謎めいてみました


 話は、ふたたび三ヶ月前にさかのぼる。


 見合いの日。


 たいした会話もなく、ザッハトルテを食べて紅茶を飲んだあと、みのりは信太郎と何処へ行くでもなく街中を歩いていた。


 ちょっと話して解散というのもまずいだろうと思ったからなのか。


 如何いかにも乗り気でなさそうな信太郎が、

「ちょっとその辺でも歩くか」

と誘ってきたのだ。


 意外だったが、やはり、特に何処に行くというあてもないらしく、ただ、ふたりで黙々と歩く。


 すると、ずっと黙っていては悪いと思ったのか、信太郎が口を開いた。


「お前は自分で相手を見つけられないから見合いをしたのか?」


 ……うーむ。

 なにか言わなければと焦って言ってしまったのはなんとなくわかるんですが。


 その口閉じてください、と思いながら、みのりも言い返していた。


「貴方もじゃないんですか?」


「いや、そんなことはない」

と信太郎は言うが。


 なにかこう、負けず嫌いで言い返しているだけのような感じがしていた。


 親に強要されたから此処にいるんだと言う信太郎に、みのりは言った。


「私もです。

 じゃあ、此処で解散しますか」


 足を止めると、信太郎も足を止める。


 ちょうどバス停だった。


 バスが来る。


 いつも乗るのとは違うが、これに乗っても帰れそうだ、とそちらを見たとき、また信太郎が口を開いた。


「俺は特に好みの女が現れなかったから結婚しなかっただけだ。

 ちなみに、お前はどういう男が好みなんだ?」


 ……どういう……。


 改めて問われるとわからないな、とみのりは思う。


 ぼんやり生きてきたせいか、今まで特にこれといって好きな人もいなかったからだ。


 どういう……


 うーん、よくわからないけど。


 まあ、やさしい人がいいかなあ、と思い、


「やさしい人ですかね?」

と言ったが、何故か、


「他には?」

と問われる。


 そのとき、バスが発車する音がした。


 思わず振り返ったとき、ちょうど、去りゆくバスの向こうに映画館の看板が見えた。


 そこそこ好きな俳優が出ている、昭和初期を舞台にしたスパイ映画の看板だ。


 レトロな感じの白いハットにスーツのその俳優を見ながら、みのりはなんとなく、呟く。


「……謎めいた人ですかね」


 特に深い意味はなかった。






 見合いってなにしたらいいんだ?

と思いながら、そのまま解散するのもなんなので、信太郎はみのりと当てもなく街をさまよい歩いていた。


 みのりは写真で見た通りのぼんやり顔だった。


 綺麗な顔はしているが、なんだかわからないが、ぼうっとしている、という印象の方が強い。


 そんなみのりと、お互い、親に強要されて見合いをしたと明かし合う。


「私もです。

 じゃあ、此処で解散しますか」

と言って、みのりが足を止めた。


 バス停だった。


 みのりは今にもバスに乗って、あっさり、さよーならーと帰っていってしまいそうな雰囲気をかもし出していた。


 会話が此処で終わってしまわないよう、つい、また口を開く。


「俺は特に好みの女が現れなかったから結婚しなかっただけだ。

 ちなみに、お前はどういう男が好みなんだ?」


 言ってから、うっ、しまった、と思っていた。


 どんな男が好みか訊くなんて、まるで俺がこのとぼけた娘に気があるみたいじゃないかっ。


 だが、みのりはそうは思わなかったようで、普通に少し考え、

「やさしい人ですかね?」

と言ってきた。


 ……なんだ、そのふんわりした返事。


 っていうか、俺は全然やさしくない気がするんだが。


 条件に当てはまってないじゃないかと思いながら、つい、


「他には?」

と訊いてしまう。


 みのりの乗りたいバスが停車していたせいもある。


 だが、話しているうちに、うまい具合にバスは出た。


 そのバスを追うように振り返ったみのりは向かいの映画館の看板を見ていた。


 ハットにスーツ姿の若手イケメン俳優が主演のスパイ物の映画のようだ。


 それを見ながら、みのりは言った。


「……謎めいた人ですかね」


 お前、今、適当に言ったろ、と思ったが、彼女がその謎めいた(?)俳優が好みなのは確かなようだった。


 しかし、謎めいた男か。


 どんなんだ、謎めいた男って。


 ……なにか秘密のある男だろうか。


 だが、公明正大に生きてきた俺にはそんなものはないっ。


 急いで、秘密を作らねば!


