大型のバンが姿をみせた。

鈴木のすぐ側に停まると、黒いスーツをきっちりと着こなした男


「特殊状況犯罪処理対策2課!現着しました!」


あれが特対課…

なんでも、組織内でもイロモノが揃っているらしい…

特に2課は、特殊状況犯罪を未然に防止する役割もある為、経験を積ませる為か比較的若い人員で構成されている。

そのうちの、齢は35〜40ほどのおそらく最年長であろう、黒いサングラスとあごにびっしり生えた無精ひげの目立つ男がこちらに向かってきた。


「警視庁捜査1課の鈴木マサノリです、よろしく」

「これはどうも、特対2課課長の奈良アキラです」


課長がわざわざ現場に…?

ますますおかしな部署だな…。


「それで、鈴木さん。今の状況をお聞きしても?」

「えぇ…、おい山下!経緯と現状の説明を!」

「はい!刃物を持った男性が銀行に強盗に入ったとの通報を受け、1課が現場に急行しました。たまたまお昼時で来客も居なかったようですが、店内の様子を見た通行人が通報してくれたようです。スタッフ達も現在は全員バックヤードに避難してくれています。」

「人質が居ないのが不幸中の幸いですね…」


奈良ひげを擦りながら、考え込む素振りをしている。


「それで、なにかあるんですよね?我々を呼んだ理由が…」


そう…ただの強盗であれば特対課の応援は必要ない。まして、相手は刃物を持っているとはいえ中年のおっさんだ。武装した警官たちに抑えられないハズがない。


「それが…」

ですよ」


部下の発言を遮って鈴木が前に出る。


「あんたらを呼ぶ理由なんてこれしかないでしょ?我々の目の前でタバコを吸ったんですよ。そんで、すぐに自分の首に包丁を向けてる。あんたらを呼んでるんだからこれぐらい伝えるまでもなくわかるでしょう?」


鈴木は苛立ちを隠せずに捲し立てた。

当然だ、こいつらはそもそも警察組織内で組み上がった部署ではない。

メンバー全員が所謂いわゆる、部外者の集団なのだ。


「不快にさせたのであれば申し訳ない。ただ、状況を聞く限りではまだ我々の管轄外かと…」


続けて奈良は付け加える。


「まだ、では無いようですので…」

「なっ!?」


そのデッドマンにのを未然に防ぐのがこいつらの仕事じゃあないのか!?

そう思い、鈴木が詰め寄ろうとしたした時、奈良が思い出したように口を開いた。


「我々はデッドマンに成るのを未然に防ぐのではなく、デッドマンによる犯罪を未然に防ぎ、処理や対策をする組織です。彼の自殺は1課の皆さんが止めて貰えませんか?」

「っ!…」


文句を言いかけたが辞めた。

上等だ…、こいつらに仕事をくれてやる。


「お前ら…、容疑者を取り押さえろ…」

「で…ですが…」


慌てる様子の部下達に鈴木は伝えた。


「心配するな、どうせ容疑者に死ぬつもりはない。それに、万一としても、特対課の皆さんが処理してくださる…」


鈴木の発言に奈良はにこっと笑って見せた。


「鈴木さんの仰る通りです。万が一のことがあった場合は、我々特対課がバッチリ処理しますので」

「わかりました…、では…」


鈴木が無線で指示を出すと、ほどなくして包囲していた警官達が突撃した。

「確保ーーーー!!」

「先ずは刃物を取り上げろ!」

「テメェら!何しやがるっ!マジで死ぬぞ!?」


数分の格闘の末、中年男性は驚くほどあっさりと取り押さえられた。

取り押さえられた後も注年男性の怒号が聞こえていたが、それもすぐに聞こえなくなった。


「案外、すんなり上手くいったなぁ」


奈良は苦笑しながら、隣の青年に声を掛けた。


「お前の出番は無かったな?吉野」

「無くていいよ」

「とか言いながら準備バッチリじゃん」


吉野と呼ばれた青年は胸ポケットから手のひらサイズの箱と携帯端末デバイスを取り出した。


「これはタバコ!それに、何が起こるかわからないんだから準備するのは当然だろ」


吉野は、茶化すなよと一言呟いて箱に入ったスティックをデバイスに挿し込んだ。


「最近の若者はみんな電子タバコか〜、やだやだ」

「別にいいだろ、臭いつかないし、それに俺も言うほど若くないし」

「今25だっけ?まだまだ若いだろ、大体俺がもっと若い頃はさ〜…ん?」


何やら現場が慌ただしい。

奈良がそう思ったのも束の間、一人の警官が息を切らしながら飛び込んできた。


「しっ!失礼します!よよ容疑者のっ!心臓が!」


◇ ◇ ◇


「勢い余っちゃった?」

「そそそんなわけないじゃないですかぁ!」


若い警官は慌てながら否定する。


「手錠をかけた瞬間に突然苦しみだしたらしい」


慌てる警官を脇に押しのけて鈴木が出てきた。


「なにはともあれ、ここからはアンタらの管轄だ。ホトケのとこまで来てもらうぞ?奈良さん」


鈴木は倒れている容疑者の方を一瞥しながら言った。


「そうですね、ここからは我々の出番みたいだ。吉野、行くぞ」

「うす」

「あ〜、結崎ゆうざきちゃん?ドローン飛ばしてね?モニタリングよろしく〜」


奈良は無線でおそらくバンに乗っているであろう人物に指示を出し、ツカツカと現場に歩いていった。


「奈良さん」

「ん?」

「使いますね」

「おー、すぐやり合うだろうから今のうちに吸っとけ〜」


先程まで中年男性の死体だったものは、禍々まがまがしくうごめく化け物へと変動していた。

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