秘密のスマホ

 


 洗濯物を干し終わったみのりがリビングに戻ったとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「はーい」

と玄関を開けると、


「あ、奥様ですか。

 主任の部下の島村と申します」

と茶封筒を抱えた筋肉質な好青年が現れた。




「いやあ、すみません。

 主任にお貸しした本の中に今日のライブのチケット挟んでたの、忘れてて」

と笑う島村に、


「あ、そうなんですか。

 ……しゅ、主人は今、出かけておりますが、なんていう本でしょうか?」

とみのりは答える。


 『主人』という言葉を口にするのが恥ずかしく、スッと言えなかったのが伝わったようで、島村が少し笑った。


「すみません。

 結婚式に行けなくて。


 突然だったもので予定が合わなくて」

と初対面な島村が言ってくる。


 ……突然だったですもんね。


 私もかなり突然だったです、と思いながら、みのりは友だちが結婚祝いにくれたエプロンのポケットからスマホを出す。


「ちょっと電話してみますね」

と言い、信太郎のスマホにかけてみたが、すぐ側から呼び出し音が聞こえてきた。



 ふと見ると、玄関の棚の上、小さなガジュマルの横でスマホが鳴りながら光っている。


「秘密のスマホが此処にっ」

と思わず叫ぶと、


「秘密のスマホってなんです?

 主任、普段のスマホの他に、内緒のスマホとか持ってるんですか?」


 そう意外そうに島村が訊いてきた。


「いや~、そうじゃなくて。

 何故か、いつもなにかある風にスマホを持ってコソコソしてるんですよね~」


 仲が良さそうな島村ならなにか知っているかもと思って、ちょっとそんな話をしてみたのだが、


「主任に秘密ですか。

 なさそうですけどね~」

と島村も首を傾げる。


「なにせ真っ正直な人ですからね。

 上司に不満があったら、陰でヒソヒソ言ったりせずに、本人に向かって正面から言ったりするし」


 それはそれで怖いな……と苦笑いしたとき、島村が、

「それにしても、気になりますね」

と言い、興味津々、スマホを覗き込んだ。


「うーん。

 こんな可愛らしい、結婚したての奥さんがいらっしゃるのに浮気もないでしょうしね」


 そんな島村の言葉に、でも、偽装結婚ですしね~、と思いはしたが。


 確かに信太郎から女性の影は感じない。


「なんなんでしょうね。

 主人の秘密。


 ……産業スパイとかですかね?」


「産業スパイなら僕に言っちゃまずいですよね~……」


 はは……と島村は笑う。


 勝手に触っては悪い気がするので、二人で棚の上のスマホを覗き込んでいた。




 やばい。

 早くスマホをとって来なければっ。


 いかにも秘密ありげにスマホを持って出たのに、その辺にほったらかしにして出かけてるとかっ。


 俺に秘密がないという秘密が、みのりにバレてしまうじゃないかっ。


 珍しく動転しながら、信太郎は急いで家に戻っていた。


 今までにもスマホをその辺に放っていることはあったが、置いて出たのは初めてだった。


 まあ、画面にロックがかかっているから、中を見られることはないだろうが。


 そう思いながら角を曲がる。


 小さいが今風の小洒落た我が家が見えてきた。







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