Prologue/誰が勝つかわからないなマジで

【ヒロインレース】

 それは命を賭して繰り広げられる過酷な生存競争。

【ヒロインレース】

 それは血で血を洗う仁義なき正妻戦争。

【ヒロインレース】

 それは勝者と敗者を明確に分け隔てる世界の縮図。


 三名の恋愛強者メインヒロインが集いしヒロインレース。

 役者は揃った。

 三者三様。思い人を射止めるために、じりじりと距離を詰めていく。果たして勝利を掴むのは、いったい誰であろうか。

 あるものは「早く告ってくれないかな~」と放課後の逢瀬を楽しみにして。

 あるものは「卒業したらすぐに迎えに行くわ」と幸福な未来を思い描き。

 あるものは「だって可愛げないからフラれるし」とありもしない想像に怯えつつ。


 全員、平等にラインの内側で、スタートの瞬間を今か今かと待ちわびる。


 ──その火蓋が、今、切って落とされる。


 💣💣💣 


 翌朝である。

 和泉は一人、いつものように学園に登校した。

 下足場で靴を脱ぎ、学園指定のシューズに履き替える。

 穏やかな朝であった。今日も昨日までと同じように、平穏な日々が過ぎるのだろう。そんな爽やかな陽気である。

 クラスメイトの佐藤が、楽しげに声をかけてきた。


「和泉!」

「おう。おはよ」


 彼も同じようにシューズに履き替えながら、なんや色めき立った様子で告げる。


「和泉、聞いた? 転校生の話」

「さあ? 俺は知らねえけど」


 すると佐藤、さもビッグニュースを仕入れてきたとばかりにコソコソと小声で告げてくる。


「弓道部の連中が言ってたんだけど、今日から二年に転校生が来るらしいぜ?」

「へえ。また微妙な時期だな」


 何せ四月の真ん中である。

 もう少し、遅いか早いかしたほうが、タイミング的にはよかっただろう。まあ、和泉にとってはどうでもいい話であった。

 そんな微妙に熱の籠らないリアクションに不満だったのか、佐藤が畳みかけるように告げた。


「しかも可愛い女の子!」

「あ、そういう……」


 どうりで、張り切っているわけだ。

 まだ合コンの傷は癒えないんだなあ、と他人事のように思いながら、和泉はお決まりの台詞を告げた。


「ま、その子が俺に出会わないことを祈ってるんだな。なんせ……」

「あー、ハイハイ。おまえはその子の前では口を閉じてたほうがいいかもな」

「ヒドくね? せめて最後まで言わせてくんねえ?」


 カラカラと笑い合っていると、ふと下足場に女子生徒が通りかかった。

 ストレートボブの、大人しそうな女子である。

 その存在感の薄さに、和泉たちはすぐに目を逸らした。

 しかし思いがけず、その女子は和泉へと話しかけてくる。


「澄江和泉くん、だよね?」

「俺?」


 名前を呼ばれたことに驚いた。

 しまった。知り合いだったか。佐藤と話していたせいで、注意できていなかった。すぐに穏やかな微笑みを見せると、和泉は挨拶を返す。


「あ、ごめんごめん。この万年発情期のせいで気がつかなかった」

「おま、和泉!?」


 ネタにされた佐藤がわざとらしく怒ってみせたが、まあ本気ではない。彼も普段から和泉のことをいじって遊んでいる分、この手のやり取りはお互い様だ。

 ……と、しかし和泉は内心で首をかしげた。

 やはりクラスメイトの女子ではない。となると委員会か何か……あるいは他に接点があっただろうか。


(あっ!)


 閃きは、すぐに訪れた。

 和泉はその子に思い至ると、すぐに挨拶を交わす。


「きみか。おはよう」

「おはよう。覚えててくれたんだ?」

「まあな。てか、あのあと大丈夫だったか?」

「うん。おかげで助かっちゃった」


 そんな会話をしていると、ふと合点のいくことがあった。


「そういえば、こいつと転校生が来るって話してたんだ。もしかして、きみのこと?」

「あ、うん。実はそうなんだよー」

「この前、迷ってたもんな。ちなみにどこのクラス? もし場所がわかんなかったら案内するけど」


 その女子生徒は、にこりと微笑んだ。


「ううん。それは大丈夫。それよりも聞いてほしいことがあるんだ」

「俺に? 別にいいけど……」


 ふと和泉は、嫌な予感を覚えた。

 それは直感であった。幼い頃から大企業の子息として、それなりの教育を受けてきた身である。危機回避能力に関しては、なかなかのものであった。

 が、──。


 💣💣💣 


 ──時を同じくして。

 天崎雨音も、同じように下足場へと到着していた。

 その足取りは軽い。他の生徒たちが「雨音。おはよう!」「今日もメイクかわいいね!」なんて声をかけてくるのに、楽しそうに返事をしていた。

 今日も完璧で完全なアイドルである。クラスメイトに「おはよー。一緒に教室行こ」と声をかけられ、それに「いいよー」と笑顔で返した。


「雨音、聞いた? 今日から、二年に転校生来るらしいよ」

「そうなの? うちのクラス?」

「どうだろ。弓道部の子が言ってるの聞いただけだから」


 へえ、と聞き流しながら、雨音は前方へと視線を移した。その方向に、目当ての人物を発見したのだ。

(あっ! 和泉っち!)

