第2話 なんかヤバいやつ

 バンッ

 強くボンネットが締められ、話しかけた人がこっちに急に振り向いた。

「そうなんだよ! 困ってるんだよ! ブラック会社に!」

 突然彼は、怒気を高めて僕に叫んで言った。

「え、ええ?」

 僕は後ずさりして、逃げの体制を取った。

 何かわからないが、ヤバイ。

「お前もそう思うだろ!? 困ってっだろ!? ああ!?」

 よく見ると、彼は同じ面接用のスーツを着込んでいるようだった。

 相手はこっちを凝視しているようだが、僕を見ているようではなさそうだった。

 まるで、そう、自分の中の意見に賛同しているようだ!


「すみません、僕面接があるんで!!」

 僕は凝視する目から逃れるように、顔を振りかぶって逃げ出した。

「たたき壊したくねぇのかよぉーー!!」

 と大きな声が背後から聞こえた。


 僕は面接室の前まで走って逃げてきた。

 ぜぇはあと息をつく僕を、椅子に座って待つ他の志望者が不思議そうな顔をして見ていた。僕は息をついて、椅子の一つに座った。

 「(あ、あんなのも、面接に来ているのか……)」

 よくわからない恐怖のせいで、心臓の動機が耳にまで聞こえてくる。

 血管が膨らみ、どくどくと脈打つ音までが聞こえそうだった。


 座っている僕の前に、3と書かれた紙のカードが差し出された。

「集団面接の並ぶ順番です。忘れないように」

 淡々とそれだけ説明し、面接の受付の人だろうか? 部屋から出ていった。

 僕は息をつき、呼ばれるまで心臓を落ち着けることにした。


 大学を出て、僕は就職活動に失敗した。

 失敗した、というのはおかしい話かもしれない。自身の時間の使い方に疑問を持ってしまったというのもあった。

 きっかけは、同年代の従妹が海外留学に行く話を聞いた時だった。従妹は、自分が今ある体力で出来ることを今のうちにしておきたい。と夢を語っている噂を聞いていた。そして、実際カナダの方へ留学していった。

 僕もそう思ってしまった。僕は母から絵画教室に通わせてもらってから、不思議と絵が上手かった。高校でも、友人に褒められて、それからもずっと書き続けていた。

 だから、今の若い時間を、夢に使いたいと思ってしまったのだ。


 少し、寝ていたのだろうか。

 ぼんやりと目を開けると、番号を呼ばれる声がした。

「1、2、3、4番の方! 入って下さい」

 のっそりと、すこし倦怠感のある体を起こして、順番通りに並んで部屋へとぞろぞろと入っていく。棺桶に生きたまま入れられる心地だ。こんなにも、重圧を感じる事なんて人生であっただろうか。胃のあたりがずっしりと重い。


 順番に座って並ぶと、前に面接官が3人並んでいた。

 一人は眼鏡をかけ髪を一本に縛った女性専務だろう。とても威圧ある姿をしている。他の男性は新人の人事の人と、その先輩の偉い人事の人だろうか。

 ふと、何か知っているような人が隣にいるのに気づき、僕は横を見た。

 一瞬、大声を出しそうになった。

 あの、叫んでいた車の人じゃないか?

 そして、僕は彼の行動を思い出し、何か引っかかるような気がした。

 何か見落としてはいけないものを、見落としているような気がするのだ。


「2番の方、前へどうぞ」

 その人物は、興奮が抑えきれない様子で前に出て言った。

 ヤバいことが起こりそうな気がする。早く思い出さなければ。

 だが、思い出せない。

「朝の新聞は読みましたか?」


 僕はその言葉で鮮明に思いだした。

 あそこの駐車場は、社員の特別な人の駐車場だと看板があった事も。

 マークが槌と雷だったことも。

 それが、朝見た新聞の宗教団体のテロリストのマークだったことも!

「待ってください!!」

 僕は、面接の順番を飛ばして、面接官の3人へと叫んでいた。

 静かに、面接官は言った。

「なにかね? 座っていなさい」


 僕の頭の中で色々な整合性が、訳も分からないはずなのに、ピッタリと頭に当てはまる。朝の新聞で見たバスに仕掛けられた爆弾。東アジアで起こっているテロの爆弾事件の事も――!

「僕は今そこで面接している人が、車に爆弾を仕掛けているところを見たんです!」

 信じられないくらいの時間が過ぎ去ったように、その言葉で一瞬が静かになった。

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