第3話 物語のように生きる
ははは、と冗談めかした笑いが僕の周りで起こった。
誰も本気にはしてないようだ。何とか説得しようと頭の中をぐるぐる回す。
「ブラック会社が!! うっとおしいんだよ!! こっちは困ってんだ!」
突然のキレた声。あの2番で出たヤバいやつだ。
その手には刃物が光っていた。
ぎょっとなって僕は飛びのきそうになった。
が、踏みとどまることになる。その刃物が面接の女性の方へ向けられたからだ。
「おまえだよ!! おまえ!! ブラック会社が!! 面接死ね!!」
そして刃物を振りかぶると、机の方へその凶悪犯は出ようとする。
どうすればいい?
俺は、この人生で何もしてこなかった。
物語を書いて、誰かを喜ばせる日が来るんじゃないかと絵を描いていた。
そうだった! 物語を持つ者は物語のように生きている。
そう、「物語を書く方法」の本で言ってたように。
だったら、今、物語のように生きてやる――!
僕は前に出た、唇を震わせ、テロリストを凝視しながら。
「やめろ! 刃物をしまえ!」
テロリストは聞かない。全力疾走しながら僕にぶつかってくる。
そうだ、これは現実だ――だから、僕は。
刃物がブッスリとみぞおちに入った。痛い! 涙が出る。
でも、ここで死ぬわけにはいかない。
僕は彼の懐に手を入れ、彼が動かないようにぎっちりと握った。
相手が僕を振りほどこうとするのを、頭の中で思う相撲のイメージでぎっちりと握りしめる。絶対話さないという意思を込めて。
目をつぶって振り回されていると、懐の固いものを握りしめていることに気付いた。
スイッチだ。
爆破のスイッチを僕は懐に手を入れてつかんでいる。
頭がフル回転する。もし、この人が爆発物を入れたことを信じられなかったら――ここの誰かが死ぬのだ。
僕は決心し、握ったスイッチを押した。
外で爆発音が響いた。
あの車の破片が、小さくガラスに叩きつけられたようだった。
これで、ここの人達が車の爆発に巻き込まれることはない――。
安心して意識が途絶えそうになる中、僕は今までの人生を振り返った。
走馬灯だ――。
僕は何のために、指にタコができるまでペンで線を引いた?
僕は何のために物語を書いてきた?
プロットをたて、構図を描き、色に悩み、終わるのを願いながら漫画を描いた?
全部没になった。全部、評価も、名声も、金も得られなかった。
でも、結局、描き続けたのは、お母さんが絵をほめてくれたからだ。
お母さん、ごめんね。
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