 クラスの男子……と、見たことのない女子生徒と三人で話しているようである。何を話してるのかな~くらいのテンションで、その顔ぶれを見ていた。

 すると同じように和泉に気づいたクラスメイトが、ニマニマしながら言った。


「雨音。和泉に声かけなくていいの~?」

「ちょ、やめてよ~。そういうんじゃないから~……」


 そんなお決まりのやり取りをしながらも、心中はすでに決まっていた。

 もお~そんなに言うならしょうがないな~みたいなテンションを装いつつ、内心ではぴょんぴょん跳ねながら和泉に声をかける。


「和泉っち。おはよーっ!」


 💣💣💣 


 ──それとほぼ同時に、白菊白亜は下足場の前を通りかかった。

 生徒会の仕事、朝の校内の見回りである。

 本来、生徒会にそのような活動はない。しかし彼女は自発的に有志を募り、学園の風紀をチェックしている。

 これが案外、馬鹿にできないもので、けっこうな遅刻の抑制にも繋がっていたりした。まあ、あくまで白亜の人徳のなせる業なのだろうが。

 副会長の女子が、尊敬のまなざしを送る。


「白菊先輩。今朝も問題はなさそうですね」

「そうね。みんなが頑張ってくれているおかげよ」


 そんな見回りで、この時間は必ず下足場を通る。

 なぜなら和泉が登校するからだ。あの男、毎朝、必ずこの時間に登校してくる。まるで体内に自動調節機能付の時計でも内蔵しているかのように時間に正確なのだ。

 そして思惑通り、下足場に和泉の姿を発見する。

 何やらクラスメイトらしき男女と、楽しげに会話をしていた。特別、そのことについては何も思っていなかった。


(いつもは会釈するだけだけど、今朝は声をかけてみようかしら!)


 そんなことを思いつき、ゆっくりと近づいていく。普段は元許嫁の関係もあって、学園ではあまり会話をしないようにしているのだが。今日はたまたま、そんな気分になっただけである。

 和泉がシューズに履き替えたタイミングを狙って、遠目に声をかけた。


「澄江くん。おはようございます」


 💣💣💣 


 ──またもやタイミングを同じくして。

 春日波留は下足場に下りていた。

 親友である祈と共に、自販機へと向かう途中である。午前中のお茶を買い忘れて、それを確保しにいくのだ。

 そして階段から下足場が見えたとき、祈が声を上げた。


「あっ。せんぱいだ」


 確かに下足場に、和泉の姿を見つけた。クラスメイトらしき男女と、楽しそうに会話をしている。


「…………」


 もはや和泉が誰かと楽しそうにしているだけで胸がもやっとする自分を意識しないように、波留は踵を返した。


「……向こうの階段に戻る」


 それを祈が引き留めた。


「も~っ! 朝の挨拶くらいしなよ~」

「イヤ。朝からあんな人の顔なんて見たくない」

「大丈夫だよ~。別に挨拶したくらいで、波留の気持ちには気づかれないって~」

「わ、私はセンパイのことなんて何とも思ってない……」


 すると祈、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふ~ん? じゃあ、わたしだけ挨拶しようかな~?」

「あ、ちょ……」


 祈が先んじて階段を駆け下りようとする。

 それを波留は、慌てて追いかけた。


(べ、別にセンパイのことなんて何とも……)


 つい顔が熱くなるのは、親友が悪い男に近づこうとしているせいだ。

 この胸が高鳴るのは、階段を駆け下りようとしているせいだ。

 そんな色々な言い訳は、昨日の祈との会話を思い出して真っ白になった。

 ただ何となく、あの和泉の屈託のない笑顔が自分以外に向くのが嫌で、つい声を上げていた。


「せ、センパイ。おはようございます!」



 そして三名が、まったく同時に声をかけた瞬間──。



「澄江和泉くん、好きです。付き合ってください」



 ──シンッ、と空気が止まった。



 和泉は下足場の前で、その女子生徒を見下ろしていた。

 唐突に投げられた彼女の言葉が、いわゆる告白だと気づいたのは、それから数十秒も経ってからのことだった。

 ぽかんとした顔で見つめる和泉を、その女子生徒は楽しげに見つめ返している。まるでドッキリが成功したとでも言いたげだ。

 周囲の生徒たち……特に佐藤が目をひん剥いてえらい顔になっているが。とにかくみんな、とんでもなく驚いた様子で二人を注視している。

 平凡な日常を感じさせる朝の空気は、すでにどこかへと霧散していた。


 そんな中、その女子生徒──。

 ななななは、にこりと微笑んで和泉に繰り返した。


「和泉くん。好き♡」


 そう。

 その言葉により、ヒロインレースの火蓋が切って落とされ……。

 切って落とされ……?

 落と、され……?



 ヒロインレースに勝つ条件。

 それは──。


『ちゃんと好きって言えること』である。


 説明しよう。


 これは七瀬七緒が、無双するだけの物語である。


 、ここに幕を閉じるのであった!


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試し読みは以上です。


続きは2024年10月25日(金)発売

『ちゃんと好きって言える子無双』でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。

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ちゃんと好きって言える子無双 七菜なな/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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