秘密を持続しなくては……


 なんだかわからないまま結婚してしまったが。


 ちゃんと働いて稼ぎを入れてくれる美しい夫。


 転勤した従兄弟が住んでいたという、まだまだ新しいおうち。


 なかなか悪くない毎日だな、と思いながら、日曜日、みのりは洗濯物を干していた。


 ただ、気にかかることがひとつ。


 この夫には偽装結婚をするにいたる、妻には言えない秘密があるらしいのだ。


 いや、それがなんなのか知らないが。


 本人が

「秘密がある」

と言うのだからそうなのだろう。


 まあ、思い当たることといえば、時折、スマホをこちらに見せないように隠すことくらいか。


 実際のところ、スマホは、かなりの高確率でその辺に放り投げてあるので、一体、どんな軽い秘密なんだ……とは思ってはいるのだが。


 そんなことを思いながら、洗濯物を干していた日曜日。


 くるりとリビングの方を振り向くと、こちらを見ていたらしい信太郎が視線をそらし、スマホに手に立ち上がった。


 ……あやしい。


 ……ような気もする。


 うーむ。

 一体、なんの秘密が。


 ありそうでなさそうなところが一番の問題だ、とみのりはそちらを凝視していたが、信太郎はこちらを振り向くことなく、廊下の方に行ってしまった。





 洗剤のCMか、という感じに可愛らしく洗濯物を干している妻を眺めていたら、いきなり振り向かれたので、バツ悪く。


 テーブルに置いていたスマホをなにかある風にそっと持ち、信太郎は廊下に向かった。


 ……秘密がある風に見えたたろうかな、と思いながら。


 あの日、なんだかこのまま食事して解散という流れになりそうだなと思って焦ってしまい。


 彼女好みの謎めいた男を演出しようとして、偽装結婚とか言い出してしまったことを今は死ぬほど後悔している。


 なんであんなに焦ったのか、自分でも不思議に思う。


 叔父に頼まれ、見合いに行ったときには、もちろん、断るつもりだった。


 別にみのりの見合い写真が餅のような福々しい感じに写っていたからではない。


 誰かと暮らすなんてめんどくさいと思っていたからだ。


 だが、読みかけの本を読んでいたとき、みのりがガラスの向こうに立っていて。


 自分を見て、ヘラッと笑って手を振った。


 待ち合わせているカップルが、そんな風に離れた場所からアイコンタクトを取り合うのを見て、暇なことだなといつも眺めていた。


 だから、もちろん、自分がそんなふうに誰かと待ち合わせてデートするなんて、想像したこともなかったのだが。


 あのとき、何故だろう――。


 これが日常になるといいなと思った。


 こんな風に誰かと待ち合わせて出かけることが?


 こんな風に彼女と出会うことが?


 こんな風に、読んでいた本からふと目を上げた瞬間に、彼女が自分に向かい、笑いかけたりしていることが?


 自分でも答えは出なかったが、食事をして解散だけは嫌だと思ってしまった。


 でも、女性に、このまま別れたくないなんてセリフを吐いたこともない自分は動転し、あんなことを言ってしまったのだ。


「実は訳あって、俺は今すぐ誰かと結婚しなければならないんだ」

と。


 で、なんで、


「……わかりました」

になるのかは謎だが。




 人は、これを運命というのだろうか――?


 真面目に考えていたはずが、わかりましたと言ったときの思い詰めたようなみのりの顔を思い出し、思わず、ぷっと吹き出していた。


 慌てて周囲を見回す。


 道を歩いていて、いきなり思い出し笑いをするとか、今までの自分にはないことで恥ずかしかったからだ。


 彼女との偽装結婚を持続させるため、なにか訳あって結婚した風を装っているが、もちろん、なにもない。


 もう戻ってもいいだろうかな。

 することもないし、とスマホを確認しようとして気がついた。


 ……スマホがない。


 なにかある風に見せかけるための小道具にしているスマホがない。


 確かに持って出かけたはずなのに、と思いながら、信太郎は急いで家に引き返した。




 

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