僕の生きる現実は物語のようにはいかない
春野 一輝
第1話 28歳、初めて面接へ
新聞の見出しにはこう書いてある。
日本にもテロの危機か!――東アジアを筆頭として、新興宗教がテロを行っている。被害にあった国は、中国、韓国、シンガポール……近日は台湾でもバス内から爆弾が発見され、未然に防がれたものの、危機的状況は去っていない。
新興宗教の名前は雷の鉄槌と呼ばれ、そのロゴマークも雷型の槌であると情報が入っている。
そんな気が滅入るニュースが載った新聞を読み、僕は更に落ち込んだ。
「嫌な話題だな。面接で聞かれないといいけど」
2024年に入って、宗教団体のテロについては聞いたことが無かった。自分より上の世代の、かつてあったテロの被害を訴える本が家に置いてあったのは覚えている。
大きくなった時に、親父が勧めてきたその本は、当時のテロのインタビューが載っており、匿名性の証言が色々載っていたが、僕には退屈で分からなかった。
そんな僕の事を、親父は平和ボケだと叱ったことがある。
でも思う。別に平和にボケてたってかまわないじゃないか、と。僕は安穏と、この世界を生きていきたいのだから。
僕は、新聞をカバンの中に仕舞う。そろそろ、電車が駅に着くころだ。
電車には、朝から学校に通おうとする高校生たちの暖かさを共感しあう声が聞こえてくる。新学期が始まるのだろう。その声は元気いっぱいだ。そんな風景を見ていたら、電車は駅に着いた。
僕はスーツのネクタイを直す。そして、カバンをもって駅を降りた。
駅を下りていく高校生たちは若さで眩しい。
その眩しさの中でよどむ僕は、100通の履歴書を送り、未だに就職に着けない。漫画家志望を続けて28歳になってしまった、いわゆるニートだった。
あと30歳まで2年、大学を出て24歳から引きこもり、若いと思って転々とバイトをしては、時間の合間を見つけて漫画を描き、公募に送ったが、賞にかすりもしなかった。
漫画家になりたかったのか? と、問われれば、なりたかった。
美しい絵を見ては模写し、何万回と線を引いて、そして出来た下手な絵を見て辛くても、自分から出たものだと思うと、愛着で捨てられないくらい、僕は絵が好きだった。
いつか美しい自分の絵で、物語を飾りたい。
しかし、母の容態が悪くなり、僕は現実を見ないと生きていけなくなった。
絵ではお金が稼げないことを知っていた僕は、才能を育てることより、母の病院代をとった。
駅を出て曲がると、すぐ目的のビルが見えた。
ビルの横に駐車場があり、ここの働き手達の車が並んでいる。
僕はビルを前にして気圧された。
もうすぐ30手前の実績なしのおじさんだ。
その自信のなさが、すぐにも帰ってしまいたい諦めの感情で足を重くする。
だが、飛び込むしかあるまい。これは、やらなければならないのだから。
覚悟を決めて、僕は駐車場内を通ってビルの方へ進もうとした。
何か近くで何か物音がする。
ふと見まわすと、駐車場内で誰かが車を整備しているようだった。
車のボンネットが開き、整備しているエンジンが丸見えだった。
四角い部品がちらりと見え、何かギザギザとしたマークが黄色で書いてある。
どこかで見たことがある気がする。思い出そうとするが、もっと気になってしまうものがあった。
それは、開かれたボンネットの車が重役のものな気がすることだ。車の駐車場所の付近の看板に社員用と書いてあり、車の高そうな感じからすると、多分そうだろう。
ボンネットを開けているという事は、車は今開けている本人の物。つまり、ここの会社の偉い人で、車が壊れてチェックしているに違いない。
それなら、最初から好感度を上げておくには越したことは無い。
挨拶だ。そう、挨拶をしろ。
「こんにちは、何か困ってらっしゃるのですか?」
少しぎこちない喋りになりながら、かしこまって僕はその人に挨拶をした。
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