最終話 二人手をつないで

 新聞の見出しにはこう書いてある。


 日本のテロの危機防がれる!――東アジアで騒がれていた雷の鉄槌によるテロ組織の一人が捕まった。事件はとある会社の面接中に起こり、勇敢な一人の男性が犯人を取り押さえた時を見計らい、面接者全員で取り押さえることに成功した。

 勇敢な男性はテロリストにナイフで刺されて病院に入ることとなったが、意識が戻るところまで回復している。


 会社側は、彼を表彰したいと公式で発表している。



 古新聞を閉じて、僕の母は血色の良い笑顔で僕たちに言った。

「本当にこの時は、ビックリしたんだよ!」

 あの事件があってからもう随分と経った。僕の怪我は意外と深くなく、病院を退院することが出来た。母は当時の出来事をこうやって見舞いに来るたびに無事だったことを喜んでくれる。

「私も当時のことがこうやって落ち着くことになって嬉しいです」

 当時の面接官だった専務の彼女がそう言った。

 母の病院のベッドの横に2つ椅子を近づけて、一緒に僕と並んで座っている。

 あのとき、ナイフを向けられた彼女は、僕に庇われたお礼に母の見舞いに一緒に来てくれている。

 今は僕にファンレターをくれる人だ。

「有名人にならなくたって良いのよ、絵を描いてる時のあなたがいっちばん自然体なんだから」

「うん、今も趣味でのんびり描いてるよ」

 僕は頷く。僕の漫画は仕事をしてなかった頃より順調に進んでいる。もしかすると、良い一作が仕上げられそうなくらいだった。もし描けたら、一番にお母さんを驚かせたい。

 ゆっくり、時間がかかったとしても。

 

「次は持って来るよ。お母さん、またね」

 僕は母に別れを告げて病室を出た。専務の彼女と手を繋いで。

 母はそれを見送って微笑むのだった。

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僕の生きる現実は物語のようにはいかない 春野 一輝 @harukazu

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