 いや、別にこいつの好みの男になりたいというわけではないんだが……っ!


 そう思いながら、信太郎はみのりを見下ろした。





 「謎めいた男」発言のあと、また信太郎が沈黙してしまったので、みのりは困る。


 このままバス停で黙って見つめ合っているのもしんどいので、みのりの方から訊いてみた。


「あの、碓氷うすいさんはどのような女性がお好みなんですか?」


 すると、信太郎は、

「……そうだな。

 俺も謎めいた女が好きかな」

と言ってくる。


 どんなんだ謎めいた女って。


 なにか秘密のある女ということだろうかな。


 ない。


 特に秘密など。


 小、中、高、大学とぼんやり生きてきて。


 ああ、大学入試に失敗して、自分の心の中でだけ仮面浪人だったけど。


 楽しく大学四年間過ごしてしまったので、ただ普通に入学して卒業してしまったから、あれもなにも秘密じゃないし。


 ……こんな私がどうしたら、謎めけるというのでしょうかっ。


 いえ、別に謎めいて、この人と結婚したいというわけではないのですがっ、と思ったとき、信太郎のスマホが鳴った。


「失礼」

と言って、信太郎はそれに出る。




 どうやら紹介者である信太郎のおじさんから電話がかかってきたようだ。


「はい。

 ええ、今、二人で歩いています。


 わかりました。


 はい、ありがとうございます」

と言って、信太郎は電話を切る。


 こちらを見て、

「食事でも奢ってあげなさいと言われたから、なにか食べに行くか」

と言ってくる。


「い、いえ、そんな結構です」

と言ったが、


「俺も叔父の手前、このまま帰るわけにはいかん。

 少し付き合え」

と言ってくる。


 そ、そうですか、では……。


 どのみち、今日は夜見たいテレビがあるくらいで、用事ないですしね、と思いながら、みのりは付いて歩いていった。


 すると、まだなにか考えながら歩いていた信太郎が唐突に言ってきた。


「実は……」


 実は? とみのりは信太郎を見上げる。


「実は訳あって、俺は今すぐ誰かと結婚しなければならないんだ」


 いや、どんな訳だ。


 っていうか、さっき、親に強要されたから此処に来たとか、好みの女と出会わなかったから結婚しなかったとか言ってましたよ。


 話が矛盾しすぎて、これ以上ないくらい謎めいてきた。


 まるで、なにかてんぱっているような混乱具合だが、少々のことでは動揺なんてしなさそうな人だけどな、と思いながら、じっと見つめると、信太郎は目をそらす。


 ……そういえば、さっきからあまり目を合わせてこない。


 挙動不審だ。


 やはり、なにか彼には、秘密と謎があるのでしょうか。


 っていうか、先に謎めかれてしまいましたよ、と思ったみのりは、なんだか負けたような気持ちになり、


「わかりました……」

と言っていた。


 信太郎は自分で言っておいて、ええっ? なにがわかった? という顔をする。


 対抗するように、みのりも深刻な顔で言ってみた。


「……実は私も訳があるので、結婚してください」


「……そ、そうか、わかった。

 結婚しよう」

と言う信太郎の顔は、何故か明らかに困惑していた。


 いや、私も今、ちょっと困ってるんですけどね……。




 で、そんな、なんだかんだの意地の張り合いにより、今、こうして結婚している――。





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