第3話 私、本当はね――

「ねえ、やる?」

「や、やるって、な、何を?」


 岸本和樹きしもと/かずきは近づいてくる彼女の存在に圧倒され、困惑していた。

 今まさに彼女は制服から下着が見えているのだ。


「何って決まってるでしょ」


 稲葉玲奈いなば/れなは普通にしていれば可愛らしいのに、本性を露わにした彼女の瞳はハートマークになっている。

 その見た目によらない、豊満な胸に和樹の胸元は熱くなり始めていたのだ。


 女の子から、ここまで急接近されたことがなく、どういう対応をすればいいのか、内心ひたすら悩んでいた。


「私、岸本さんの為なら何でも出来るし。いいよ♡」


 現在、漫画喫茶にいる二人。

 この場所は個室であり、天井もある。

 室内で行われている行為や、声などはまったく外部に漏れる事はないものの、疚しい行いをする事に、和樹は戸惑いがあった。


「や、やっぱり、やめておくよ」

「どうして?」

「ど、どうしてもさ。稲葉さんも、そういう恰好はしない方がいいと思うよ」

「えー、私は見せたかったのにー」


 玲奈は不満そうな顔を見せ、ソファに座り直す。

 彼女は着崩した制服を整えていたのだ。


「まあ、最初っからは無理だよね。じゃあ、もう少し親しくなってからって事でね」


 玲奈は気を取り直し、咳払いをしていた。


 女の子なのにエッチな事をしたいとか、むしろ珍しいと思う。


 如何わしい事は嫌いではないが、まともに彼女が出来た事のない和樹からしたら、心の準備が全然なのだ。


 一旦、落ち着いたところで、和樹もちゃんとソファに座り直し、深呼吸を整える事にした。




「私ね。元々はこんな感じにヘンタイではなかったの」


 玲奈は急に、和樹の方を見ることなく、正面を向きながら自分の事について語り始めた。


「私の家には、色々なモノがあるって言ったじゃない?」

「小説とか、DVDとかだよね」

「そうよ。昔ね、その中でエッチ系のモノをたまたま見てしまって。それからエッチな事を考えるようになったの」

「え? 昔っていつ頃?」

「中学生の頃かな」


 彼女は悩み、過去を振り返るような表情で言う。


「女の子でも、そういうのを見るんだね」

「見るっていうか、たまたま目に入ったの。私が見た時はそのDVDの表紙が無くて、DVDのデザインも真っ白な状態だったのよ。それを興味本位で見てしまったことが原因だったの」

「ということは、購入してきたダウンロードDVDに上書きされたモノってことか」

「そうね。最初は恥ずかしかったけど。ちょっと気になって。でもね、ヘンタイな事をしたり、下着を露出すると、少し気分がちょっとよくなったりするの。心が解放されるっていうか。そんな感じ」


 左隣にいる彼女の頬は赤く染まっていたのだ。


「でも、こういう事情を誰にも相談できないし。それに公言したら引かれるでしょ」

「そうかもね。稲葉さんのイメージ的にね」

「だからね、岸本さんなら大丈夫だと思って……本当に誰にも言わないでしょ」

「実際に俺がそんな事を言っても、稲葉さんの見た目的にも誰も信じてくれないだろうし。言わないよ」


 そんな中、玲奈が和樹の方を振り向いて来て、小指を差し出してきたのだ。

 彼女は、指切りげんまんをするつもりなのだろう。


 玲奈の秘密を守るためにも、和樹は自身の小指を見せ、指切りをしたのだった。


「ありがと。岸本さんはエッチな事に対して恥ずかしいかもしれないけど。岸本さんと今後一緒に色々なことが出来たらなって。私はいつでも大丈夫だからね」


 玲奈はウインクしてきた。

 そんな表情を見て、和樹はどぎまぎしてきたのである。


 容姿が良く、物凄くエッチな彼女とか。むしろ、理想的な存在である。

 がしかし、急に中原梨花に振られたこともあり、あの時のような、また苦しい経験をしたくもなかった。


 期待すればするほどに、失った時に心が締め付けられるように痛んでくるのだ。

 過度な期待はよした方がいいと、和樹は心の中で思うのだった。






 二人は漫画喫茶の個室で漫画を読みながら過ごした後、一時間程度で外に出る。


 アーケード通りを歩いている際、見覚えのある背丈をした女の子が、和樹の視界に映っていたのだ。


「お兄ちゃん、学校終わって街中にいるなんて珍しいね」


 彼女はツーサイドアップの髪型を下、妹の岸本咲きしもと/さきだった。


「アレ? そちらの人は? もしや、お兄ちゃんの彼女とか?」


 咲から問われ、和樹が反応する前に――


「そうなの。岸本さんに妹さんがいたんだね。これから付き合うことになったんだけど、よろしくね」

「はい。よろしくお願いします。お兄ちゃんはモテない方だったので、ちゃんと彼女が出来て私も嬉しいです」


 咲は礼儀正しく話していた。


 和樹が発言する前に、事が淡々と進んでいたのだ。

 しょうがないと思いながらも、和樹は現状を受け入れる事にした。


 ん?


 和樹は、咲と同い年くらいの子が、ポニーテイルの髪を揺らしながら妹へ近づいてきた事に気づいた。


「咲ちゃん、何してるの? デパートに行くんでしょ」

「うん。でも、ちょっと待ってて。お兄ちゃん、紹介するね、こちらの子が私のクラスメイトの村瀬真帆むらせ/まほちゃんなんだよね」


 咲は友達の事について丁寧に説明していた。

 妹の友達である真帆は、いつも妹にはお世話になっていますと、ハッキリとした声で反応を示していたのだ。


「そうだね。デパートに早く行かないとね。お兄ちゃん、詳しい話は後で聞くから。また後でね」

「うん、あとでな」


 互いに、その場で別れることになった。


「妹さんと仲いいんだね」

「仲がいいって、そうだな」


 妹の咲との関係は良好であり、そこまで酷い喧嘩もしたこともなかった。

 世間的に見れば、仲の良い方だろう。


「ねえ、付き合ってるんだし、手を繋がない?」

「ここで?」


 街中で、そんな行為をする事に抵抗はあったが、誰も見ていないと思い、和樹は緊張を感じながらも彼女と手を繋ぐ。


 玲奈の手は温かかった。


 夕暮れ時になりかけているアーケード街通りのお店には辺りを照らす光が点灯し始め、そんな道を二人は歩き、立ち去って行く。






「というか、なんであの二人って仲がいいのよ」


 丁度友人らと別れ、街中のお店から出た中原梨花なかはら/りかは、二人が一緒に歩いているところを目撃し、その現状に納得がいっていなかった。

 しかも、学校の中でも美少女と言われている稲葉玲奈と一緒に手を繋いでいるのだ。


 和樹だけが幸せに生活している事に、梨花は苛立ち始めていた。

 梨花は唇を噛みしめていたのだ。


「……ッ、なんで私だけ、どうして、こんな仕打ちを受けないといけないのよ……本当は――」

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