最終話 病院の窓とスケッチ

 新聞の見出しにはこう書いてある。

 日本のテロの危機防がれる!――東アジアで騒がれていた雷の鉄槌によるテロが、この日本で未然に防がれた。防いだ日本人28歳の男は、面接中にテロが行われることを知り、未然に防ごうとしてテロリストを取り押さえることに成功した。

 彼はテロリストにナイフで刺されて病院に入ることとなったが、意識が戻るところまで回復しているという。

 会社側は、彼を表彰したいと公式で発表している。


 僕は新聞を閉じて、お見舞いに持ってこられたスケッチブックを開いた。

 外は桜が咲いており、あの電車で会った高校生たちが鮮やかな世界で、学校の桜の下を歩いていくのだろう。そういうイメージがわいてくるほど、奇麗な桜だった。

 僕のお腹には包帯がまかれており、すこし指を動かすとジンジンと痛みが感じられた。しかし、鎮痛剤が聞いているおかげで、スケッチブックに絵を描くことが出来た。こんな時だから、最先端の医療を受けれて、日本に住んでいてよかったと思えた。


 カリカリと鉛筆でスケッチをしていると、トントンとドアを叩く音がした。

「どうぞ」

 僕が入室の許可を出すと、見知らぬ美人の女性が入ってきた。

「あの、どちら様ですか?」

 呆けた声で、僕は聞いた。

「助けていただいた、面接官です。覚えていますか?」

「あ! ええ! 一瞬、分かりませんでした。」

 髪を下して、白いカーディガンを着た女性。最初の面接官としてではなく、個人的にお見舞いに来たのだろう。その思いやりの姿を見て、僕は何とか、彼女に元気な事を伝えたくなった。

「スケッチが出来るくらい、元気ですよ」

 そう言って、スケッチブックを元気な証拠として見せた。

「あら。あなたの絵、とても世界が奇麗に見えてるんですね」


 僕は薄暗い世界の中から出た気がした。


 絵には電車の駅から学校へ向かう、ハツラツとした桜並木の下の学生たちがいた。そこには一点の曇りもなく、ただ未来へと向かう気持ちだけが感じられる。


 ずっと、思っていた。妬んだり、嫌な気持ちを起こさせるから、若い人をみて眩しく感じてしまうのだろうかと。

 僕は高校生たちをうらやましく思っていたんじゃない。

 僕自身が、若さや夢溢れる姿を、美しく感じていたのだと――

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僕の生きる現実は物語のようにはいかない 春野 一輝 @harukazu

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